第169話 心のままに
せっかく善意で保護されたのに戻ってきた事には多少言いたい事もあるが、とりあえずは褒めちぎってあげる事にした。
当たり前だが、戦闘していた者達以外にも警備は居る。どちらにせよ空の敵は発見しただろうが、またしても彼女のお陰で早々に気付く事が出来たのは違いない。
しかも1体とは言えきっちり撃ち落としてくれている。幼い少女がやったと考えれば、周囲の大人までもが褒めるのは当たり前だった。
「よくやったぞー、流石私の妹!」
そんな周囲に聞かせるようなわざとらしいセリフと共に、リリーナはシアの頭をわしゃわしゃと撫でる。
外に居たハンター達の殆どは彼女達の事を知らない。あれは誰だと今ようやく情報が伝わっている所だ。
だからシアは運ばれて行ったわけだが、妹と呼ばれた幼いシアも立派な(?)シーカーの1人だと改めて理解してくれるだろう。
「うんうん、あの状況で1発で当てるなんて本当に凄いよ」
「改めて素晴らしい腕になったもんだ」
セシリアとセシルもやはり褒める。
周囲の確認等で走り回っている人達も居るが、そこまで手を出すのも邪魔になりかねない。
凄惨な現場の後始末は手伝うつもりなので待機と言ったところか。ただしその現場を自然な振舞でシアの視界から隠している。
実力は認めてもやはり子供。積極的に見せたい物ではないと感じてしまうのも無理は無い。
「ん……でもちょっと眼が疲れちゃった」
そしてそんなシアは目をグリグリ。眠いからではない。流石に戦闘があれば眠気は吹き飛ぶ。
身体能力の強化……それは感覚さえも対象だ。眼というとにかく重要な感覚器官を強化した所為で疲れてしまったようだ。
単純に眼の疲労、痛み。強化された視界から齎される情報を処理する脳への負担。
眼なんて彼女に限らず負担が大きいので、基本的には極軽く強化する程度だ。
それでも効果があるのが眼という器官であり、強化の度合いによって負担が跳ね上がる。
無理をすれば最悪失明に繋がる。それは魔法でも簡単には治せない事だ。
そんなリスクを戦闘で自ら負う事は出来ない故に、徹底して抑えて使われる。
明かりの為の火球を放ったとは言え、数十メートル先の暗い空を飛ぶ敵を射貫くには相当な強化をしたらしい。
疲れやすいシアにとってはたかが数秒でも厳しい筈だ。
逆に言えば数秒で済んだので、疲れただけで何ら問題無いのは安心と言っていいだろう。
「あらら、強化したんだ。それもそうか……じゃあ早く休もうか」
「私達は後始末も手伝うつもりだから……ルナと一緒に帰れる?」
なので当然ながら心配される。
勿論歩く事くらい出来るのだが、シアが貧弱という印象からどうしても気遣ってしまう。
自分達で連れて帰りたいけど、早く休ませたい。出来ればこんな後始末をわざわざ見せたくないし、ましてや手伝わせるなんてさせたくない。
どうしようかと悩みつつ、ルナが一緒なら大丈夫かと見送ろうとした。
「あー、ちょっといいか。まずは礼を、それと――」
そこへ周囲から、揃って帰っても大丈夫だと声が掛かった。
彼女達が突発的に善意から参加してくれたという事も伝わり、ならばそこまで世話になるのも申し訳ない……という事らしい。
彼らとしても、手を貸してくれた上に2度も空の敵に気付いてくれた礼をしたいのだろう。
報酬を貰う以上きっちりやり切るつもりだった皆は困惑したが、そうまで言われて居座るのも悪いと考えて受け入れた。
なにより、報酬は変わらずちゃんと払ってくれるともなれば助かるというもの。
なのでお互いに礼を言い合い、シアと共にゆっくり歩きながら帰る事となった。
そういう訳で宿に戻ると、早々に汗や服の汚れを落とす。
その後一息入れながら軽く明日の予定を考え、そうしてベッドへ。
この部屋のベッドは4つ。なのに何故か1つに少女達がみっちりと入り込む。
早々に眠ったシアと添い寝するかのように、自然とセシリアが並んだのだ。
それを見たリリーナまでもがくっついて、どうにかギリギリ収まるように寝ている。
真ん中のシアは寝ているので反応は無いが、正直苦しそうである。
そしてルナはシアの上だ。いつからかシアの小さな胸を枕に寝るようになったらしい。その顔は常に満足気だ。
「正直、色々と感じた後の衝動だったけど……力になれて良かったかな」
眠るまでの僅かな時間。
セシリアが誰に言うともなく、しみじみと呟く。
「そうね。やっぱり私は、根っからのハンターみたい」
その言葉に同意し、リリーナも改めて自分を見つめ直した。
街を、人を、家族を護りたくてハンターになった彼女は、何処に行ってもハンターだった。
「それは皆そうだろう? それはきっと、この旅で僕らが経験する事の根本……なんじゃないかな」
しかしそれはセシルも、セシリアだって同じだ。
自分に出来る事で誰かの為になるなら。それはセシリアがハンターになった曖昧な理由であり、皆が持つ気持ちだった。
きっとこの先、旅で出逢う様々な出来事にそうして向き合っていくだろう。
ハンターを辞めてシーカーになったとしても、そんな心は変わらない。
「あたしは楽しければなんでもいいけどね。ただ……目の前の困ってる人を見過ごす事が楽しいとは思わないかな」
ルナも語る。それはシアと全く同じ気持ちだった。
積極的に探してまで人助けをしようとは思わないが、目の前に居る人くらいは助けたい。
見過ごしたなら、きっとその先楽しめないから。
言ってしまえば自分の為だ。自分が楽しみたいから、それを妨げる感情を処理する為に動くだけだ。
自分の為のついでに誰かの為になるのなら、それはそれでいいのかもしれない。
善も偽善も無い。皆、自分の心に従って動くだけだ。
この旅での最初の学びとして、其々の想いを胸に眠りにつく。
なんにせよ糧になるなら意味がある。それが旅だ。
そしてそんな話があったなんて知らないシアは朝、苦しそうに目を覚ます。
「ぅう……苦し……暑……狭いっ! なに!?」
両側からぎっちり挟まれ、胸にルナを乗せての睡眠はあまりよろしくなかったらしい。
流石にそんな声を上げれば、くっついている3人も起きる。
頬を膨らませて文句を言うシアと、謝りながら宥める姉達。
目覚めは良くなかったが、とりあえずこの街での3日目が始まるのであった。




