第153話 真冬なのに水着回 2
その数日後、なにやら紆余曲折あったらしいが水着も買って、水練当日を迎えた。
随分と大きな施設に着いて、あちこちに興味を移す誰かさん達を引き摺っていく。勿論向かうのは更衣室だ。
シア以外は装備を纏っての訓練ではあるが、水着の上に着るのだ。あくまで訓練、男女共有の場なのだから下着は避けるのだろう。
更衣室に入ったシアは、あっという間にすっぽんぽんになり水着を着ていく。
この世界では水着の種類なんて細かく分けられないが、地球の呼び方なら彼女の着る物は――まさかのビキニである。
まぁ子供用のフリルのついた可愛らしいものではあるが。
服はワンピースが好きなのに、意外にも水着は違った……訳では無い。
恥ずかしがって悩む彼女を見かねて、セシリアが強引に決めたのだ。
しかし選んで貰ったものを嫌がる事はしないし、開き直って大人しく着ている。
というか既に気にしていない。シアが単純な性格故に、もう泳ぐ事しか考えていないのだろう。
そしてルナの服もシアとお揃いの水着っぽい物に変わっている。そういう気分なのだろうが、相変わらず便利なものだ。
その2人はさっさと更衣室を出ていってしまった。
「ちょ……どんだけ元気なのよ。あっという間に行っちゃったし」
「楽しみなんだろうねぇ。――あーあ、脱いだ服ぐちゃぐちゃ……」
リリーナは呆れながら見送ったが、顔は笑っている。
流石にここから迷子になったりはしないだろうから呑気らしい。
セシリアは脱ぎ散らかされた服を纏めようと手を伸ばす。
服どころか下着さえ放り出されているのだから、世話の掛かる子である。
「待って、アンタにシアが脱いだパンツを触らせるのは何か危険な気がする。離れて」
「なんでぇっ!?」
しかしリリーナはそれを阻止した。何かと危ない言動を繰り返す彼女を警戒しているようだ。
セシリアは押し退けられた事と、そう思われている事にショックを受けている。
「……そんな事を考えてる方が危ない気がするんだけどなぁ……」
「ぅぐっ……」
涙目でボソリと呟いた言葉はリリーナに突き刺さった。
まぁ間違ってはいないかもしれない。
とりあえず2人揃って変態という事でいいだろう。
で、さっさと行ってしまったシアとルナだが、思った以上に広いプールに驚き興奮している。
ここが遊ぶ為の場所ではなく、訓練の為の場所だと言う事は完全に頭から抜け落ちているらしい。本当に緩い。
部屋には30メートル四方程のプールが2つ並んでいる。
足首程度の水辺での戦闘、膝程の深さでの戦闘など、水深を調整出来る物と、水中を動く訓練の為の物だ。
そしてこの部屋は地下も含めいくつも存在する、まさに戦闘訓練の為の巨大な施設である。
ちなみに装備には各々の武器を持つが、振るうのは専用の木製武器だ。
プールを壊されたら堪ったものではないからだろう。
シア達は深い方のプールに近づいてパチャパチャと触れている。
流石に皆が来る前に飛び込んだりはしないようで安心だ。
「早いな嬢ちゃん、もうちょっと待っててくれな」
と、男連中が来たようだ。
綺麗ではあるが、いつも通りガッツリ装備を纏った姿だ。
「気になったから急いじゃった!」
最早ワクワクを隠す気も無く答えるシア。
可愛らしい水着も相まって微笑ましいが、大人達は若干不安そうだ。
「その水着はシアちゃんが選んだのかい? 可愛いじゃないか」
「ん……ありがと。セシリアが無理矢理選んだやつだけど……」
段々と兄らしい接し方になってきているセシルが水着を褒める。
その面と向かっての誉め言葉にモジモジと照れながら、とてとてと皆の方へ歩いていく。
「なんでソイツは横向いてんの?」
「さぁな……聞いてみたらどうだ?」
そして隣のルナが、何故ユーリスだけがそっぽを向いているのかを訊ねた。
団長はニヤニヤしながら答える。理由などとっくに分かっているのだろう。
「なんでこっち見ないの~?」
「うるせ、なんで見る必要があるんだよ」
