第158話 進路相談 2 可愛い子には旅を?
予定通りに次の日の夜、仕事を終えた皆が集まり話し合いが始まった。
セシリアの母、シャーリィも含め2つの家族と団長とダリルとで勢揃いである。
「「――――う~む……」」
緊張感に満ちた静かな部屋に、団長らの絞り出したような低い声が響く。
改まって大勢で話など一体何事かと思ったが、まさかこんな話だとは予想出来なかったらしい。まぁ当たり前だ。
当の彼女達が真剣に打ち明けた以上、口を開くには相応の気持ちでなければ、と何を言うべきか深く考え込んでいる。
誰もが黙り、考え、呼吸と唾を飲み込む音しか聞こえない程に……静かで張り詰めた空気だ。
「――それが、お前達の望みなら……見送ってやりたいとは思う」
それから何秒か、何分か。そんな空気を打ち破るように、ゆっくりと団長の低い声が通る。
確かに旅は危険だがしかし、ハンターも同様である。
どっちがより危険かと言えば勿論旅なのだが、既に命を懸けて戦っているのだから否定する理由には弱いのだ。
それはシアに関しては当てはまらないけれど、極力彼女の望みを叶えたいと思ってくれている。
「そうだな……本気でそうしたいのなら止めはしない。父親としてもそう思っている。しかし……」
「難しい問題だ。俺も応援したいが……いつの話になるのか。そこが明確でなければな」
意外にも肯定的らしく、なんとフェリクスとダリルも続いた。
しかし複雑そうで険しい表情である。
いつかの話とは言うが、それが1年後なのか5年後なのか、はたまた10年後なのか。
それ次第でいくらでも話が変わるのだ。
まさか彼らが揃って肯定的になるとは思わなかったのか、リアーネとシャーリィは慌てて止めようとする。
しかし視線と手で抑えられ、渋々と黙って次の言葉を待った。
「正直言えば、俺だって共に旅立ってみたいと思うくらいだ」
「というか俺らは、だ」
「昔俺達は、シーカーの道を考えた事もあったんだよ」
そして彼らは更に驚くべき話を始めた。
彼らは過去、シーカーを夢見た若者であったのだ。
「結局ハンターになったがな。まぁとにかく、俺達みたいな大人は今更無理な話だ。旅立つにはもう、背負うモノが多すぎる」
「つまり……仮にお前達が旅に出るとして、それは時間が経つ程に難しくなる。これだけは断言出来るんだ」
団長とフェリクスが言い聞かせるようにゆっくり語る。
そう、時間が経てば経つ程に、街を離れる事は難しくなってしまう。
成長すると言う事は即ち、その年月の分だけ手放せないモノを背負い続けていくのだ。
「だから逆に旅立つなら今だ。かなり実力も認められて立場が出来てきたが、それでも今ならなんとかなる」
「これが1年後2年後になれば、お前達はもう街を護る為に欠かせない戦力として引き留めなきゃならない」
そして彼女達は周囲に認められる程に成長している。
大勢に認められた実力者……街と人を護る重要な戦力を手放す事は、彼らの立場上出来ない。
今でもギリギリ。これ以上時間が経てば、事は個人の話に収まらなくなってしまう。
「しかしそうなると、まだ12歳のシアがな……流石に早すぎるというか、体がな……」
けれどそれではシアが問題、とダリルが困ったように呟いた。
問題というか、僅か12歳の少女に旅をさせるなどあり得ない話である。
しかも未だ歳不相応で貧弱な体という欠点を抱えてしまっているのだから。
「いやいや、シアはあの山でずっと生きていられたくらいなんだよ? むしろシアの力なら逆に安心でしょ、あたしだって居るし!」
しかしここでルナが口を開いた。
なにせ今よりももっと幼く未熟だった頃、既に危険な山で着の身着のまま生活していた。
その経験があるのだから、これもまた理由としては弱いのだ。
「確かにそうだが……むぅ……より成長しているし問題無いと言われるとそうなんだが……12歳は……」
言われて全く言い返せないダリルは黙り、団長もモニョモニョと呟く。
問題無かろうが、結局12歳の少女を危険な旅に見送るのは大人として複雑過ぎるのだろう。
結局悩ましい理由など、感情論になってしまう。
「――セシル。お前は旅をしてみたいか?」
そんな彼らを眺めていたフェリクスは、酷く真剣な表情で息子に問いかけた。
「え……? まぁそりゃあ、何物にも代え難い経験になるし、どっちかと言えばしてみたいけど……」
セシルにだってそんな事を聞かれた理由くらいは察せられる。
察した上で、本気で言っているのかと困惑しながら答えた。
「んじゃ、その経験を経て帰ったお前は……俺を越えられるな?」
しかし父は息子にニヤリと笑ってみせ、もう1度問いかけた。
セシリア達とは違い、セシルは既に重要な戦力になってしまっている。
ここでギルドから抜けさせるには問題がかなり多い。
それでも父は息子に旅をさせ、より強く大きく成長してもらう事を選んだ。
