第146話 剣と矢 2
そのまま次は矢の飛距離……というか、どれくらい遠くまで形を維持出来るのかを確認した。
弓で飛ばせないので団長が力任せにぶん投げただけだが、結果としては意識次第で50メートル程と分かった。
しかし遠くなればなるほど疲労が大きくなるようなので、基本は精々が20メートル程度になりそうだ。
魔法以上の長距離で使えないのは惜しいが、他が優れているので充分だろう。
必要な時は普通の矢を使えばいいだけだ。
いくら矢が嵩張らない利点があると言っても、弓だけを持つのは傍から見ておかし過ぎる。
魔力が無ければ使えないし、当たり前だがある程度は普通の矢も持つことになるのだ。
矢についてはそこで一旦終わり、剣の確認へと移っていった。
とは言っても、こちらは軽く振り回したり試し切りをしてみただけであっさり終了。
何の問題も無く形作られているからだ。
ひたすら硬く鋭いのに異常に軽い剣、という事が確認出来たのでそれ以上は特に何も無かった。
「問題らしい問題と言っても、最初から分かっていた軽さだけだろう」
新しい武器を振り回して、何処か満足したような団長が口を開く。
軽すぎる剣ではどうしたって威力に劣るが、それはもうどうしようもない。
「どうにか重りでも付けて、強引に重量を変えるしかないな。けどそんなのは邪魔だから考えるまでもない」
同じく色々と試して楽しそうだったダリルも続けて語った。
そう、それでは常に身軽でいつでも生成出来る利点が無駄になるのだ。
少なくとも剣としては普通に使えるのだからそれで良い。
硬く鋭い事、持ち運びが要らない事、取り落としたり破損しても構わない事。
それらの利点だけで充分過ぎる程に優れている。
「まぁ、私じゃ重くしても持てないと思うし。自分で使えない事以外は不満も無いよ」
聞いていたシア自身も、それでいいだろうという結論を出した。
そもそも軽いからこそ彼女でも持てるのだ。
それでも剣そのものの扱いが素人故にまともに使えないが、そこはもう鍛錬あるのみだ。
「少しずつ慣れていこうな。――しかしまぁ、リアーネは素晴らしい物を作り出してくれたな」
若干の不満を示すシアを宥めつつ、団長はしみじみと呟いた。
アルカナの剣、アルカナの矢。
矢はまだ調整が必要だが、どちらも使い勝手が良すぎる。
こんな武器は世界初、彼女だけの物だ。
「ああ、だからこそ扱いには注意が必要だ。シア、前に言った事は覚えているか?」
それを持つシアが、温厚で貧弱でお馬鹿な子供(大人)で良かった。
頭の良い悪人だったなら酷い未来があったかもしれない。
そして問題と言える事がもう1つだけあった。
誰が見てもおかしい武器の、彼女の力の説明だ。
公にせず隠すと決めた以上、そこはしっかりしておかなければならない。
「うん、人前でむやみに使わない。人に聞かれても魔力障壁って言い張って、調べさせない」
以前言われた事を思い出しながら復唱する。
下手をすれば周囲の者達にまで迷惑が及ぶ、とシアも分かっている。
当たり前に使い続けてきた力故に、なんだかんだ人前でもやたらと使ってしまいかねない心配はある。
しかしそこ以外は徹底するだろう。
実はグリフォン襲撃の時に多くの人に見られているが、とっくに団長達がそれらしい事を吹聴して収めている。
お陰で未だに、彼女に追及する者など居ない。
そもそも今までだって鍛錬場でやっている時点で、多少なりとも人目に付いてしまっている。
しかし彼女だけでなく、周囲の皆も合わせていけば誤魔化すくらいは出来る。
まさか新しい属性の特別な力だなんて、傍から見れば誰も想像さえしない事なのだ。
「よし、分かっているなら良い。あるかもしれない厄介な面倒事からお前を護る為だ。堅苦しいかもしれないが、頼むぞ」
ハキハキと答えたシアを見て、ダリルは満足そうに頷きながらも申し訳無さそうに念押しした。
「あたしも気を付けるね。精霊まで同じ事を言えばそれっぽくなるでしょ」
シアを護る為とあれば、ルナもまた真面目に考えている。
実際お間抜けな精霊が傍で気付かなかったような力なのだから、やはり隠す事は意外とどうにかなりそうだ。
その後、連絡を受けたリアーネが急いで飛び込んできた。
自分の出来る事でシアの為になるなら全力で、と言っていた彼女らしい行動だ。
しかし丁度その程度の仕事だったという面はあるにしろ、誰も彼も仕事よりもシアを優先しているのは少し甘過ぎるだろう。
誰もが良い方向へ気持ちの変化が起きたと思うのだが、甘やかすという面では悪い方向へ行っているかもしれない。
まぁそれもそのうちに落ち着くとは思うが、出来るだけ早めにお願いしたいものだ。
でないとシアはどんどん幼児退行して甘ったれていきそうである。
まぁ、さておき……全力で矢の調整をしようにも、やはり未知の力故に難しい。
言われてすぐに出来る事でもない、というよりシア自身が新たに柔らかい物質を作れるようにならなければどうしようもない。
なので、今後時間を掛けて頭を捻っていく事になった。
結局急いで来た意味は無かったが、彼女は気にしないだろう。
そしてその日はそれ以上する事も無く終わり帰宅。
家の中でも、ああでもないこうでもないと悩み、周囲から意見を聞き、思考と実験を繰り返した。
そんな事を続けて数週間……アルカナの新たな段階へ。
かなりの集中が必要なものの、柔らかい物質の生成を実現させた。
自力で使うには正直なところ、微妙に使い勝手が悪いが明確な進歩だ。
そしてリアーネによってそれを魔道具へ組み込む事にも成功し、細く薄く整えた物へと変え矢羽の調整が進んだ。
しかも副産物として、魔道具から異常に頑丈な糸を生成する事も出来るようになった。
こちらは使い勝手が良いどころではない素晴らしい物ではあるが、良い使い方をシアが考えられるかは別である。
という訳で矢も完成となり、合わせて弓も練習用の物が新しく用意された。
鍛練は相変わらず週3日だが、力の使い方、体の動かし方、剣と弓の扱い方、そして一応の体力。
やる事はとにかく多いが、ゆっくり地道に続けていく日々だ。
シアのような幼い少女がするには異常とも言えるが、誰もが真剣に彼女を見て教えていた。
そして彼女自身もまた、ぶーぶー言いながらも必死に取り組んだ。
そのお陰で、しばらく経った頃にはメキメキと成長……なんてする筈も無かった。
やはり身体が幼く貧弱では、全くもって効率が悪いらしい。
見た目から考えれば充分出来ているのだが、これ以上は更にゆっくり時間を掛けて、体の成長に合わせていくしかない。
その事にまたもやショックでギャーギャー喚いたが、どうしようもないのでしょんぼり受け入れた。
そして周囲の人は温かい目で彼女を見守り、自分達も成長するのだと志高く日々を過ごしていくのだった。




