第160話 準備 2 いつかあの地へ
調味料で何がどれだけ欲しいだの、保存出来る食料ならこれだのと話は進み、結局その日はそのまま帰宅となった。
セシルにも色々と聞いた方が良いだろうし、勝手に決める事は出来ないが意見は集まったと言っていいだろう。
そしてもう1つ、早々に決めてしまった方が良い事がある。
「そういえば最初の目的地とか、大まかにでも道筋を決めないとね」
帰り道、思い出したようにセシリアが呟いた。
碌に計画もせずに出発は出来ないので、何処をどう行くかを簡単にでも決めなければならない。
「他国も良いけど、まずはこの国よね。とりあえずは中央目指してウロウロ?」
国は、世界は広い。そう簡単に見て回る事など出来ないが、まずは中央と呼ばれる街を目指すのは悪くない。
ここランブレットから真っ直ぐ北へ向かい、街を1つ経由すれば着く距離だ。
道中は殆ど平原で特に見る物も無さそうだが、それでも湖などはある。うろついて行けば何かしら発見はあるだろうし、旅に慣れるには丁度良いかもしれない。
「そうだねー……いつかは他の国も行きたいけど、まずは中央!」
ワクワクしながらシアも同意。
なんにせよ、何処に向かったとしても楽しみなのは変わらないのだろう。
旅立つ準備も、どの街に着いても、道中も、何もかも全てを楽しむつもりだ。
「色んな意味でフィーニスには早めに行きたいけどね」
そして真剣な表情で呟くリリーナ。
フィーニスはシアの故郷であり、保護した側からすればアルピナの慰霊碑に挨拶くらいはしたいのだろう。
シアを家族として迎えたのなら、悲劇の跡を実際に見て改めて様々な想いを心に刻みたい……と考えるのは勝手だろうか。
「あー……うん、確かに。無関係ではいられないと思うし――」
「中央から東に向かってコルネリアに行くのも良いかも! フィーニスなんてあの山越えなきゃいけないし、大変だし!」
セシリアも彼女の言わんとする事を悟って口を開くが、当の本人はすぐさま話を切り替えた。
シアもまた、彼女達が何を考えたのかを察してしまったからだ。
壊滅した故郷。それは未だ彼女にとって向き合うには難しい事なのかもしれない。
悲しみは乗り越えたが、そこに改めて向かい自分の目で見る事はまた別だろう。
見たくない近付きたくないと言われても、誰も責める事は出来ない。
「とにかく中央ってとこ行けばいいんでしょ? そこでまた考えればいいじゃん」
「そうね、一旦中央で数日間遊ぶのも良いかもね」
そんなシアの反応からルナが素早く纏め、リリーナも合わせて話を打ち切った。
シア自身はそれに安堵したのか、気にしてないフリをして皆の1歩前をてくてく歩く。
表情を見せないよう隠しているつもりなのかは分からないが、少なくとも皆には分かってしまっている。
当然、追及する者なんて誰も居ない。
その後も、もうすぐ始まる旅を思ってのんびりと語り合いながら家に向かった。
わざとらしく明るく振舞うシアに合わせて、皆も賑やかに歩いていく。
本当はシアだって理解している。
旅の中で故郷を訪れる。それは彼女も考えていた事だ。
考えはしても、1歩近付く勇気が出せない。踏み出せないままそんな話題になったから慌てただけだ。
山に居た頃、無惨に崩壊した故郷を遠目に見下ろした事がある。その時でさえ全く平静では居られなかった。
泣きそうになりながら逃げるように走ったものだ。
そんな最大のトラウマ。それを心の中でずっとそのままにしておく事が正解だとは、彼女自身思っていない。
無理に克服する必要があるかと言えば、正直無いのだけれど……明確な区切りを付けるべきだとは考えている。
そしてなによりも。
墓は無くとも慰霊碑に、家だった場所に……両親に。『私は今幸せなんだ』と伝えたい。
この数年、この街で、家族に囲まれ幸せに満ちた生活をする中で、そんな想いが芽生えているのだ。
その勇気を、この旅で振り絞る事が出来れば。踏み出すきっかけが見つかれば。
その時彼女はまた1つ、大きく成長する事だろう。