なにより、彼が共に行ってくれる事で彼女達はより安全になる。
何年後かは分からないが、無事に帰ってもう1度ハンターとして戻ってきて貰えばいい。その時はきっと父を超えた男になっているだろう。
「――っ、越えて見せるさ」
そんな父の意思を悟ったセシルは、期待と責任を受け止め頷いた。
「なら行け! 妹を、この子達を護って全てを糧にしてこい!」
「おうっ!」
父からの激励に、拳を握って珍しく熱の入った返事を返す。
随分と熱い親子のやり取りだが、団長らはほっこりしている。
いい感じに話が纏まって、旅の安全も増すし良い事だ、なんて思って呑気なものだ。
しかしそんな簡単に話が終わって堪るかと、爆発する者が居た。
「勝手に盛り上がるなっ! さっきから何言ってるんだお前達は!? 子供達がっ、こんな小さなシアが危険な外を旅しようなんてそんな事っ――」
スパーンッと勢いよく、カッコつけた風なセシルの頭を引っ叩きリアーネが激怒した。
完全に彼女達の意見を無視して、勝手に話を進めて決めているのだから当たり前である。
そもそもその子供達でさえ、いつかの話でいたのに今からなんて言われて素直に受け入れるのは難しい話だ。
「そうよ! どうして揃いも揃ってあなた達は! そんな簡単に見送っていい筈が無いでしょうっ!?」
同じくシャーリィも声を荒げる。母としては、彼らの呑気な態度が信じられないのだろう。
「まぁ待てって! 子供達がって言うなら、まずその子供達の意思を尊重してやれ」
「尊重してこの場を設けて黙って聞いてた結果がっ! 勝手に決められて話が終わりそうになってるんだろうっ!」
目の前で息子が張り倒されたからか、若干慌ててフェリクスが言い訳を述べる。
しかし畳み掛けられたリアーネの言葉はまさにその通り過ぎて、結局何も言えなくなってしまった。
やはり彼らも彼らで、あまりに唐突な話で冷静ではなかったのかもしれない。
とりあえず荒れる2人を収めて、落ち着いて話を再開するまで数分。
そうしてようやく、改めて彼らが何故背中を押すのか理由を語り始めた。
「お前達の心配と不安だって当然分かってる。何があるか分からない旅で、どうなるかなんて予想は出来ない。最悪の結末だって有り得るのは確かだ」
「けど今やこの子達は大人顔負けの実力だ。シアの力はとんでもない物だし、精霊まで付いてる。そこにセシルが加われば、心配なんざ要らないさ」
団長が言う通り、見送ったそれが今生の別れ……なんて事になるかもしれない。絶対に大丈夫だなんて言えないのだ。
しかしそれは限りなく低い確率の話だろうと言えるし、なんならハンターの仕事としても同じである。
戦わない彼女達には分からない事だが、鍛えた彼らはセシリアとリリーナの実力をよく理解している。シアの護りがどれほどの物かを知っている。そして精霊が共に居る。
そうフェリクスも援護し、どうにか説得にならないかと言葉を重ねる。
そこらの敵に遅れなど取らない。仮にそれが悪意ある人間だろうと、対人を軸に鍛えたお陰でむしろ慣れていると言っていい。
シアとルナが居るだけで生存率は高くなる。正直な所、世界で最も安全なシーカーなのでは……と思ってしまう程だ。
というか、旅に出たいと言った本人達を置き去りに、彼らが説得をしているのは謎である。
そうして大人達の説得が通り、どうにかこうにかシャーリィとリアーネは未だ怒りつつも受け入れた。
今は丁度年末、片を付けるにはキリが良いとも言える。
故に団長は、明日でセシリアとリリーナとセシルは免職だと突き付けた。
きっと明日はギルドでとんでもない事になるだろうが、それくらいは本人達でどうにかしてもらおう。
それに加えて、これから旅に必要な知識と技術を身に付ける事となる。
どれくらいの時間が掛かるかは分からないが、1ヶ月もあれば充分だろう。
言い聞かせる事は数えきれない程にあるが、約束を2つだけした。
どの街でも到着、出発する時に必ず手紙を送る事。
最低でも1年に1回は帰って来る事。
これらはまだまだ不満気な2人からのお願いでもある。
当然ながらそれを無下にする筈も無く、彼女達は感謝と共に快く受け入れた。
というよりも、反対どころかあまりにも早い出立になりそうで、まさかこんな展開になるとは……と戦々恐々と言ったところ。
いつかの話だったのに、今から動けと言われるなんて。
心の準備どころの話ではない状況に、今度はシア以外も置いてきぼりである。
これから旅立ちまで、人生最大の慌ただしさになるのは間違い無い。
日常が終わり、新たな旅立ちへ。
1歩踏み出す……いや、踏み出させられた。
背中を押すどころか、全力で突き飛ばされた。
不安はある。恐れもある。けれど期待がある。
予想外にも程があるが、なにはともあれ……溢れんばかりの感謝を胸に、彼女達は立ち上がり歩き出した。




