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第174話 新たな出逢い 2 じじいをナメるな

 今度こそ無事に事を済ませたシアは、皆と改めてジェラルドへ挨拶をする。

 そうして彼が隊に戻るついでに、一緒にのんびりと歩いていく事になった。

 子供と精霊を連れ、まだ若い3人が旅をしている事に彼は興味津々なようだ。

 しかも皆が元ハンターという事も聞いて随分と親身になってくれている。


「む……せっかくの時間だと言うのに、邪魔をしてくれるな……」


 しかしそんな穏やかな時間は唐突に終わる。

 いくら平和な1日とは言え、多少の魔物は現れるものだ。真っ先に気付いたジェラルドの呟きの後、前方にウロウロと黒い塊が集まる気配を皆も察知した。


「君達が手を出す必要も無い。一応仕事中なのでね……私が片付けよう」


 一行も戦闘に備えて意識を変え武器を構えるが……ジェラルドはそれを止めた。

 ハンターとして仕事を全うせんと、わざわざ子供にまで戦わせようなんて思いもしないのだろう。

 それを聞いて3人は大人しく下がった。武器は収めていないが、好意に甘えさせてもらおうと受け入れたようだ。

 既に茂みの隙間から黒い物がチラチラと見えている。今すぐにでも飛び掛かってきそうだ。


「え……えっ? でも、危ないよ――」


 そんな皆を見てシアは不安気に戸惑いを口にするが……ジェラルドは何も気にせず歩いていく。

 きっちり蛇は置いて行ったが、どうやら本当に1人でどうにかするつもりらしい。獲物はここだと言わんばかりに魔力を溢れさせ、悠々と待ち構えている。


 そして襲い来る魔物達。狼やら蛇やら、様々な姿が5体。

 セシリア達は万が一に備えてシアの傍で構えるが、当のシアは老人1人に任せる事に慌てている。


 しかしそんな心配と不安など何の意味も無く、ジェラルドは一瞬で全てを切り伏せた。

 腰に下げた刀を抜き放ち、蒼い炎を纏い切り刻む。刀の届かない距離さえも炎で薙ぎ払い、黒い塊は塵と舞う。

 瞬間的に、爆発的に身体強化をした居合と言ったところか……その抜刀も、幾度の閃きも、誰1人捉える事は出来なかった。


 蒼炎が散る中、音も無く鞘へと刀を収める後ろ姿をシアは呆けて眺める。

 その一瞬の煌めきだけで、彼が只者ではないのだと悟るには充分だった。


「蒼炎の……ジェラルド」


 セシルは記憶を探り呟いた。蒼い炎を操る熟練の老ハンターと言えば彼だ。

 中央から離れた街でさえ、知る者が居る程のその名。

 蒼炎のジェラルド。老いてなお最前線に立ち続ける、英雄の二つ名。


 流石に知っているのはセシルだけだったようだが、セシリアもリリーナもとっくに彼を信頼していた。

 名は知らずとも、現役の老ハンターというだけで信頼に足る事を知っていたのだ。


「その名はあまり呼んでほしくはないが……まぁ、知られているなら仕方ない」


 つい先程まで堂々としていたのに、二つ名を聞いた途端に恥ずかしそうにしている。

 どうやらその名は本人としては不服らしい。


「シア、覚えておきなさい。おじいさんだからと甘く見ていたでしょう……でもそれは生き残ってきたという証明なの」


 未だ呆けたままのシアへと、リリーナは遠い目をしながら語る。


「何十年という時間を戦って生きる……ただそれだけでも凄く、凄く偉大な事なのよ」


 予想以上の実力者だった事も合わせて、ハンターとして彼女の憧れ以外の何物でもないのだろう。その遠い目に込めた想いは強い。


「すっごい! 凄い強いんだねっ!」


 ようやく戻ってきたのか、シアは凄い凄いとひたすらに騒ぐ。

 全く語彙が無くなっているあたり、純粋に尊敬しているのが伝わってくる。

