第154話 真冬なのに水着回 3
「予定変更だ。嬢ちゃんにはしっかり泳ぎを教えないと今後が怖い」
「セシリアとリリーナは、シアに付きっきりで教えてやれ。こっちの水練はまた今度だ」
大人達が自責から立ち直り、仕切り直しとなったが予定は変更だ。
泳げない癖に無謀なお馬鹿をそのままには出来ない。
「了解……というか賛成です。私達も不安で仕方ないし」
「シアちゃんには悪いけど、絶対泳げるようにちょっと厳しくいくからね!」
「……はぃ。ごめんなさい……お願いします……」
2人は真剣な表情で答えた。
勝手に動かないよう、床に座り込んだシアの両手をガッシリ掴んでいる。
もう首輪でも付けていた方が良いかもしれない。
未だ涙目なシアは、鼻を啜りながら申し訳無さそうにしている。
「あたしも手伝うよ。今までで一番、シアが馬鹿だって思ったから」
「ごめんなさいぃ……」
そして珍しくルナまでもが真剣に手伝う事を申し出た。
ただしシアを見る目は呆れ果てている。
その後、セシリアとリリーナも水着姿へと変わり、シアの監視……もとい泳ぎを教え始めた。
水深3メートル程とはいえ、一部浅い場所もあるので問題無い。
姉達に手伝ってもらって泳ぐ練習をしている少女という平和な光景だ。
ただし教えている2人は真剣そのもの、シアも流石に真面目に取り組んでいる。
しかしどうにも上手くいかない様子。
小さく貧弱な体に対し、前世での泳げていた感覚が邪魔になっているらしい。
浮く事は出来るようになったが、泳ごうとすると全然進まないのだ。
これでは少ない体力を無駄に消費して沈むだけである。
「あ、見て見て! これならいくらでも浮けるよ!」
と、ここでシアがアルカナでボールを作りだした。
一抱え程の大きさのそれに掴まれば、適当に足を動かして進みだす。
それでも遅いが、体力の消耗は抑えられるだろう。
改めての本格的な鍛錬のお陰で、アルカナの使い方にはかなり進歩が見られる。
今の彼女では、この程度の力は大した負担も無いだろう。
「わー、便利」
ルナは呑気に笑いながら、彼女の周りをプカプカ浮いて遊んでいる。
「て、そっちは深いからっ……大丈夫みたいね」
「びっくりするってばぁ……溺れて怖くなったりもしてないし、そこは良かったけど……」
またしても勝手に深い方へと進むシアに2人は慌てた。
本人は全く意に介さない様子だが、見ている彼女達の心労は酷い物だ。
「えへへ……ごめんなさい」
ただし心配を掛けている事くらいは理解しており、素直に戻ってきて謝っている。
にへら~と緩い顔をしているので、反省しているかは分からないが。
そのままボールに掴まっていたが、何を思ったのかそれを沈めようとし始めた。
「なにしてんの?」
「これの上に乗れるかなって……」
ルナが聞いてみれば、そういう事らしい。
如何にも子供らしい事をしようとしている。
しかし一抱え程のボールを浮力以上の力で沈めるなんて、彼女には不可能な話であった。
「もっと力入れなきゃ無理だって……ほら、こう!」
見かねたルナは、強化を使って無理矢理にボールを沈める。
「――あっ」
「ぶへぁっ!?」
しかし流石にルナのサイズでは厳しかったようだ。手が滑ってすぐに離してしまった
そして水中で離されたボールは飛び上がり、シアの顔面を直撃した。
様子を見ていたセシリアとリリーナは再度驚愕。
なにせ随分と勢いよく、そして鈍い音と共にシアが吹っ飛んだからだ。
ボールのような、と言っても異常に硬い壁だ。
先日習得した柔らかい物質で作ればよかったのに。泳ぎながらではまだ集中が難しいのかもしれない。
「ご、ごめんっ……」
「~~っ!? 痛っったぁ!?」
「だ、大丈夫っ!?」
「すごい音したけど!? ていうか吹っ飛んだよ!?」
ルナはシアを支えながら治癒魔法をかけ始めた。
同時に2人も近づいて来る。一体何回驚き慌てさせられるのだろうか。
「とりあえず上がろうか」
鼻血が垂れ、悶絶中のシアをリリーナが抱いて運んでいく。
本当に問題しか起こさない少女達である。
丁度良い時間なのでそのまま休憩となり、軽い食事も済ませ皆のんびりしている。
思い思いの時間故に、やはりシア達は遊びだす。
今度は一体何を始めたのやら、姉達に背を向けてなにやらゴソゴソやっている。
「見て見て! おっぱい!」
なかなか強烈な物を出してきた。
アルカナで作った小さなボールを水着の中に押し込んでいるだけなのだが……先程と違ってしっかり柔らかく作ったらしい。
