第172話 湖 2 とある精霊のお話
そうして、これならいっそここで彼と一緒に野宿をして楽しもう、という話に纏まった。
この辺りの話を聞き、街での事を語り、旅についてわいわいと話した。
中央に繋がる街道が傍を通る為、彼は意外と人を眺めてきたらしい。
まぁ、だからこそ一行があまりにおかしい連中だと判断出来るのだが……話し始めてしまえばすぐに打ち解ける。そこはお互い良い意味で気安い性分だからだろう。
日が暮れる頃になれば食事の準備だ。湖には動物が多く集まるので、獣と魚をサクッと獲ってきた。
食事の為ともなれば、シアだって積極的に狩りと解体を手伝う。戦闘の後始末は見せたくないと感じる皆も、そこは受け入れるらしい。
殺された亜人と、解体された動物。どっちがより凄惨かと言うと……まぁ、食事の為という意味が大きいのだろう。
きっとそのうち、そんな甘やかしも無くなる筈だ。どちらにせよ、見ないフリはシアの望む事ではないのだから。
ちなみに、食料調達を考えれば魚は是非とも獲れる道具を持っていたい所。
当然釣りという選択肢があるが……しかしそこはやはり魔法の世界。
セシリアは水を操り魚を打ち上げて捕まえて見せた。本当に便利なモノである。
ともかく……せっかくだからと張り切って、野宿というには少し豪勢な気のする食事の完成だ。
なんだかんだ彼も満更でも無い様子であり、人が調理した食事という初めての経験を楽しんでいるようだ。
「どう? 美味しい?」
「くそ……俺はそこの奴と違うぞ……馴れ馴れしい奴だな……」
シアは揶揄うように笑いながら聞く。
わざわざ聞かなくても、その表情を見れば誰だって分かる事だ。
そこのお馬鹿そうなルナとは違うんだと、顔を赤くしながら謎の抵抗をしているが無駄だろう。最早完全にシア達の温かさに飲み込まれてしまっている。
精霊は基本的に食事の必要が無い。気分で何かつまむ程度であり、食事の楽しみなんて考えもしない事だ。
こうして半ば無理矢理、思いがけず知った事で彼の価値観にも何かしら変化があるかもしれない。いや、確実に変わるだろう。
精霊と出逢う事はまだしも、共に語らい食事をして一晩を明かすなど、シーカーと言えども普通は有り得ない話。
これもまた貴重な旅の想い出になる事は間違いない。お互いの大切な想い出に。
多少の時間が経ってしまえば、ややこしい感情を振り回していたルナもいつの間にか落ち着いている。
同じ精霊としての話、長く精霊と一緒に居る者としての話。語ろうと思えばいくらでも続くものだ。
しかし楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
野宿では寝れるならさっさと寝てしまうべきであり、無駄に疲れを残すのはよろしくない。
残念だが、貴重なお話はこれで終わりだろう。
シアを筆頭に1人また1人と眠りにつき……さっきまでの賑やかさがまるで嘘のように静まり返った闇の中。
初めて人との親密な時間を過ごした彼は、とても柔らかい表情のまま。
初めて人の傍で……知らない温もりの傍で、丸まって眠ったのだった。
そして明方。彼はちょっとしたお礼として様々な果実を残し、こっそりと岩宿を出た。
名残惜しそうな表情で振り返り、しかし何を言うともなく離れていく。
初めて感じた寂しさを置いていくように、勢いよく飛び出そうとした瞬間……小さな声が聞こえて動きを止めた。
「お別れくらい言っていけばいいのに」
ただ1人気付いたルナは、わざわざ追いかけて外に出てきてくれたらしい。
やはり精霊同士、色々と思う事があるようだ。
「これ以上一緒に居たら、なんか自分が自分じゃなくなりそうなんだ。知らない事だらけで、訳分かんないっての」
「そうだよね……あたしもシアと出逢った頃はそんな感じだったよ」
そんな彼のぐちゃぐちゃな感情を既に知っているルナは、ただ同じ精霊としての言葉と共にお別れを言いに来た。
彼にも彼の生活がある。生き方がある。だからこそ、気軽に付いて来いなんて言える筈も無い。見送ってくれないなら、逆に見送ってやろうという事だろう。
「人って案外、良いもんだったでしょ? あたしの自慢の家族だよ」
「家族ってのは分かんないけど、でも……半日くらいだったけど、楽しいって事はよく分かったよ。悪くないかもね……」
そう笑顔で誇らしく語るルナ。それが心の底からの言葉だと見て取れる。
そんな事が言える程なんだなと、彼は人という存在を改めて見つめ直したようだ。
特別興味が湧かなければ、関わろうとはしなかった存在。それがこんなに心を埋めるだなんて、想像もしなかった。
「あえて何か言う事も無いけど……ま、元気でね」
「ああ、そっちもな。皆にはよろしく言っといてよ。君達の旅が、これからも楽しくて素晴らしい物になると祈ってる……ってさ」
随分としっかりした言葉を残して、彼は笑いながら飛んで行った。
たった半日、たったそれだけ一緒に居ただけで、彼はだいぶ絆されてしまったようだ。
そうさせてしまうのが、ルナが誇る家族達の魅力だろう。
シアが、ルナが、あっという間に絆されて離れ難くなってしまったように。それをよくよく理解しているからこそ、彼の心を見透かしてしまえる。
勿論彼女だってその家族であり、彼女自身も魅力溢れる存在だ。
自分もその一員である事が、皆がそう思ってくれる事が、ただただ誇らしいのだ。
少し経てば皆も目を覚まし、彼が居なくなった事に気付いて残念がった。やはり最後にお別れくらいは言いたかったのだろう。
しかしルナが彼の言葉を伝えてあげれば、やはり揃って笑顔に変わった。
お土産に残してくれた果実はまだ酸っぱかったが、不思議と美味しく感じたのは何故だろうか。
お互い、思いがけない想い出が出来た。
もう少しだけゆっくりして、朝食を終えて、荷物を纏める。
振り返らず出発していく皆を遠くから見る彼もまた、笑顔だった。
ラスタリアの中央に程近い、自然豊かで広大なアロイス湖。
そこには1人の精霊が住んでいる。
通りがかる旅人に商人にハンターにと、何故だかやたらと絡んでくるらしい。
人を助け、様々な話を聞きたがり、野宿をすれば食事に混ざって共に眠り、朝になれば居なくなっている。
そんな不思議な精霊が居るのだと、一部の人達の間ではよく語られるお話だ。
どうやら彼をそんな風に変えた誰かが居るようだが、それは誰も知らない。
知らずとも、温かい人と出逢ったのだろうなと察せられる。
きっと彼の根幹になるような大切な想い出なのだろうなと、あえて誰も聞かない。
そんな珍しい精霊が居る、珍しい湖へと。
今日も誰かがやって来る。
それを見つける精霊は、やはり今日も笑顔だ。
7/10
コロナに掛かってしまいまして、しばらく療養します。
予想以上に症状が厳しいので、執筆なんか無理そうです。
そして具体的にどれくらいの期間というのは分かりません。
1週間くらいですかね?
とりあえずそういう事なのだとご了承ください。
7/19
コロナは治ったので執筆は再開しております。
ある程度書き溜めてから読み直し、余分な文章を削ります。なので更新はもうしばらくお待ちくださいませ。