とりあえず煽るシアだったが、そっぽを向いたままのユーリスに軽く流される。
どうやら彼は水着姿の彼女を見れないらしい。
「ふふーん……へぇ~……」
そしてその態度は、シアからすれば簡単に察せられる物であった。
ただし、女らしくもない幼い自分に惚れているとは一切考えておらず、女の子に照れているだけだと思い込んでいる。
いくら彼女でも、自分に惚れている男をネタにする程悪辣では無い。気付かないだけだ。
「ねぇねぇ、どう? 可愛い?」
なので揶揄うのも当然だった。
こんな奴に惚れたユーリスが心底可哀想である。
「――っ」
どんな水着を想像していたのかは知らないが、露出の多い物だとは思っていなかったのかもしれない。
顔を赤くして背中を向けてしまった。
下半身はむっちりしているが、ちんまいぺたんこ娘相手にこの反応では彼の将来が心配だ。
そんな彼を相変わらず大人連中はニヤニヤしながら眺めている。
その視線さえ、彼にとっては恥ずかしくて堪らないだろう。
「お待たせしましたー」
「シア、脱いだ服くらいちゃんと纏めなさい」
尚も揶揄おうとしていたが、そこにセシリアとリリーナが到着。
そういえば2人の水着はどんなだろう、と呑気なシアは振り返って愕然とした。
「……なんでっ!?」
「「なにが?」」
シアの驚きに2人は揃って首を傾げる。
「水着じゃないの!?」
「下に着てるけど……」
どうやらシアは皆水着になるのだと思い込んでいたらしい。
男連中もこれから着替えるのだと考えていたのだ。
恐らく、待っててくれという言葉もそういう意味で捉えたのだろう。
「え、皆そうなの!?」
「そうだが」
「そういえば説明してないな」
シアの疑問から、完全に説明を忘れていた事に気付いた。
そのまま水練がどういう物なのかを説明しつつ、皆で準備運動となった。
訓練なのだから、余計な怪我や事故を防ぐ為である。
そして、さぁ始めようかとなった頃。
いい加減我慢が出来なかったのか、シアはルナと共にさっさとプールに向かってしまった。
「あ、コラ! 勝手に行っちゃダメだってば!」
引き留めようとするリリーナの声も空しく、彼女達はプールへ到達。
そのまま揃って奇声を上げながら飛び込んだ。
「遊びじゃねぇって言ってるのにな……」
「楽しんでくれるのは良いが……ていうか泳げるのか?」
「深いぞ、ここ」
団長達は呆れているが、そもそもシアは泳ぎを教わる為に来た事、飛び込んだ先が深い事に思い至った。
当初は呑気だったが、顔を見合わせて気付いてからは一瞬で焦りに変わった。
「ちょっ、沈んでる!」
「なにやってんだっ! 俺らは馬鹿か!」
慌てたリリーナの声で駆け付けたところ、ルナがシアの手を掴んで浮上してきた。
まぁ彼らなら溺れた彼女を助けるくらいは一瞬なのだが、保護者失格な失態だろう。
余りにも自然に楽しそうに飛び込んでいったから、判断が遅れたのかもしれない。
「ぶはぁ!? 深っ……泳げないっ!」
「なんで泳げないのに当たり前に飛び込むのさっ!? びっくりしたよ!」
水上でルナに怒られている。
一緒に飛び込んだ彼女からすれば、何故か溺れだしたシアを見たのはとにかく驚いただろう。
どうやら前世の感覚で行ったらしい。泳げていたのは前世の彼だし、水深が3メートル程もあるのは予想外だったようだ。
いつだか、この体じゃ溺れるかもなんて自分で考えていた癖にこれである。
高ぶった気分で忘れていたのだろう。やはり馬鹿だった。
尚もバチャバチャ藻掻いているシアを引っ張り、ルナが戻ってきた。
「はー……助かった……げほっ、お゛ぇっ……」
プールの縁に来たシアをリリーナが引き揚げた。溺れた本人含め、全員が安心して溜息を付く。
ひとまず無事だった事を喜ぶのも束の間、皆からこっぴどくお説教を食らったシアは涙目だ。
なんとも情けないが自業自得である。
大人達など、失態からの自責が酷い。その事への罪悪感もまた強く、余計に涙目で謝り続けたのだった。