小さいとは言え地味に2つ同時に作って維持している辺り、制御に関しては本当に成長しているようだ。
無駄に力を使っている負担なんてなんのその。ボールをムニムニと揉んでみせる。
「こらっ、シアちゃんったら」
男達の前で何をやってるのかと、セシリアが呆れながら叱る。
意外と恥ずかしがり屋な彼女だが、ふざけてる時は羞恥心が無いのだろう。
「……喧嘩売ってる?」
「なんでぇっ!?」
そして胸を大きく、なんてネタはリリーナの前では許されなかったらしい。
決して本気ではないが、いつかのお風呂同様にわちゃわちゃと騒ぎだす。
きゃーきゃー楽しそうだが、男達は気まずそうだ。
どっかの誰かはまた顔を赤くしている。
「……ん? ちょっ!? シアちゃんっ早く出しなさい!」
「ひゃぁあ!? なになに!?」
この後なんて叱ろうかと考えていたセシリアだったが、慌ててシアを抑え胸元に手を突っ込んだ。
急に水着の中へ手が入ってきて、シアは彼女以上に驚き慌てている。
「何じゃないの! 半透明だから見えちゃうでしょっ!」
「――あ゛っ」
理由は至極単純。ボールが半透明故に、角度次第で丸見えなのだ。
いくら幼いとは言え女の子、そんな状態を男達の前で放置なんて出来る筈も無い。
言われて気付いた本人は固まり、腕で胸を隠した。その隙にボールは奪われたが、真っ赤な彼女は反応しない。
「全くもう……一体何回驚いて慌てなきゃならないの……?」
セシリアはげんなりしながら言う。幼児に振り回される母親みたいになってきた。
「まぁ、それだけ嬢ちゃんが自然に振舞えるようになってんだ。お転婆なのは大変だが、良い事じゃないか」
遠慮して余計な事ばかり考えていた彼女はもう居ない。最早子供そのものではあるが、大人からすれば微笑ましいばかりだ。
団長に続きフェリクスもダリルも、そんな彼女を歓迎するように口々に同じような事を言っている。
いつも楽しそうに遊び騒ぎ、甘えて、鍛錬を頑張る。完全に娘のように可愛がられる事が当たり前になってしまった。
「ちょいちょい」
「ぅあい、何?」
未だに固まっているシアをルナが起こす。
ついでに面白い物を見つけたらしく、ニヤニヤ笑っている。
「あれ。どうする?」
そうして指差した先には、真っ赤な顔のユーリス。
シアと違ってルナは彼の本心まで察しているので、虐めたくて仕方ないらしい。
流石に位置的に見えてはいなかっただろうが、水着でじゃれる姿が彼にとっては刺激的だったのかもしれない。
こんな幼児体型の自分に興奮しているのかと思ったシアは冷たい目で眺める。
「ていっ」
「いてっ」
セシリアが持ったままのボールを取って、勢いよくユーリスの顔に投げつけた。
「えっち」
「――くぁっ!?」
呆然としている彼を後目に立ち上がり、一言呟くとルナと共に離れていった。
当の彼は更に赤い顔で言葉にならない息を呑み硬直、大人達は笑いを堪えている。
「あーっまた勝手に!?」
「もうっ! 元気すぎよ、シアってば」
またまた何処かに行こうとする2人を追おうとセシリアとリリーナも立ち上がる。
「こうなったら、一旦思いっきり遊ばせてやれ。泳ぎもそれで進歩するかもしれん」
「安全の為にお前らも一緒にな。最初くらいは良いだろう」
「というか、多分遊べば後で寝る。その後でお前達の水練も軽くやるとしよう」
追いかけようとする2人に向かって、団長達が声を掛けた。
どうせ限界まで遊んで寝るだろうから、疲れさせて大人しくさせろという事らしい。
彼らも彼らで、彼女の扱いに慣れてきたようだ。
という事で言われた通りの流れとなり、彼女達は普通に遊びだした。
シアもルナも純粋に楽しんでおり、それに付き合う2人もやはり楽しそうに笑う。
そしてしばらく経ってしまえば、本当に疲れ果てて眠り始めた。
相変わらずの体力だが、ある意味扱いやすい。
その後はセシリア達も本来の水練に参加し、結局皆揃ってクタクタになって帰宅となった。
今日は特に元気だったけれど、いつもいつもこうして疲れるまで楽しむ毎日だ。
だけどそんな疲れは誰も気に留めない。
純粋に楽しむシア達に振り回される周囲もまた、釣られて一緒に楽しむのだ。
それが彼女達の、幸せな日常。
ただし、真冬に温水で疲れ果てるまで遊んだシアは翌日、熱を出して寝込んだ。
散々周りを振り回した罰だと言いたいが、これもまた周囲を困らせるのである。
それでも甘えさせて受け入れるのが家族。ちゃんと叱りはするが誰も迷惑だとは思わない。
なんにせよ、とにかく皆の中心で好き放題なお転婆娘の日常は、まだまだ続く。




