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第145話 剣と矢 1

 色々と大きな転換になったであろう、誕生日が明けた日。

 シアはヨロヨロで何も出来なかったので休養となった。


 山に居た頃はもっと軽い疲労でも体調まで崩してしまっていたものだが、今はどうにか平気らしい。

 ちゃんとした家で、ちゃんとした生活をして、ベッドでゆっくり休むというだけでも充分に効果があるようだ。


 散々世話をしてきたルナからしてみれば、大層喜ばしいことだろう。

 しかしそれでも、気を抜いたら途端に熱でも出しそうだ。


 なので一応心配はしているようだが、今は他に人が居る。

 自分以外の家族が診てくれるのだ。


 だからなのか、シアを置いて街で遊んでくると飛び出して行った。

 彼女には休養は必要なく、いくらシアと一緒でも何もしないでいるのはつまらないらしい。

 もしくは……昨日から続く気持ちを切り替える、なんて目的もあるのかもしれない。

 シアが第一な彼女にも、やはり何かしらの気持ちの変化があった……のだろうか。




 その日は特に語る事も無く過ぎ、次の日。昼。

 まだまだ上半身は痛いが疲れはかなり取れて、普通に動けるようになったシアはギルドを目指してトボトボ歩いていた。

 誰か居るかなと若干の不安があるらしいが、今日はしっかりとルナが隣に居る。


 セシリアとリリーナは仕事に行ってしまったし、お寝坊なシアが起きる頃にはリーリアも何処かへ行ってしまっていた。

 仕事中のリアーネに構ってもらうのも悪く思ったのだろうが、そもそもギルドが職場なのだという意識は何処かに落としてきたらしい。


 そのギルドに向かう理由としては、貰った魔道具の確認がしたいからである。

 まだ剣や弓を扱える程には回復していないので、団長あたりに使ってみて欲しいと考えた。

 誰も居なかった場合にどうするつもりなのかは誰にも分からない。本人さえ考えてなどいないのだ。



「来ても良いとは言ったが、本当に頻繁に来るとはな……」


 そんな彼女達を迎えた団長が若干呆れながら呟いた。

 鍛錬の無い日にまで来るとは思っていなかったらしい。


 というか、周囲からは最早お馴染みと認識されており、挨拶だけで団長の部屋に通された程だ。

 気にするだけ無駄だろう。


「俺は構わないぞ。なんせその魔道具は気になって仕方がない」


 同じく迎えたダリルは逆に期待したような様子。

 元より魔道具を気にしていた彼からすれば、使ってみて欲しいなんて言われるのは渡りに船だ。


 残念ながらフェリクスは外へ出ているが、運良く彼らが居てくれた。

 揃っての鍛錬で普段の仕事をする時間が減っている分、こうして外に出ない仕事もなんとか回しているらしい。


 そんな所に突入してきた少女達など、迷惑にしかならないと思うのだが……やはり甘やかされているようだ。


「そりゃあ気になってるのは俺もだが……まぁいいか」


 一応団長という立場にある者として、何か言おうとしたが止めた。

 彼もまた新しい武器には興味津々らしい。


「んじゃ仕事は置いといて、とりあえず鍛錬場行くか」


 すっかりその気になっているダリルはもう仕事は放置する事にしたようだ。

 流石にどうかと思うが、頑張れば後からどうにでもなる物なのだろう。

 いくらなんでもそれくらいの判断は出来る筈だ。


「おし、じゃあ行くぞ2人共」


 そう言って団長とダリルは部屋を出て行く。


「勝手に来た私が言うのもアレだけど、いいのかな……」


「仕事ってなんだろう……」


 今更になって諸々の状況を理解したシアは、なんともいえない表情で付いて行った。

 ルナは仕事という物が堅苦しいのか気楽なのか分からなくなっているようだ。

 精霊に理解しろなど無理な話かもしれない。



「あれ!? ちょっと団長仕事は!?」


 鍛錬場に向かう道すがら、スミアに見つかり驚かれる。

 釣られて周囲の人達から注目を浴びるが、団長とダリルは全く気にしていない。


「後だ後。休憩だよ」


「仕事なんていつでも出来るだろ。そういう事でじゃあな」


「はー!? 言いましたね、その言葉覚えておきますよ!」


 気ままな彼女は仕事しろと怒られる事もある。今後そういった時に彼らの言葉を流用するつもりらしい。

 強かな人である。


 後ろに続くシアとルナは苦笑いだ。

 団長達に保護され、鍛錬を付けられ、仕事よりも優先される特別な子として、順調に周囲からの印象が変わっていく事には誰も気付かない。




 そうしてお馴染みの鍛錬場に出て、さあ始めようとなった時。

 シアは意気揚々と前に出た。


「見て見て! ルナも見て!」


 眩しく笑いながらそう言うと、くるりと回ってワンピースと髪を翻す。

 同時に半透明の剣を生成して掲げ、ポーズを取った。


「じゃーん!」


 始めて剣を作った時は掴めずに取り落としていたが、その作って掴む一連の流れを休養中に練習していたらしい。

 なぜ回転してポーズまで取るのかは謎だが、それだけ高揚しているのだろう。


「おー! カッコイイよ!」


 意味は分からないが楽しそうだったので、ルナは囃し立てた。

 団長とダリルも微笑んでいる。玩具に喜ぶ子供の様で、微笑ましいと言えばそうなのだが……

 持っているのは簡単に命を奪う武器である。


「あ、でも武器でこんなのダメだよね……ごめんなさい!」


 その事にはすぐに気付いたのか、シアは慌てて姿勢を正して謝った。


「気にすんな、武器にワクワクするのは割と普通だ」


「そうだな。見た目に拘ったり、芸術品になったり、感じるモノは人其々だ」


