第178話 家族 1 共に居る事
「やられたわ……セシリア、宿の名前とか伝えたでしょ」
やたらと踏み込んでくるシアを宥めつつ、リリーナは苦い顔をしてセシリアへ向き直る。
約束の手紙は其々の家族へ宛てた物――つまりシアとリリーナ、セシリアとセシルで2通送っていてお互いの内容を確認したりもしない。
「だって……ねぇ?」
親友の抱える事情を多少なりとも知っているからか、良い機会だからとお節介を止められなかったらしい。
若干申し訳無さそうにしているものの本気で悪いとは思っていない。
家庭の問題だから直接言う事はしなかっただけだ。
リアーネが手紙に書けばシアも読み、そうすればリリーナは退けなくなる。シアを前にしてそんな事は出来ないからだ。
「だからってこんな……あ~、もうっ」
勿論手紙に綴られた姉の言葉は紛れも無く本心である。なんだかんだこの件に関しては厳しい事は言われてこなかった為、今更ながら彼女に響いたらしい。
ここまで遠回しに追い詰められたら逃げられない。シアに簡単に説明する事も含め、いい加減向き合わなければと腹を括ったようだ。
「で、結局何がどうなってるわけ?」
既に誰かさんが突撃した後なので、ルナも興味を隠さず訊ねる。
開き直ってぶちまけようとでも思ったのか、リリーナは変わらず苦い表情のまま語った。
曰く。
約7年程前に両親は仕事の為に中央へ移住した。
当時彼女はまだ10歳、妹に至っては5歳にもなっていなかったし、姉は卒業して技師見習いになったばかりだった。なのに勝手な事情で遠くへ行った両親に良くない感情を持ってしまった。
結局両親とはそれきり会う事も無く、手紙のやり取りさえ姉と妹にさせていた為に今更どうしていいのか何も分からない。
という事らしい。
当時の年齢からすればそれも仕方の無い事。むしろ成長してある程度両親の事情を理解しているからこそ、憎む事も出来ないのだ。
話を聞いてシアとルナはひとまず理解は出来たが、しかし疑問も多い。
「なんとなくは分かったけど……なんで皆で引っ越さなかったの?」
シアは遠慮なく聞いてみた。少なくとも家族全員で移住すれば、こんなわだかまりも最低限で済んだ筈だ。
というか子供だけを残して、なんて正直どうなんだと感じてしまう。無理矢理にでも子供達を連れて行きたいものではないだろうか。
「違う街へ引っ越すなんて、子供にとってはあまりに大きすぎるのよ。それと、姉さんがとにかく優秀だったから……」
子供にとっては友人や住み慣れた街を捨てるのと同じ事だった。危険なこの世界の街は閉鎖的故に、戻って来るなんて子供には不可能なのだから。
そして新しい環境に溶け込む事も難しい。そもそもがそういった理由から、家族で移住なんて珍しいなんてものじゃない。
大人になって独り立ちし、違う街へ行く事はある。しかし家庭を持ったなら最低限、子が成人するまではその街で暮らすのが普通だ。
リアーネとリリーナの猛反発で、結局は両親だけが離れる事になった。2人共、特にリアーネが歳の割に随分としっかりした子だった事も大きい。
しかし幼過ぎたリーリアは何も分からず両親が居なくなって泣き続けてしまい、自分達の我儘の所為で幼い妹から両親を離してしまったと罪悪感を抱いた。
幸いと言っていいのか、逆に幼かったお陰で数ヶ月もの姉の尽力によって収める事が出来た。なにより成長してから姉妹で語り合って罪悪感は解消されている。
そんなめちゃくちゃな家庭を若干15歳で纏めたリアーネは、それはもう優秀どころの話ではなかった。
だからこそ、大人であろうとひたすら無理な背伸びを続けていたのだろう。彼女の家族への溺愛ぶりは当然だったのだ。
「それはまぁ……確かにそうだね」
全てを失っても新しい環境で皆と出逢えたシアにとってはあまりピンと来ない事だった。
それでも他の街へ行く子供の不安が大きいという事くらいは想像出来る。
「はぁ……まぁ、シアにもこうして話した事だし、行かなきゃかなぁ……」
「? 私に話すと行かなきゃならないの?」
リリーナは1つ息を吐き呟いた。元より向き合わないなんてつもりは無いが、どうしていいのか分からず逃げていただけだ。
姉程に立派ではなく、妹程には幼くなかった彼女の気持ちは宙ぶらりんのままなのだ。
そしてシアに聞かせたなら、もう逃げてはいられない。
両親が生きているのに何を贅沢に悩んでいるのかと思われる事が怖かった。実際にそう思うかどうかは関係無く、かもしれないというだけで怖い。
両親どころか全てを失ったシアに対して、自分は何も失っていないのにただ逃げている事が恥ずかしいと感じるのだ。
