第179話 家族 2 偉大な両親
「で、結局どんな仕事してるの?」
昼食を済ませた一行は、若干足取りの重いリリーナを先頭に街を歩いていた。
そんな彼女へ、さっきは聞けていなかった両親の仕事についてシアが訊ねた。娘たちが反発して自立したからとは言え、家族を残して行くならきっと大きな仕事なのだろうなとは予想出来る。
「うぅん……正直あまり詳しくは無いのよね」
手紙と地図を見ながらリリーナはまたしても苦い顔をして口を開いた。
「とりあえず2人共魔道具技師ではある……けど、国の運営にまで関わるような重要な立場らしいわ」
両親は優秀な技師であり、故に中央へ引き抜かれたという訳である。
魔道具は生活を支えるどころか、根幹を成す重要な物。当然ながら国の運営に置いても非常に重要な要素であり、専門家として関わる者達が必要なのだ。
「は? 国の運営って……それって物凄い人達なんじゃ?」
サラッと言ってくれたが、シアが驚く様にとにかく重要な凄い人達という認識で間違いない。
そんな仕事に携わっている両親について、曖昧な情報しか知らないという事にシアでさえ若干の呆れを見せた。ウチの両親、国会議員か何からしいんだよねーとか言ってる様なもんである。
「ぐっ……えぇそうよ、実の両親の事さえまともに知らないような、情けない恥ずかしい娘なのよ私は!」
そして逆ギレである。シアに呆れられたダメージはかなり大きいようだ。
ちなみに技師と言っても、国の運営に関わるような立場では一般的な技師の仕事はしていられない。国へ意見を通す傍ら、魔法に関する事や過去の遺物の研究もしくは新しい魔道具の開発がメインだ。
更には、何かしらの新しい魔道具を普及させても大丈夫なのかという判断さえも彼ら技術者による。手当たり次第に普及させては魔物が増えてばかりでマイナスにしかならないからだ。
勿論他国とも技術に関してやり取りをするし、国民の生活を支える魔道具を安定して維持させる為の調査だってする。
それが彼らの所属する組織――国家魔道具技師協会、通称『国魔協会』だ。わざわざ名前を変えている通り、ギルドとは違う組織だと別けられている。
とにもかくにも、選りすぐりの優秀なお偉いさんという事だ。
「そこまでは言ってないけど……」
姉の珍しい逆ギレに困惑しつつ、シアはようやく合点がいった。
夫婦揃って最大限の評価をされて声を掛けられるなんて、技術者としてはそれはもう嬉しいだろう。
リアーネが無理をしてでも両親を見送ったのは街を離れたくなかっただけではなく、既に技師見習いになってそれを理解出来ていたから……かもしれない。
そして余談だが、リアーネがその道に進んだのは幼い頃から両親の仕事を見ていたお陰だった。
ただし彼女は見習いとしては他の技師の元へ行った。最低限の知識と技術は学んでいたからこそ、両親とは違う視点を求めた結果だ。
幼い頃から見続けた事で、知識や意識に何かしらの偏りが無いとは言い切れない。そう判断出来た事こそ、彼女もまた優秀である証だろう。
さて、そうこうしているうちに手紙に書かれていた住所へと辿り着いたらしいが、リリーナは困惑して首を捻っている。
目の前には所謂アパート。街は結界の中だけなので、住居としては集合住宅というのはなんら珍しくもない。
なのに彼女が困惑しているのは、この目の前の建物が随分こじんまりとした物だったからだ。
決してボロくも小汚くもなく綺麗な建物だが、とにかく小さい。
戸室は4つ、なのにリリーナの家より少し大きいくらいでしかない。と言っても彼女の家は割と大きめなのだが、ともかくこれでは本当に最低限の広さしかないだろう。
ここに住んでいる人には申し訳ないが、ハッキリと言ってしまえばあまりお金の無い人が住むような所である。国の運営に関わるような者が住むには正直不相応だ。
「ここ? え、合ってる?」
「あ、合ってる……けど……うん、間違いない……この部屋の筈」
お馬鹿なシアでも疑ってしまう程だ。
リリーナは曖昧に返事を返しながら、そして何度も確認しながら1つの部屋の前へ。
皆は黙って付いていき、いつ呼び鈴を鳴らすのかと彼女をジッと見る。
勿論地球のようにボタンを押したら音が鳴るとかは無い。ドアノッカーのような物があり、それを引けば内側で鈴が鳴るというだけである。
どの国、どの街でも基本的にはこの形が主流だ。無い家も多いが、その場合はドアを叩くだけで特に困る事も無いらしい。
「そ、そんなに見ないでよ……急かさないでっ」
リリーナはここに来て尻込みしているようだ。とは言え、逃げる訳にはいかない。
深呼吸を繰り返し、やっとの思いで震える手で鈴を鳴らした。
「今更だけど、休日だからって家に居るとは限らないんじゃ……?」
「っ!? そういう事はもっと早く言ってよ! どうしようっ、これで留守だったら私どうしたら……」
今気付いたとばかりにセシリアは留守の可能性を口にした。誰も考えていなかったあたり、呑気な一行である。
それを聞いてリリーナはハッとして理不尽な文句を言い、情けなくも慌てふためいている。相当な勇気を出したからこそ、次の機会になんてのはつらいだろう。
「知らないし……ていうか鳴らすだけじゃなくて名乗りなよ……」
「あ、えっ、えぇう……」
またもや親友の珍しい面を見れた嬉しさはあれど、普段と違い過ぎる姿にどうしても呆れてしまう。
なにより鳴らすだけ鳴らして無言なのはどうなのか。彼女の為にならないと見守るつもりだったが、あまりにも混乱しているので助けた方が良いかもしれない。
そう考えたセシリアが仕方ないなと溜息を吐いて声を出そうとした瞬間、ドアが開いた。
「――ぁ」
リリーナから、声になれなかった息が漏れる。
出てきたのは彼女に良く似た女性――紛れも無く母親だった。記憶よりも多少変わってはいるが間違える筈も無い。
「――あぁ、やっぱり……来てくれたのね」
数秒も経たない内に微笑み涙ぐんだ女性は、リリーナを見て感慨深そうに呟いた。
彼女は誰が来るのか予想していたからこそ、無言の来客へ警戒も無しに顔を見せたのだ。
それは勿論リアーネのお陰である。きっと手紙が届いてすぐに動くだろうから、今日は家に居ろとこちらにも送っていたのだった。
ともあれ、7年越しの親子の再会。きっと旅をしなければ、会うのはもっとずっと後だったかもしれない。
たった2つ先の街。言葉にすればたったそれだけの距離なのに、とても遠かった。
けれど親友と家族に背中を押されて、進む事が出来た。これもまた1つの成長と言っていいだろう。