 そんなシアに対し、2人は柔らかい表情のまま語る。


「俺だって色んな武器を見て触るのが好きだ。大事な事さえ分かっていればいいのさ」


「命を奪う物ではあるが、それだけの物でもない。今気付けたように、それを忘れなければ大丈夫だ」


 という事らしい。

 戦う道具、敵を殺す道具。それが分かって背負えるなら、殊更に意識し続ける必要も無い。


「うん、分かった。ちょっと気を付けるね」


 始めて武器に触れた時のワクワクは、弓の的当てを楽しんだのは、特別おかしい事では無かった。

 その武器を持つ事の本質、それさえ理解していればいいのだ。


「まぁせっかく出したが、剣は後だ。先に矢を試そうか」


 1つ学びを得たシアに対して、団長は頷きながら弓を持って来た。

 剣は1度軽く見ているからか、まずは矢の生成を確認したいらしい。


「あ、うん。こっち?」


 言われてシアは、サッと剣を消して矢を作り出した。


「さて、どれくらい維持出来て飛ぶのか……そもそも飛ぶのか、どうなるかな」


 団長が受け取り弓を構えるのを見ながら、ダリルが呟く。

 シアも期待と不安の混ざった顔で真剣だ。


「ふむ、これは――っやはり、こうなったか」


 流れるように引き絞り放った団長だが、矢は嫌な音を立てて明後日の方向へ弾け飛んだ。


「あれ!? どうしたの……?」


 シアとルナは揃ってビクリと体を震わせた。

 残念で意外な結果になったので驚いて訊ねる。


「なるほどな、そういう事か。これじゃ飛ばないわけだ」


「なになに?」


 矢を拾ってきたダリルは納得したように言う。

 シア同様、さっぱり分からないルナも気になっているようだ。


「矢羽までガチガチに硬いから、弓に干渉して吹っ飛んだんだ」


「あっ、そっか……羽は柔らかい筈だもんね」


 矢を見せ、羽を指で叩きながら説明する。

 よく考えれば当然の事であった。放たれた瞬間、弓本体に当たってしまうようだ。

 矢羽は3枚、どう番えても当たる。


「むしろ薄くて硬いから、スッパリいきかねないな。よくそれが分かった上でやったな、お前……」


「念の為にしっかり護ってたからな。――しかしこれは大きな問題だ。リアーネを呼んでみるか」


 そう言って団長は鳥で送る為の手紙を書き始めた。

 仕事中のリアーネが来るかどうかは分からないが、問題の報告だけでも意味はある。


「もう1つ問題がある。矢が硬すぎて一切のしなりが無い」


「それって駄目なの?」


 その団長を横目に、ダリルはもう1つの問題を語り出した。

 硬い事が問題と言われてもシアには分からない。


「本来、矢ってのはたわんで飛ぶんだ。だから弓の左右に番えても中心に戻るように飛ぶ」


 ダリルは弓矢と手を使って、グネグネ動かし分かりやすいように説明する。


 地球ではアーチャーのパラドックスと言われるものだ。

 斜めに番えた矢は、当てたい位置から外して狙わなければならない事からそう呼ばれる。


「矢が硬いと、番えた方向へズレたまま飛んでいってしまうんだ。つまり狙った位置になんてまず当たらない」


 しかし硬くしならない矢は、中心に戻ろうとはせず大きく外れていく。

 矢にも種類があって、誰もが自分の弓に合わせた矢を持つのだ。

 しかしこっちの問題には解決法がある。


「だがこれはある意味良い事でもある。最初から弓の中央……弦と一致した角度で放てばいいだけだ」


 恐らくはシアの知識にある地球の弓――アーチェリー等に使われる弓のように、中心を切り抜いて矢を通せば良いのだ。

 そうすれば硬い矢は逆に、完全に真っ直ぐとは言わずとも安定して飛ぶだろう。しかも狙いやすくなるオマケ付きだ。


「そういう弓も矢もいくらでもあるからな。あくまで、こういった形の弓には合わないってだけだ」


 そしてそういった形の弓はこの世界でも普通に存在しているようだ。

 ただしコンパウンドボウ等は無さそうである。

 なにせ身体強化でいくらでも強い弓が引けるし、素材が違う故にそれに耐え得る強固な物が作れる。

 実戦しか考えないのだから、出来るだけ手入れも楽で耐久を重視したシンプルな構造を好むだろう。



「そっちは専用の弓を持てば解決する話だ。だが矢羽はどうにかしなきゃならん」


 話している間に手紙を送ったのか、団長が会話に戻ってきた。


「どうにか矢羽だけを柔らかく出来るように、リアーネに調整して貰わなければな」


「羽なんて無くしちゃえば?」


 困った様に言う団長に、ルナが如何にも単純な事を聞く。


「そういう矢もあるらしいが、安定して飛ばないなら実戦じゃ要らん」


「ただ羽を取っただけじゃなく、何かしらの加工は必要な筈だ。それでも安定しないから全く流通してないんだよ」


 当然だがそんな単純な話では無かった。と言うよりも、そんな単純な事はとっくに誰かが試している。

 その上で彼らさえ見た事も無いなら、それは実用に至らないという事に他ならない。


「へ~、意外と複雑なんだね……」


 武器1つ、弓矢1つ取っても、ルナには考えの及ばない思考と試行を繰り返してきたのだ。

 それを垣間見た彼女からは、感嘆の声が上がった。


 一方、シアは朧げな前世の記憶を必死に漁り、それっぽい弓がどんなだったか思い出そうとしている。

 ここにきて前世の記憶が役に立つかと思ったのだろう。もしかしたらそこから新しい物を……なんて考えもあるかもしれない。


 しかし実物など見た事も無いので、全く意味が無かった事に気付いたのはしばらく後だった。

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