第34話 幸せ 1 答えが無くても、間違い無い今
三人称視点に戻ります
お風呂でリリーナがシアを抱いていたのと交代するように、リビングではセシリアが彼女を抱いて髪を乾かし梳いていた。
お風呂に入る前から随分眠そうにしていたからか、気付けば腕の中で眠ってしまっているシアを見てセシリアが小声で言う。
「シアちゃん、眠っちゃったみたい」
「ほんとだ……安心してるみたいで良かった」
聞いてリリーナもシアを見て、その寝顔に思わず言葉を漏らす。
事実、シアはまるで母親に抱かれて眠る子のようで……きっとそれと同じような安心を与えてあげられたんだろうと喜んだ。
「昨日も今日も……やっぱりシアちゃんは……」
「まぁ、想像しか出来ないけど。かなり心の傷が……ね」
昨日――出会った時、保護した時の泣き叫ぶ彼女を思い出す。
あの時のシアはまさに子供。制御しきれない感情を涙と声とで溢れさせた幼い少女。
直に見て聞いた2人にとっては――とても心に来る光景だった。
「昨日もだったの?」
当然ながらそれを知らないリーリアが聞く。
自分と同い年らしいのにずっと幼く見える彼女が、それほどの悲しみを持っていることを理解出来ない。
いや、曖昧にでも出来てはいるが、なんとも言葉にしづらい感情を抱いた。
誰も触れなかったけれど、さっきだって。
「私は団長達から聞いていたけど……そりゃあ仕方ないことだろう」
1人離れたところから眺めていたリアーネも会話に混ざる。
彼女は大人達で集まってシアについて話しており、情報は共有していたものの直接見たわけではない。
それでも想像は出来る。
「でも……こんな顔して寝てくれるくらいには私達を受け入れてくれてるみたいだし、本当に良かった」
「そうだね。今日1日だけでも凄く距離が縮まったかも」
朝からずっと一緒だったセシリアとリリーナは、シアにとってもう家族だった。
たったの1日。昨日も含めたって2日に満たない時間であっという間にシアは絆された。
彼女の単純さもあるが、恐らくそれほどに傷付いて愛情に飢えていたのかもしれない。
シア自身は自覚していなかったが……彼女が求めていたからこそ、これほど簡単に時間もかけずに関係が深まったのだ。
「いいなー。あたしもシアちゃんと仲良くなりたい」
「リーリアだったらすぐでしょ」
実の所どう接したらいいのか分からないリーリアが言う。
10歳の少女に出来る事など、複雑な事を考えずに同じ子供として一緒に居ることくらいだろう。
そしてリーリアにはそれが出来ると周りは思っている。
その元気さはシアに良い影響を与えてくれるだろうと。
「私も大人としてというよりも、姉として距離を縮めたいものだ」
流石に5人でお風呂は無理だったからか、1人残ったリアーネも仲良くなりたいと思う。
セシリアとリリーナは確かに姉のようにシアと接しているし、シアもまた姉のように慕っているように見える。
事実お姉ちゃんなんて呼ばせていたし、ちょっとだけ羨ましかったりもする。
「どうかな? シアにはもうお姉ちゃんが2人いるからなぁ」
「2人も3人も変わらないだろう。いいさ、お前達が外へ行っている間は私が面倒を見るんだから」
「あたしも居るよ!」
リアーネも仕事があるが、基本的には家に居る。だからこそ引き取れたわけだ。
その間に距離を縮めていければいいと考えるリアーネに続き、リーリアも声を上げる。
彼女は学校に通っているものの、夕方頃には帰ってくるし休みも多い。
「ふふっ……」
そんな皆を見て、シアの傍で1人ずっと無言だったルナが笑みを溢す。
「どうしたの?」
「そういえばさっきから大人しいね」
いまいち何を考えているか分からないが、揶揄ったり弄ったりしつつも……シアを大切に想っていることだけはハッキリ分かる。
そんな精霊がずっと大人しかったので、なんとなくセシリアとリリーナは聞いてみた。
「そうだね、色々とあたしも考えちゃうんだよ」
ルナは微笑みを引っ込め、少しだけ影を見せるような表情に変わり――眠るシアの頬を優しく撫でる。
「ルナが?」
「ほう……珍しい精霊だとは思っていたけど、随分入れ込んでいるみたいだね」
ルナは精霊だが、元気溢れる子供といった印象だ。
そんなルナが暗い表情を見せたことに驚く姉妹。
リアーネにとってルナは、珍しく人と居る精霊という情報しかなかった。
そんな精霊がシアに優しく触れる姿を見て、相当思い遣っている事を理解した。
「本当に、シアがこんなに安心して可愛い寝顔してるなんて。嬉しいけど複雑なんだ」
「複雑って?」
当の精霊は何かしら思うことがあったのか、胸中を吐露する。
喜びに交じる何かを。
なにかしら負の感情を吐き出そうとしているのを見て、聞くべきだろうとセシリアは促すように尋ねる。
「あたしが出会った時のシアは、本当に死にかけのボロボロだった。どうにかお世話を続けて、なんとか心と体を癒せた……と思ってた」
そうして語るルナの表情は暗い。
その時の事を思い出しているのか――それとも今その小さな胸の中で燻るモノのせいなのか。
言葉を途切れさせ、溜息をついた後にまた続ける。
「でも、やっぱり。あたしはこんな小さい精霊で……人じゃないからさ。抱きしめてあげることも出来ないし、人として、家族として癒してあげられるのが――羨ましいなって」
昨日皆に出会った時、シアが泣き叫んでしまったあの時から、ルナの心に芽生えた感情――嫉妬。
