第175話 新たな出逢い 3 少女の語り
食事を始め、取っ掛かりとして先程の戦闘等について軽く話し……いざ本題へ。
さて、何処から聞こうかとジェラルドが呟いた後――驚くべき事にシアはあっけらかんと語り始めた。
「私ね、アルピナに居たの。もう、全部無くなっちゃったけど……」
「ちょっ……!?」
「シア!?」
皆も何を話そうかと悩み、精々がシアを保護してからの話かと考えていた。
それではルナについての話が難しくなるが、いくらなんでも初対面のでいきなりそんな話を……しかもシア本人が勝手に語り出すなんて予想はしなかった。
その一言で、ジェラルドは朗らかな表情を一瞬で真剣な物へと変えた。
家族の考えなどお構いなしに、シアは語る。あの時何が起きたのか、何を思ったのか。
長く戦ってきただけあって、彼の胸中は複雑だ。他国ではあるが慰霊碑へ……アルピナの跡地へ足を運んだ事もある。
どんな地獄だったのか想像も出来ない廃墟、その生き残りと聞いて言葉が出なかった。
どれ程長く生きても……いや、生きてきたからこそ。彼女の求める言葉を探した結果、何も言えなかった。
シアは同情も慰めも何1つ、求めてなどいなかったのだから。
「それでね、山に逃げて……ルナと出逢って、新しい家族と出逢えたの」
語り続ける。家族と故郷全てを目の前で無くし、逃げて2年以上も生き延びた事を。ルナと出逢い救われた事を。新たな家族と出逢い幸せを見つけた事を。
いつぞやに皆へ伝えた説明と同じ内容だが、その語り口は全く違った。
その違いを見た家族の心の内は分からない。けれど柔らかく微笑んで眺めているのを見れば、喜ばしい事なのだろう。
最大のトラウマにしっかり向き合おうという意思が見て取れたのだから。
ちなみに、うっかりポロリと余計な事や以前と違う内容を言いやしないかと若干不安だったルナだが、それは杞憂だった。
「でね、私は世界を見てみたいんだ。つらい事ばっかりじゃない……世界はこんなにも楽しくて幸せなんだって、沢山経験したい」
街での話を終え、旅に出る事になった最近の事も。
そう真剣に、夢を語るシアを見るジェラルドの目は細められ揺らいでいた。
ただ眩しかった。臆病なまま老いた自分に比べ、なんと勇気に満ちた子なのだろうと憧れさえ抱いた。
「その為の力だって、いっぱい頑張ったよ。こんなに早く旅に出るとは思ってなかったけど……」
シアはそんな視線をなんてことないように受け止め、自分の力――アルカナさえも見せつけた。
壁を作り、剣を作り矢を作り、どれ程の物かと誇らしげに語る。
「こらっ! それは簡単に見せちゃダメだって言われてるでしょ!」
流石にアルカナまで披露した事に、リリーナを始め皆から慌てた小言が飛んで来る。
魔力障壁を発展させた物だと言い張れば誤魔化せるだろうが、そんな唐突な判断はまだ出来なかった。
つまり、そんな慌てぶりは特殊な力なのだと言っているのと同じだった。
「なんと……君は一体どれだけの物を背負ってるんだ?」
悲惨な生い立ちを聞き、隠すべき特別な力を持つ事を悟り……それでも明るく前へ進む幼い少女にジェラルドは驚きを通り越して疑問で埋まった。
どうしてこの少女は夢に向かって走れるのだろうか。とっくに歩みを止めてしまった己を振り返り、情けなさと遣る瀬無さを感じた。
「そんなの分かんない。でも、つらい事も幸せな事も、全部大事な事で……背負うからこそ意味があるんだと思う」
そんな疑問にもシアは真剣に答える。語っていない事――異世界から生まれ変わった事も含め、彼女が背負う物は本当に多く……そして大きい。自身でさえも、最早細かく考えなくなっているくらいだ。
それでも、全て含めて自分なのだと……手放してはいけない大切な物なのだと信じている。
「なにより、私だけじゃないもん。皆が一緒に背負ってくれるから、なにも重くないよ」
言えない秘密はルナが、それ以外も家族が共に背負ってくれるから、こんなにも小さな背中でも大丈夫。
そう語り切った少女は見た目とは裏腹に、この場の誰よりも大人びて見えた。
そんな思わぬ語りに感じ入ったのか、その家族は若干呆けてしまっている。
まだまだ子供と思っていたが、こんな事を言える程に成長していたのかと感動してしまっているらしい。
「そうか――そうか……」
変わらず目を細めたまま、ジェラルドはシアの頭を撫でた。
何か言おうと思っても何も出てこない。何も考えず、ただ自然と撫でていた。
皺の入った優しい掌をくすぐったがるように、シアはふわっと笑った。
シアはどうしてか、出来る限り全てを話し聞かせたかった。
家族があれ程言う人物ならと信頼はあった。もしかしたら、この世界での祖父母を知らない事も理由の1つだったのかもしれない。
そして蒼い炎舞い散る背中に見惚れた。長く戦い護り続けてきただろう誇り高き背中に。
なにより、それがジェラルドにとっても意味があるかもと考えた。
英雄が背負う物なんて想像も出来ないが、先程見せた自嘲の陰……疲れて圧し潰されそうだと感じた。
散々圧し潰されそうになって救われてきた、中身が大人な彼女だからこそ気付けた。
荷を降ろせとか、分けてくれとか、そんな偉そうな事を言うつもりは無い。
立派な大人どころじゃない、遥か上の老人に対して出来る事を考えた結果、ただ語る事にした。
自分が明け透けに語る事で、彼にも出来る限り語ってほしかった。自分の時と同じように、それで少しでも楽になるなら……何か影響を与えられたら良いなと思った。
シアがキラキラと憧れの目で見つめてくるのに合わせ、ジェラルドも見つめ返してみれば……そこに含まれた彼女の考えをなんとなく感じ取れた。
そこは流石の人生経験なのか、なにかしら自分を想ってくれての話だという事だけは理解出来たのだ。
「君は強いな……そして聡い。私も語りたくなってしまったよ……聞いてくれるかい?」
「うん、聞かせて!」
そうして今度はジェラルドが語り始める。
シアの曖昧な思惑を読み取り、面白い話でも無いがと断りを入れてから重く口を開く。
勿論シア以外の皆も真剣に耳を傾ける。ハンターとして憧れるなんてものじゃない、素晴らしき英雄の話だ。




