第167話 隣街 3 お子様はご遠慮ください
「とは言ったものの、どうしたものか……」
ひとまず食事を終えて、件の現場である区画に向かった。
街の外周に近い位置のその区画には数人の人が居る。
セシルは腕を組んで悩んでいるが、それは彼だけでは無かった。
この街のハンター等の数人も、実際に現場周辺を調べて悩んでいるのだ。
「手掛かり0でしょ? どうしようもなくない?」
そんな彼を見てルナが軽く返す。
そう、これと言った手掛かりが無いのである。
正式に仕事として話が回っている以上、情報共有もしっかりされている。
それでもここに来たのは一応念の為というだけだ。
既に調べられた情報曰く……
外から来たなら、何時街に入り込んだのかが分からない。
草の生い茂る牧畜の区画ならまだしも、柔らかい土である農耕区画にさえも足跡が無い。
荒らされた痕跡だけが残っており、犯人像が分からない。
というどうにも困った物だった。
「いや、0ではないかな。今の所は鳥型の生物じゃないかって考えられてるみたいだね」
しかしセシルはルナに教えるように再度口を開いた。
夜に空を飛んできたなら、気付かない事も有り得るだろう。足跡が無いのも当然かもしれない。
ただしそうなると畑の荒らし方、襲われた家畜の状態が鳥型のそれではない。
「あとは昨夜、街に数体のゴブリンが近づいて来てたみたいね。3対くらい討伐したら逃げて行ったらしいけど」
「そんな少ない襲撃で、しかも逃げていくなんて珍しいけど……関係あるかどうかは半々って意見みたい」
ついでにリリーナが追加の情報を教えてくれた。
それに続いてセシリアも聞いてきた事を話すが、やはり纏まらない。
明らかに何かありそうだが、結びつかないと言ったところだろうか。
「そういうのって追わないんだ?」
シアはそのゴブリンを逃がした事が気になる様子。
街まで来たような敵を追わないというのはどうなんだ、と思ってしまう。
しかしそれにはしっかり理由があった。
「だって暗い夜だもの。下手に追いかけて囲まれたらマズイし、逆に大勢で追って警備が手薄になるのもダメなの」
警備を釣る為の行動という場合も有り得るからだ。
知能の低い亜人とは言え、奴らだって考えて動くのは当然。
意外と小賢しい事をしてくれるからこそ、驚異になる敵というわけである。
「へぇ~……夜は夜で警備が大変なんだね」
「そりゃあね。どうしたって夜は人員を潤沢に使えないから……それでもこの街はかなり厳重な方よ」
リリーナの言う通り、この街は重要故に護りは硬い。
そんな街を襲おうという敵が小賢しい手段を取るのも、ある意味自然な事かもしれない。
「犯人が人って可能性は無いの? こっそりやって痕跡を誤魔化すとかいくらでも出来そうだけど……」
と、ここでルナが思い切った事を言ってくれた。
確かにそれならいくらでもやりようはあるが、しかし誰もが考えたくない事である。
「それは本当に最後の可能性ね。きっと皆もその可能性は分かった上で、選択肢から外してるんだと思う」
「こんな重要な街で、そんな大それた事をする奴が居るなんて……同じ人として複雑すぎるんだろう」
手を取り合い支え合って生きる中でも、やはりはぐれる者は居る。
それでもこんな大胆に大勢を敵に回すような者が居るだなんて考えたくない。
悪人が顔を出しづらく棲み難い街では、人の悪意に対して少なからず鈍感になってしまう。しかし反面、それらしき事が起これば敏感に反応してしまう。
良くも悪くも、そんな街は多いのだ。
なんにせよ、そんな可能性は最後の最後まで考えないという事である。
そして結局誰も彼も考えが纏まらないまま、気付けば夜になってしまった。
警備を増やすという、最低限の対策しか出来ていない。
「シアちゃん眠くない? 大丈夫?」
「ん……まだ平気。明日出発って訳じゃないし」
なんだかんだ3人の衝動にシアを付き合わせてしまっている。
そこに負い目でも感じているのかセシリアが気遣うが、シアだって協力はしたい。
居たところで何が出来るかは分からないが、とりあえず限界まで眠くなるまでは一緒に居るつもりだ。
流石にここで1人帰るのも嫌だろう。ルナは付いてくるかもしれないが。
「なんか気付いたら寝てそうだけどね」
「頑張って起きてる……」
最早定位置になっているシアの頭の上でルナが揶揄う。
そのシアはさっきから返事はしてはいるものの、既にぽやぽやしているので本当にそのうち眠ってしまいそうだ。
なにせ念の為に皆隠れるように静かに縮こまっているのだ。
そしてしばらく経ち、本当にウトウトと眠りかけていた頃に事態は動いた。
