第162話 旅の始まり いってきます!
旅立ちの日、朝。
流石のシアもしっかり目を覚まし、ルナと共にリビングへ。
その表情は何処か暗い。ルナも同様に、いつもの明るさは無く静かだ。
旅には期待がある。ワクワクと逸る気持ちがある。
だけど、今までの幸せに満ち足りた居場所を離れる寂しさは大きい。
シアとルナが加わり一気に賑やかになったエルフ一家だが、今日この後には2人だけになる。
誰も彼も寂しさを表に出すのは仕方のない話だ。
流石のセシリアも今日はこちらには来ていない。
きっと向こうもまた、子が揃って旅に出る事で寂しさ溢れる朝になっているだろう。
しかしそんな寂しさを引き摺って旅立つ訳にはいかない。見送る訳にはいかない。
朝食を食べ終わりしんみりとした時間が過ぎ――さぁ行こうと揃って家を出る。
皆で手を繋ぎ、やたらとゆっくりな歩みで北門へ……
門では団長とダリルが馬と共に待ってくれている。おまけでユーリスも居る。
昨日の時点で既に殆どの荷物は積載済みだ。
彼らもやはり、寂しさを表すかのように目を瞑り静かに佇んでいる。
あれだけ背中を押しておいてと思うが、それが一番後悔が無い選択だと確信したからだ。
今だからこそ最高の旅になる。実力からして問題は少ない。そう信じて、行ってこいと背中を突き飛ばした。
もしかしたら、寂しさを押し込める為の勢いだったのかもしれない。
「来たか……いよいよだな」
予定していた集合時間ピッタリに、2つの家族が歩いて来る。
団長の静かな声に合わせ、のそりと3人は動き出す。
「全くどいつもこいつもしみったれた顔しやがって……」
そうして全員集まり、ついに出発となる。
未だに揃って寂しそうにしているのを見て、ダリルは意識を切り替えろと小言を飛ばす。
流石に誰もが分かっている事なので、抱きしめたりと別れを惜しみつつも少しずつ離れて行く。
残った荷物を積み……シアとルナ、セシリアとリリーナ、セシルが並ぶ。
彼女達を見送る側もまた並び、思い思いの言葉を贈る。
「本当に気を付けるんだよ……定期的に無事な顔を見せてくれればそれでいい。あと手紙は忘れないように」
「シアちゃんが戻ってきた時には、あたしはもっとお姉ちゃんらしくなってるかもね」
「それは楽しみだなぁ……」
「お姉ちゃんも、いっぱい楽しんできて!」
「勿論! 帰った時は沢山聞かせてあげる」
リアーネとリーリアからの言葉に笑顔で返すシアとリリーナ。
寂しくても、再会した時を思えば自然と笑えたようだ。
「セシル、セシリア。全てを糧にしてこい。ただし気負い過ぎるなよ、適度に息を抜け」
「うん……大丈夫!」
「ああ、なんとかやってみるよ。父さんも……しばらく街を頼むよ」
「おう、当たり前だ」
こちらの家族も笑顔だ。
シャーリィは既に散々抱きしめていくつも言い聞かせたので、今は静かに見守っている。
「皆が旅に行ってる間、俺はそれ以上に成長してみせるからな。次会ったときに驚かせてやる」
ユーリスはこれを機にようやく父から鍛えて貰う事にしたようだ。
視線はシアに向かっていたが、勿論皆に対しての言葉だ。
「……妹達を頼むよ。待ってるから、精一杯やってこい」
「うん、ありがとう……」
そしてリアーネとセシル。やはり良い感じというのは嘘ではなさそうだ。
むしろ離れてしまうからか、数日で更に大きく距離が縮まっていると言ってもいい。
言葉は少なくても、醸し出す雰囲気がそれを感じさせる。
「……へ? あ、嘘……え? 2人ってそういう――」
流石のシアもこれには気付けたらしい。
そんな2人を自分の旅の所為で離してしまうのかと慌てたが、それはすぐに収まった。
揃って大丈夫だと言われたからだ。どうやらその辺りも2人で話していたようだ。
むしろこんな機会が無ければ一気に進展する事は無かったかもしれない。
ちなみにシア以外はとっくに知っていた事である。
そうして一通りの見送りの言葉を言い終えたのを見計らって、最後に団長が纏める為に口を開いた。
「無茶するなとか、危険な事は出来る限り避けろとか、この期に及んで今更そんな忠告は言わない」
旅に出るだけで危険なのだし、その点は今更言う事でもない。
なにより、無茶をしなければならない事もあるだろう。危険を冒すだけのモノを得られる事もあるだろう。
そういった判断も全て本人達次第だ。
「ただ、思いっきり楽しんで無事に戻れ。それだけだ」
そして一際強く気持ちを籠めて、ただ一言だけを贈った。
なんにせよ、それでいい。それがいい。
その言葉を最後に、シア達は動きだす。各々の馬へ跨り、門の外を向く。
シアはリリーナの馬に一緒に乗るらしい。セシリアとリリーナ、どっちと一緒に乗るのかは一悶着あったらしいが、多分都度交代していくのだろう。
なのでリリーナに続き、彼女も颯爽と馬に乗……乗ろうと……乗れない。もたもたとピョンピョン跳ねている。
事ここに至って、不安になる事をしないで欲しいものだ。見送る側も呆れた目をしてしまっている。
過酷な旅に耐えられるような屈強な馬。それを扱う事を諦めた所為で、小さな彼女はただ乗るだけで苦戦する始末である。
情けないがこれがシアらしい……と言っていいのだろうか。
「もう……全く、ほらっ」
見かねたリリーナが手を貸し、どうにか乗る事が出来た。
これでもう出発だ、と皆を振り返るシアの表情は何故か誇らしげだ。
今の醜態を晒してそんな顔が出来るのも不思議である。
まぁ、いってきますと宣言する為の顔だろうけれど。
という訳で、気を取り直して……とにかく出発だ。
どうしたって誰もが寂しさを残す。けれどそれは一旦ここに置いて、揃って笑顔で見送り、見送られる。
「「「いってらっしゃい!」」」
そんな大きな声に応えるように。
一層大きく、一層笑顔で。
「「「いってきます!!」」」
その一歩を。危険でも魅力溢れる外の世界へと、大きく……そして勢いよく踏み出した。
後ろは振り返らない。また戻って来るのだから、後ろ髪を引かれるよりもずっと強く前に進む。
期待と恐れと勇気を胸に、ただ進む。これから出逢い見る物全てを楽しむ為に。
シアの夢は1つ叶った。
幸せな居場所を手に入れた。
そしてもう1つ。
今度は外の世界をひたすら楽しむ。
そんな夢が今、新しく始まった。
そしてそれは、きっと叶う。
意図せずになんとも打ち切りエンドみたいな形になってますけど、この後も普通に続きます。




