第161話 日常の終わり いってらっしゃい
さて、そんなこんなで時は過ぎ――出発まで残り数日となった。
当初は1ヶ月程と考えていたが、シアが馬を諦めた事も合わせて思ったよりもスムーズだった為、結果半月程で終わってしまった。
なんだかんだ皆揃って必死に詰め込んだお陰である。
渋々見送る側としては嬉しくないかもしれない。
と言っても流石に大人であるシャーリィとリアーネは、どうにか折り合いを付けて納得して送ろうとしている。
そしてリーリアもまた、姉妹であり友達であるシアが夢を追うのだという事を子供なりに理解してくれた。
準備も終わってこの数日はゆっくりと過ごす予定だ。
最後の想い出作りなんて訳ではないが、それに近い感覚だろう。
という事もあって今は、先日の話し合いのメンバーにユーリスを加えての大勢で食事中である。
2年を経て彼もすっかり逞しく男らしく成長しているようだが、今日は半ば強引に混ざってきた。まぁそうでなくとも団長が連れて来ただろうけれど。
彼としてはやはりシアが旅に出るなんて納得いかない……と思いきや、大人しく見送ってくれるらしい。
本気でそうしたいと思っての旅立ちなら応援したい、と考えての事だ。
というか未だにあのシアに好意を抱いているあたり、勿体無い男である。
そしてそんな彼に一切気付かずに、全く意識しない彼女も罪な女である。
流石に彼だって、彼女の気持ちが自分に向いていない事くらいは分かっている。
それでも延々と引き摺るくらいには、なんだかんだシアが魅力的な少女という事かもしれない。
「まぁ、そういう訳で俺は応援してっから。精々楽しんでこいよ」
「ん。皆と離れるのは寂しいけど、何もかも思いっきり楽しんでくるよ」
大勢で騒がしく食事している中、そう言って彼はシアの背を押した。
応援してくれるという事が純粋に嬉しいのか、彼女も笑顔で返す。
「それに1年くらいで顔を見せに帰るんだし、あっという間だよ」
そして寂しいと言った自分を誤魔化すように、一言付け足した。
全てが新鮮で楽しい旅なら、きっと1年なんて一瞬で過ぎるだろう。
帰ってもまた旅に戻る。しかし皆が、自分が、どれくらい成長や変化をしているだろうかと思えば、帰ったその一時さえも楽しみである。
「それまでに恋人の1人2人作っときなよ、ヘタレ馬鹿」
ついでにルナが横から口を挟む。
いくらなんでも未だに彼を嫌っているなんて事も無いのだが、邪険な態度が当たり前になってしまって治せないのだ。
彼女も彼女で不器用なのである。
「はぁっ!? な、そんっ……2人はねぇだろ! 他に誰が居る――」
「へー、好きな子居たんだ。そりゃそうか……じゃあ帰ってきた時が楽しみだね!」
ユーリスはヘタレと言われて狼狽えた。なにせ自分に対しそんな気持ちなんて全く持たれていないと理解して及び腰になっているのは事実だからだ。
そしてそこにシアの容赦ない無自覚な言葉が突き刺さる。中々に可哀想な話だ。
「…………トイレ行ってくる……」
あまりの仕打ちに打ちひしがれてしょんぼりトボトボ逃げてしまった。
話が聞こえてしまっていたのか、男達にニヤニヤと生暖かい目で慰められている。
女性陣は何も言わない。同じく生暖かい目で眺めるだけだ。
ちなみにルナはこっそり笑っている。
シアが本当に素で言っているのが面白くて仕方ないらしい。
「男女と言えば……セシル、男がお前1人だからって妹達に手を出すなよ? 調子に乗ったら千切るからな」
「ちょ……僕を何だと思ってるんだ!? そんな事する訳無いだろう、怖い事言わないでくれっ」
そんな2人を見てふと思ったのか、リアーネが赤い顔でセシルへ辛辣な言葉を投げる。どうやら軽く酔っているらしい。
睨みながら随分と恐ろしい事を言うものだから、彼も慌てて否定した。
「姉さん、嫉妬しなくてもちゃんと返すから……」
珍しい姉の姿に悪戯心が刺激されたのか、リリーナが茶々を入れた。
というのも、最近この2人がなんだか良い感じらしいからだ。
元々共に学校に通っていたし親交はあったが、シアが来てから関わる事も増えて気付けばそんな感じである。
具体的にどうなのかは、家族でも踏み込んでいないので知らない事だが……その分勝手に色々想像されているらしい。
その2人を旅で離すのは忍びないが、どちらもその点に関しては何も言わないのであえて誰も触れない。
ちなみにやっぱりシアはそんな事は知らない。気付かない。
「誰がこんな奴をっ……とにかく、定期的に顔を見せてくれればそれでいいから、気を付けて行ってくるんだよ」
酔って赤かった顔を更に赤くして反応したが、さっさと話を変えて終わらせた。
今は酔っていて何を言ってしまうかと若干冷静に判断したらしい。
未だに旅に出る事には色々と言いたいし、正直反対したい。それでも気持ちよく見送る為に必死なのだ。
珍しく酔ってでも前向きな言葉を贈りたかったのだろう。
しかしそのお陰か、ぶっきらぼうだがしっかりと言えた。
旅立ちが確定事項となってから見送る言葉1つに半月も掛かったが、それだけ彼女が皆を大切に想ってくれている証明だ。
引き留めたい本心は抑える。しかし、どうせなら思いっきり楽しんできて欲しいと思うのもまた本心である。
姉から聞けた見送りの言葉に、妹達は安堵と喜びを見せる。
彼女達だって、後味悪く旅立ちたくないのだ。
お互いが気持ちよく笑顔で、いってきますといってらっしゃいを言いたい。
それがどれだけ危険でも、それ以上のモノを得られるように願いを込めて。
そうして数日、ゆっくりまったり幸せな時は過ぎ――旅立ちの日がやってきた。




