第151話 とある本のお話 2
そして次の日。シアは昨日の不満も合わせて悶々と街を歩いていた。
せっかく見つけたお宝を失って、何故かもう一度見たいと思ってしまうのだ。
思いがけず男の自分がひょっこり顔を出したものだから、どうしていいやら悩んでいると言ってもいい。
見たところで何があるわけでもないが、男としては即忘れるなど出来ないらしい。
どうせ時間が経てばいつも通りになるとは分かっている。
ただのろくでもない衝動でしかない故の、気を紛らわす為の散歩である。
内容が内容故に、1人になりたかったのか今日もルナは居ない。
そして更に思いがけない友人と出会った。
「ん? お前1人で何してんだ?」
ユーリスだ。今日は学校が休みなので、彼も同じく散歩でもしていたのかもしれない。
「お、やっほー。――そうだ、コイツなら持ってるかも……」
とりあえず挨拶をしたが、小声でなにやら呟いている。
年頃の男子ならもしかしたら、なんて考えてしまったのだ。
「何が? 相変わらず変な奴だな……」
「よし、ちょっとアンタの家に行かせて!」
「はぁ? なんでいきなり……ちょっ、おい!」
疑問を浮かべるユーリスを無視して、服を掴んでスタスタと歩いていく。
問答無用とばかりなシアに文句を言うが、それさえも無視される。
力づくで抵抗するくらい簡単な筈だが、そうはしない所が彼らしい。
「待てって! なんなんだよ……ていうか家はこっちじゃねぇ!」
騒がしいユーリスを連れて、道案内をしてもらってなんとか家へ到着。
なにがなんだか分からないが、そのまま中へと入り部屋は何処だと押し切られた。
自分の部屋に年下の少女が居る事に若干ドギマギしているらしいが、そんな事はシアにとっては考えにも及ばない。
あろうことか、そのまま家探しを始める始末だ。
「ちょっ、お前何やってんの!?」
「いや、アンタなら持ってるかなって……」
「だから何が!? ていうか止まれっ、そこら中ひっくり返すな!」
呑気に答えながらも、家探しの手は止まらない。
ここにきてもまだ力づくで行かないのは良いが、シアに対しては悪手だ。
「無いなぁ……まさかとは思うけどこことか……」
「!? ちょ、そこはダメだやめろーっ!」
思ったより苦戦したが、ベッドの下を見ようとした瞬間ユーリスが良い反応を見せた。
ようやく止める為に手を出してきたが、お陰で確信出来てしまった。
妨害をアルカナの盾で防ぎ、ベッドの下から箱を引き摺り出した。
「ふふーん、こんな分かりやすい所だなんて逆に考えなかったよ」
「ぬぁあああ!? やめろーっ、やめてくれーっ! それだけはっ――」
全力で奪い返そうとするが、完全に読まれていたのか改めてアルカナの盾で箱ごと護ってしまった。
こうなったらもう誰も妨害は出来ない。
最早涙目になりながら絶叫して懇願しているのを横目に、シアは箱の中身をのんびり眺め始めた。
勿論そこにあったのは数々のエロ本である。世界が違ってもお約束の隠し場所らしい。
ただし昨日みた真っ黒な本ではなく、表紙はしっかりとそれらしい女性が載った物だった。
「おー……おー……?」
中身もなんというか普通。薄いが黒塗りで隠されて見辛くなっているし、全体的にソフトな印象だ。
昨日のとんでもなくハードなお宝とは違ったそれに、シアは若干落胆を見せた。
「ぉぉぉおおおお……なんでっ……なんなんだよぉ……何がしたいんだよお前はぁ……」
「ねぇ、こんなのじゃなくてさ、もっと凄いの無いの? 隠れてないやつとか」
いつのまにか泣き出している男に若干引きながら、シアは畳み掛ける。
「あるわけねぇだろぉ!? 人のお宝引き摺り出してこんなのってなんだぁ!?」
「ふーん、残念。じゃあ昨日みた隠れてない凄いやつは本当にお宝だったのか……」
「なんだそれ寄越せよぉ! そのお宝くれたら許してやるからさぁ!」
泣きながら今度は別の懇願をしてきた。可哀想だが面白い男である。
「消し炭にされちゃった。――はぁ、なんか面白くないけど気は紛れたしいっか」
てへっ、とか言い出しそうな顔で、そんな物はもう無い事を告げる。
普通ではないお宝だった事に更にショックを受けたがもうどうしようもない。
サラッと見終わり、もう護る必要も無くなったので壁も消した。
散々好き勝手に振舞って、ある意味では気も紛れて満足したらしい。
その傍若無人っぷりは流石に普段の彼女ではない。それほど不安定になるくらいの出来事だったのかもしれない。
ただ、そんな事は被害者の彼からすれば知る由も無い。
「お前本当になんなんだよぉー!? いいからもう帰れっ! 出てけーっ!!」
今度こそ全力で家から放り出した。
べちゃっと地面に落ちたシアは、今更になってやりすぎた事を理解した。
自分がなんだかどうにかなってしまって暴走していた事に気付き、謝ろうとしたが止めた。
火に油を注ぐ結果にしかならない事くらいは分かるのだろう。
今度改めてしっかり謝る事を決め、ひとまず帰路についた。
「ん? 嬢ちゃんがなんでウチに?」
そして偶然にも、帰宅した団長がシアの後ろ姿を捉えた。
どうやら今日は休日だったらしい。
距離もあるのでわざわざ声を掛けはしなかったが、息子と遊んでたのかと深く考えずに家に入る。
その息子は、と部屋へ向かってみると――
「……お前、何してんだ?」
散乱したエロ本に囲まれ泣き崩れていた。
まるで意味が分からない状況だ。
「ぅぉおおおっ! 親父ぃいっ、アイツなんなんだよぉおお!?」
とりあえず息子が何かされたらしい事だけは分かった。
散らばるそれらはあえて無視して、とにかく事情くらいは聴いてやるかと生暖かい目で応えた。
その生温かい目が、憐憫の目へと変わるまでに時間は掛からなかった。
その数日後、シャーリィとリアーネ、オマケでセシリアとリリーナを教師とした授業を受けた。
シアとリーリア、そして何故か居るルナへの性教育である。
いずれ受けることになる大事な事であり、断る選択肢など存在しなかった。
しかし中身は大人の男なのに、親しい女性陣からあれやこれやと、知っている知識を含め様々な事を教わるのはかなり気まずいらしい。
終始微妙な表情だったシアは、授業が終わる頃には精神的に疲れ果てていた。
だがそれだけでは終わらない。
何故か男達――団長達からセシルまで勢揃いして訊ね、シアへお説教をプレゼント。
泣き崩れたユーリスから諸々の事情を聴いた団長は、色々とシアには言い聞かせなければと思い立った。
無邪気とは言え、あまりにも悪辣な言動。早々に正さなければと真面目に考え、男同士で相談をした結果である。
耐え難い辱めを受けたユーリスに対して酷く同情し、男達は1つとなった。
その事情を知った女性陣も真面目に捉え、盛大なお説教が始まった。
それはもう静かに真剣に怒られ、シアは情けなくも泣き出してユーリスへ謝る事を約束した。
そして大勢にエロ本を暴露されたユーリスもまた、改めて咽び泣いたのであった。