シアと出会ってから2年以上経って、お互いに大切な存在になっていると自負しているけれど……それでも出来なかった事。
「ルナ……」
「あなた、そんな事を考えていたの?」
昨日と今日、見てきたルナの姿からは想像も出来なかった言葉に驚くセシリアとリリーナ。
しかし思い返せば、それらしい言動が有ったような無かったような……
「だってさ……そりゃあ、シアがあたしを好きでいてくれてるのは分かるし、あたしが相当な支えになってたって自負もある。でも、あたしじゃなくてもって……」
シアがあれほどの悲しみを押し込めていた事に気付けなかった情けなさ。
気付けなかったどころか――シア自身も自覚していなかったであろう心を、あっという間に解きほぐしてしまった彼女達への嫉妬。
絶望から立ち上がる姿を見て、そうして一緒に居たからこそ。
近過ぎたからこそ、シアが心の奥底に仕舞い込んだモノに気付けなかった。
大丈夫なんだと思ってしまっていた。
「なってた……なんて、過去形で言うもんじゃない。シアからすればきっと変わってないだろう」
「そうだよ。シアちゃんにとってルナは……きっと代わりなんて居ない、かけがえのない人だよ」
「本人達には分からないかもだけど、あなた達は親友って言葉でも足りないような、凄く深い絆があるって思えるよ。そんな風に見えてる」
悲しげで思い悩む子供のようなルナに思わずリアーネは口を出した。
それに続くように、近くでシアとルナを見ていた2人も感じた事を伝える。
シアとルナは本当に信頼し合っている素晴らしい関係だと、傍で見ているだけで分かったのだ。
「人と精霊がそんな関係になるなんて……一体どれくらいの時間と体験が必要なのやら。具体的にどれくらいの付き合いなのかは知らないけど、そんな卑下しちゃダメだ」
昨日今日と見ていた2人がそう言うならそうなんだろうと、リアーネも再度声をかける。
やはり大人として子供を放っておけないという感じだろう。
精霊を人の子のように感じていることなどもはや気にも留めない。
むしろ精霊だから、人じゃないから、と余計な事を考えてしまっているルナが気にしているだけだ。
「ふんっ……そんなの分かってるよ。ただの嫉妬だもん。それでも一緒に居続けるし、あたしだから出来る事だってある」
彼女達の言葉を聞いて、シアも言っていた事を思い出す。
精霊だろうが人なんだと。
自分だからこそ、他の人には出来ない事が出来る筈。
だから精霊だろうが人だろうが、ルナはルナとして、シアと共に居るんだと。
そうして思い至らされた事を恥ずかしがりつつ、決意を語る。
「そこまで分かってるんだ……」
あっさり吹っ切ったような顔に変わったルナを見てリリーナが呟く。
そんな簡単に変われるほど、自分の感情と内面を見る事が出来ていたのに悩んでいたという事に……少しだけ呆れて笑ってしまう。
「分かるよ。あたしはシアと違って馬鹿じゃないんだから」
その若干呆れたような呟きに、思わずいつものように答える。
大人なのに迷子の子供のようになっているシアとは違って、ルナは少しだけ大人だった。
しかしシアとの絡みは子供同士にしか見えない。
「シアちゃんは頭良さそうだけどねぇ……」
「頭が良くても馬鹿なんだ。きっと皆にもそのうち……多分すぐ分かるよ」
確かに余計な事を考えて思い詰めたりする辺り、頭が回るからこその空回りとも言えるかもしれない。
そしてシアがそういう子だという事はすぐに皆も知ることになるだろう。
「そういう風に言えるだけの関係ってのも、こっちからしたら羨ましいけどな」
シアを理解しているからこその言葉にリリーナは羨ましいと言う。
まだ出会ったばかりの立場から言われても響かないかもしれないが、そう言えるくらい仲が良いんだと伝えたかった。
きっと嫉妬を曝け出したルナに対しての慰めのつもりだったのかもしれない。
「一緒に居れば分かるって。こんな顔で寝てる時点で時間はかからないよ」
対してルナは、皆もそのうちシアと自然体でやいやい言い合えるような仲になれると思っている。
なにせたった1日でこれだけシアが受け入れているのだから。
「そうなれたらいいな」
「ま、私達は受け入れるだけだよ。シアがもっと信頼してくれて、安心してくれるように」
それを聞いてやはり答えるのはセシリアとリリーナ。
そうなれるように、シアを受け入れて安心させる。そうして信頼を得る。
ただそれだけで良いし、それが一番良い。
「ほんとに、良い人たちに拾われて良かった」
そんなまさに自然体で受け入れようとする人達に拾われて、共に生活することになったのは本当に運が良かっただろう。
シアがあっという間に癒されていっているし、ルナ自身もまた居心地が良いと感じている。
「その前に、君に出会えた事だってそれ以上の事だろうに」
そして三度伝えるリアーネ。
彼女の言うそれこそ、本当に幸せな事だろう。
絶望の中から救い上げてくれて――人と精霊の垣根を越えて、何物にも代え難い絆を得る。
それを幸せと言わずになんと言えばいいのか。
「……そうだね」
だからこそ、それ以上の幸せを与えたように見える彼女達に嫉妬した。
シアからすればそんなのは順位なんて付けようが無い程、素晴らしいものなのに。
同意する彼女の顔は優し気だ。ルナにとっても、それはやはり幸せだった。