昨日に続きまたしてもゴブリンが数体街へと近づいてきたらしい。
「……ふあっ? なになに?」
連絡を回すその多少の声で、シアは落ちかけていた意識を戻した。
「またゴブリンだって。多分問題無く撃退してると思うけど」
「とりあえず外の人達に任せておきましょ。ここで中の私達まで動いたら意味無いし」
セシリアとリリーナが説明をしてくれる。
ひとまずは本来の警備の者達に任せておけば問題は無いだろう。
中に居る追加の警備の皆はそう判断して動いてはいない。
「今夜も来るって事は、やっぱりこっちもゴブリンの仕業なのか? 一体どうやって……」
セシルはまたもや腕を組んで考え込んでいる。
やはり襲撃はそういう事なのではと誰もが考えるのだが、街に入った手段が分からない。
流石に門を通って来るなんて無理があるのだ。ましてや外壁を登るなんてゴブリンには出来やしない。
「ん~……ん~~?」
目が覚めたのか、シアは辺りを見回していた。
そして最初の説にあった鳥か何かの可能性を思い出し、空を見上げて怪訝な表情に変わった。
「居たっ! あそこ!」
そしてしっかりとそれを見た。
大きな鳥に掴まれ、ゴブリンが空から街へと侵入しようとしていたのだ。
そんな方法で来るなど、誰も考えなかった事である。
「えっ!? ホントだ、2体! こっちに向かってる!」
シアの大声と指差す方向を見て、セシリアも大声を張って周囲に知らせる。
途端、魔法による火の玉が空へと飛ぶ。しっかり他の皆にも認識されたようだ。
「まさか空からとはね……外の襲撃で外壁の上の警備の意識を逸らしたのか」
「随分と小賢しい真似をしてくれるわね。まぁ連日同じ事を繰り返すあたり、やっぱりゴブリンって感じだけど」
セシルとリリーナは若干の感心が入り混じった感想を洩らす。
ただまぁ、1度上手くいったからと対策や警戒をされる事を考えずにまた来るのは奴ららしい話である。
そして距離がある上に暗いので、ここから出来る事も無い。
悔しいが眺めるだけだ。きっともっと近くの者が終わらせるだろう。
「それにしても、よく見えたね。シアちゃんって眼良いのかな? お手柄だね」
「えへへ、暗い中の警戒は慣れてるもん」
真っ先に暗い空の敵を発見した事をセシリアが褒める。
なにせシアは灯りも無い山で2年以上も生きてきた。
暗い中で恐怖を抑え警戒をする事に慣れているからか、随分と夜目が効くのだ。
それはきっと日々夜間の警備をする者に引けを取らないだろう。
ついでに弓が得意な事もあり純粋に眼が良い。
なんにせよ彼女が早々に気付けたお陰で、あっさりと解明されて撃退だ。
褒められて嬉しいのか誇らし気である。
「って、逃げられてるじゃない! 何してんのよもう……これは流石に追った方が良いかな?」
しかしそんな事を話している間に、空のゴブリンは無事に引き返してしまった。
早々に気付かれた事で、奴の判断も早かったらしい。というより攻撃が飛んできた事で鳥の方が逃げた、が正しい。
「そうだね、外の状況は分からないけど……ひとまず向かってみた方が良いだろうね」
あんな手段を実行出来るような、痕跡を誤魔化すような頭の良い奴らを野放しには出来ない。
時折ああいった一際頭の良い個体が生まれるのは、生物である以上当然の話だ。
群れの指揮を執ったりと厄介である故に、敵対したなら始末した方が後に響かないのだ。
そうして外に出てみれば、ハンター達が並び警戒態勢となっていた。
ゴブリンはどうやら少し離れた所に群れで来ていたらしく、引き返した奴らはいっそ戦おうと奮い立ったようだ。
ずらりと随分な数のゴブリンがのそのそと集まって来る。
分散していたハンターも流石に数で不利だったのか、戦わずに合流を選んだ。
ハンター達とゴブリンの群れ。ここに開戦である。
「て、なんで子供がこんな所に居るんだ。危ないから帰りなさい」
「ご両親が心配するだろう。ほら、行こう」
「精霊まで居るじゃないか。なんだここは」
しかし当たり前だが、紛れ込んだ子供がスルーされる筈は無かった。
「えっ、ちょ……私仲間! あいつ見つけたの私! ねぇちょっとーっ!」
なにやら喚いているが、無念。軽々と担がれ、あっさり連れて行かれた。
「ルナ、シアと一緒に居てあげて。保護されただけとは言え、離れるのも危ないからさ」
「はーい。じゃあ気を付けてね」
そんな光景に若干呆れてしまったが、リリーナはルナを見送って意識を切り替えた。
侮る訳ではないが、ゴブリン程度に遅れを取る事は無い。それでもこれは命を懸けた殺し合いである。
油断無く真剣な表情で剣を抜き、セシリア、セシルと共に並び構える。
さぁ、今度こそ開戦だ。