だから家でも話題にしなかった。きっと姉妹も揃って、似たような思いから話題に出来なかったのだろう。
そして全く持ってそんな事は考えもしないシアは首を傾げている。
見た目通りの子供なら考えたかもしれないが、これでも中身は大人である。人によって事情は違うし、その重さも違うのだとちゃんと分かっている。
「ふふっ……そういうものなんだよ」
計画通りに親友が1歩踏み出そうとしているのを見て、セシリアは微笑みながらシアの頭を撫でる。
流石の彼女も、逃げている事が恥ずかしくてシアにどう思われるかと怖がっている事までは分からない。単純に昨日の話のように、口に出す事で整理して勇気が出せるのだという意味だ。
それはそれで確かにその通りだったので間違ってはいない。
「何を偉そうに……ま、思い立ったらなんとやらよ。悪いけど、今日は私は両親のとこに行くわ」
思惑通りに動かされた事に何か言ってやりたいが、なんだか情けなくなりそうなので我慢した。
そして決断したなら長引かせるのも良くないからか、リリーナは今日は別行動をすると言う。
「え、今日これから? 住所は分かるだろうけど、居るの?」
「うん、住所どころか休日までしっかり書いてある。ホント全部掌の上って感じね」
唐突に別行動と言い出してセシリアは困惑したが、そこはやはりリアーネがちゃんと手紙に記していた。
運が良いのか偶然にも今日がその休日の1つであった為、勢いに任せて誰かさんのように突撃するつもりらしい。
「待って待って、じゃあ私も! 挨拶くらいはしなきゃ!」
「シアが行くならあたしも行かなきゃ。家族だもんね」
そしてシアは慌てて口を開いた。家族として受け入れてくれた姉達の両親なら、彼女にとっても立場上は同じ。
勿論ルナもまた、家族として挨拶に付いて行くつもりだ。
「それもそっか。じゃあ一緒に行こうか」
それを断る気はリリーナには無かった。もしかしたら情けない姿を見せてしまうかもしれないが、挨拶したいと言う彼女達の気持ちは理解出来る。
「あれ!? じゃあ今日は私達だけ除け者!?」
「家族の話なんだし、僕としてはそれでもいいけどね。ただ、危険な旅を一緒にしている以上は挨拶した方が良いとは思ってるけど」
一応今日はこれから観光の予定だったのだが、あっという間に兄と2人残されてしまいそうになってセシリアは慌てた。流石に兄妹で観光は気恥ずかしいらしい。
ずっと話に加わらず穏やかな表情で眺めていたセシルは、どちらとも取れない発言で濁した。どちらも本心故に、自分達も連れて行くかの判断は任せる事にしたようだ。
「あっ、そうそう! そうだよ! と言う訳で私達も付いてくね!」
せっかくリリーナに判断を任せたというのに、半ば無理矢理決めてしまった。
それでいいのかとセシルは確認の為にリリーナを見る。
「はぁ~……分かった、いいわよ。なんだかんだ私の事を考えてくれてた訳だし、あの頃セシリアと出逢えて救われたんだもの。ちゃんと親友だって紹介しなきゃ、ね?」
何度目かの溜息を吐いて、今度は笑顔でセシリアに向き直った。
彼女が自分の事を考えてくれていた事は分かっているし、素直に嬉しい。両親が街を出てモヤモヤと重く荒れた心の彼女を癒したのは、入学したてのセシリアだったのだから。
あの頃に出逢えたお陰で、ここまで大きな存在の親友になれたのは間違いない。
「ふぇっ……え、あぅ……急にそういうの、反則……」
珍しくストレートに笑顔でそんな事を言うリリーナに、セシリアは顔を赤くして戸惑い小声で呟いた。
面と向かって親友だと言われて照れるのは分かるが、こうやって意味深な反応をするからその気があると思われるのだといい加減気付くべきである。
「なんでそんなアヤシイ反応なの……? 私変な事言った?」
「ううん、セシリアが変なだけ」
ただ素直に伝えただけなのに、よく分からない反応をされてリリーナは少し引いた。
隣のシアに確認してみれば、遠慮無くバッサリと切り捨てたのでもう一度笑ってしまう。
「酷いっ! なんか最近2人からの扱いが酷いっ!」
冗談めかして泣き崩れるセシリアだが、自業自得のような物だろうから無視でいいだろう。
だいぶ前からこんな感じなのに、最近っていつからだとまたもや弄られている。
そんな2人を見ながら、シアは思った。
自分がルナに救われたように、リリーナもセシリアに救われていた。昔から2人はこんな感じにワイワイやってたんだろうなと、それを知れた事が嬉しかった。
きっと誰だって、誰かと居て救われるのだ。もしかしたらルナもセシリアも救われているのかもしれない。
そうだったらいいし、そんな自分でありたいな……と。