 そんなシアへ、セシルは彼が英雄足る所以を語り聞かせている。やはり彼も彼で、逸る気持ちが抑えられないようだ。というより、セシルは意外とミーハーらしい。


「そんな大層なもんじゃない、そう褒めてくれるな。私はただ……後進に継ぐ事も出来ず、いつまでも戦場にしがみつくだけの爺さ」


 尊敬の目を向けてくれる若者達に対し、目を伏せ自嘲を込めてしみじみと語る。長く戦ってきただけあって、なにかしら思う事があるらしい。


「私からすれば、夢に向かって走る君達の方が眩しくて堪らない。私には出来なかった事だ」


 そう言って本当に眩しそうに目を細めるジェラルドの心は、出逢ったばかりの一行には何も分からない。

 大体3倍以上の人生を歩んできた者の心を推し量るなど、出来もしなかった。それでも何か重い物を背負ってきたのだと察せられる。


「ね、もっと色んな話を聞きたいなっ! 休憩は終わっちゃう? 仕事が終わったら、何処かで一緒にお食事しよっ!」


 そんな彼の内心を知ってか知らずか、シアは少女らしく振舞ってジェラルドに纏わりついている。

 いや、きっとこの場の誰よりも考えた結果、あえてそう振舞っているのだろう。忘れてしまいそうになるが、彼女は一行の中で最も精神年齢が高い……筈である。多分。


「いいとも――いや、むしろ一緒に街へ行こうか」


 孫のように懐く少女を邪険にする訳も無く、ジェラルドは早速シアを可愛がる気らしい。

 これがシアなのだ。良い人を見極め、警戒させず、スルリと心に入り込み絆す。わざとそうしている面はあるが、半分以上は素でやっている。

 その見た目のお陰という点も大きいが、つくづく愛される才能に恵まれた少女だ。


「いいんですか? 仕事中なのでは……」


「さっきも言った通り今日は穏やかだ。珍しい爺の我儘くらい、皆も受け入れてくれるだろう」


 流石にそれはどうなのかとセシルは訊ねるが、ジェラルドはなんてことないように答える。


「戦闘なんて今ので2回目だ。こんな日くらいは、若い奴らに任せても誰も文句は言わん」


 もう昼になる頃でもその程度の仕事量らしい。

 そんな唐突な我儘は、先程語った後進に継ぐ事も出来ないという自嘲からだろうか。

 もしかしたら、1人で歩いていたのはその辺りを彼なりに悩んでの事だったのかもしれない。


 その後、隊に合流した彼はなにやら話を済ませて戻ってきた。本当に任せて帰るつもりらしい。

 というより、離れた位置の一行を見て隊の者は納得したように送り出したくらいだ。


 精霊と子供が居る異常さから、ジェラルドが早々に街へ戻る事を受け入れたのだ。

 あんな謎の一行を気にしてしまうのは仕方ない、というような認識なのだろう。良いのか悪いのかは置いといて、彼の助けにはなったらしい。


 街に入ろうとすれば、やはりシアとルナがかなり注目を浴びる。しかし有名人と言っていいジェラルドが共に居るお陰で、すんなり通ってあっという間に宿に着いた。

 またしても面倒な事になるのではと身構えていた彼女達は拍子抜けである。


 そして荷物と馬を置いて食事へ。

 ジェラルドお薦めという事らしいが特別な店ではない。ただ、話をするなら他人に聞かれない――個室で食べられる店が良いと考えてくれただけだ。


 精霊と幼い少女を連れた旅……どう考えても何か事情があると想像出来る。そういった事を気兼ねなく話せるようにと気を遣ってくれたのだ。

 逆に言うと、仕事を切り上げてそんな場を整えてまで詳しく聞きたいと考えている。

 どんな事情があるにせよ、朗らかに旅を楽しんでいるのを見て興味が尽きないと言ったところか。


 なんにせよ、新しい街に着けばクエストが始まるのがお約束。

 英雄との邂逅と会合という、重要そうな――事実お互いにとって重大となるお話が始まったのだった。

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