第139話 夢の続きを
そんなシアも二度寝から覚めたのか、のたのたとリビングに入って来た。
隣には心配してるんだか呆れてるんだか微妙な表情をしたルナが居る。
とんでもない事になっているのは上半身なので、足取りはしっかりしているのだが……ぎこちない動きから察するに面白い状態になっているようだ。
恐らくはセシリアかリリーナが着替えさせただろう、寝巻きのままではあるけれど。
その細い首元には、ルナとお揃いの小さくて綺麗な宝石が光る。
「おはよー……」
普段は寝ぼけてふわふわした挨拶だが、今は単純に痛みが嫌で元気が無いようだ。
もしくは、昨日の素晴らしい場が嘘のように片付いたリビングを見て、何かしら感じるモノがあったのかもしれない。
途中で寝てしまって気が付けば綺麗に片付いているというのは、主役だった彼女としては寂しさもあるだろう。
さておき……そんな気の抜けた声を聞けば、皆も揃って挨拶を返す。
いつも通りに微笑んで明るく温かく迎える……それが幸せなのだと、シアにはよくよく理解出来ている。
じんわりと心に沁み込むそれのお陰で、元気の無かった表情は一瞬で朗らかに変わる。
今は朝食の準備中。
リアーネを中心に、リリーナとリーリアが手伝うのもまたいつも通り。
この家は協力して家事をする。
幼いリーリアは今年学校に行くようになってからだが、少しずつ学んでいる途中だ。
勿論、やたらとお世話になっているセシリアも手伝っている。
しかしシアは違った。
セシリアと同様、お世話になっているのだから返さなければ……と手伝いをしようとする事はあった。
しかし何かしらの考えからか、誰もそれを良しとしなかった。
精々がお皿を運んだりと本当にちょっとした事だけだったのだが、今日はそうではない。
「さ、ちょうど朝食の準備をしてるんだ。シアも手伝ってくれ」
今まで拒んでいたリアーネの方から手伝いをお願いした。
遠慮せず家族として見てほしい。
そんな事を偉そうに語っていた自分自身こそが、未だシアの事を心の何処かで……ほんの少しとは言え、保護した子のまま見てしまっていると気付いたのだ。
シアに余計な気を遣わせないように、とか色々とそれらしい理由でいたつもりだった。
しかしそう思う事こそ、そんな意識でいた証明と言っていいだろう。
だからこそ自分からお願いをした。
ただ保護された子供ではなく、ただ庇護されるだけの子供ではなく、ただ養護されるべき子供ではなく、一緒に生活する家族なのだと。
そして、奇しくもそれはリリーナも、セシリアさえも同じだった。
つらい境遇である幼い少女だからと、ただひたすらに可愛がるばかりでいようとしていた。
そうあるべきと思い込んでいた。
そこには確かに愛情があったが、それでは本当の意味で家族だとは胸を張って言えないと思い直したのだ。
言葉を選ばずに言うならば――まるで飼い猫のようである。
そういう意味では、むしろルナの方がよっぽど家族らしい扱いだったかもしれない。
幼い故に、保護者と子供という関係は変えられない。
けれど、保護者が文字通り保護した者であるのか、家族であるのか。
その意識の違いは、きっと大きい。
年長者であるリアーネがようやく大人へと1歩踏み出したくらいだ。
未だ子供の身である彼女達が大人振った目線から面倒を見る……というのが、そもそもズレていたのかもしれない。
「うん、今日からは一緒にやろっか」
「勿論私も。いつも居る訳じゃないけど、一緒に居る時くらいはね」
「じゃああたしもやろうかな。上手くやれる気はしないけど……」
示し合わせた訳では無い。
それでも彼女達は、なんとなく其々の心の内を察する事が出来た。
曖昧でも同じような感情の変化があったのだと思えた。
だからリリーナもセシリアも、リアーネに続いて自然に後押しした。
ルナもそれに乗っかり手伝いを買って出る。
多少価値観が違うからだろうか、シアとも彼女達とも若干違う視点で見ていたルナには、皆の心の変化はしっかり見えているようだ。
お気楽でどこか馬鹿っぽい彼女ではあるが、なんだかんだ一番皆の心を理解しようとしてくれていたのだ。
そんな事は誰にも悟らせないけれども。
「あ、やっとシアちゃんも手伝わせるんだね。皆全然やらせようとしないから、なんでだろって思ってたよ」
シアと同い年、僅か10歳のリーリアは姉達と違って複雑な感情など無かった。
詳しい事情さえ知らないからという理由もあるけれど。
最初は戸惑いもあったものの、結果的に同じ子供として誰よりも早くからシアを家族として見ていた。
子供らしくただ純粋に、同じ目線で、とっくに迎え入れていたのだ。
だからこそ、同い年のシアが自分とは違い手伝いを拒まれている事が疑問だった。
姉達のシアへの愛情を疑う訳も無いからこそ殊更に。
ただ、そんな彼女でも昨日の件は流石に考えさせられたものだ。
明確な答えは出なかったし、そもそもその思考さえ明確では無かったが、そうして何かを感じた事に意味があるだろう。
「えっ……うん! ちゃんと手伝えるか分かんないけど、頑張ってみる」
まさか皆の方から手伝ってくれなんて言われるとは思ってもいなかったらしく、シアは驚いたものの素直に頷いた。
元より彼女だって手伝いたかった。
何もしない居心地の悪さもそうだが、やはり愛し愛される家族の為に何かしたかった。
だから拒まれる事にもどかしさを感じていたが、それが皆の望む事なのだと割り切って受け入れていた。
リアーネ達のように……むしろそれ以上に色々と複雑な考えはあったが、それらもなんだかんだ解決して、既に本当の家族として見ていたのだ。
そこはやはり、無駄に重ねた精神年齢と支えてくれる親友のお陰と言っていいだろう。
とは言えそんなシアでも、彼女達の想いを察するまではいかない。
なにせあれだけ愛されていれば、まさか彼女達の認識が違うなんて考えもしないのだから。
それでも変化は分かる。
何がどう変わったのかまでは分からずとも、確かに何かが変わったのだと気付けた。
それが自分含め皆にとって良い物なのだという事も。
だから、シアは一層嬉しそうな顔で近づく。
その笑顔を見てリアーネ達もまた、自分達の変化はシアにとっても喜ばしい事だと悟った。
幸せそうに笑うのはシアだけではない。
皆で笑い合うそんな一時がまさに幸せなのだと、誰もが思えた。
具体的な事など語り合わずとも、お互いがお互いの心を察して良い方向に向けたというのは……家族として1つになれたようで心地良い。
それに甘えて慢心してはいけないとは分かっているが、今だけは。
家族と言えど、人間関係とは何処か危うい面があるものだと分かっているが、この瞬間くらいは。
ただ……この幸せに浸っていたいのだと――
しかしまぁ、そうして綺麗に纏まらないのがシア達だ。
会話を挟みながら、皆で朝食の準備をしようとするが……忘れてはならないのがシアの体の状態である。
上半身、腕の先まで酷く疲れて痛む状態でお手伝いなど――どう足掻いても無理だった。
「いたたたっ痛い痛い!」
手伝おうと力を入れてみれば思い出したように激痛が走り、あまり痛々しくもない悲鳴を上げた。
嬉しさから意気込んで、痛みなど忘れてしまっていたのだろう。
そこでようやく皆も、シアがまた無理をして体が大変な事になっているのだと思い至ったようだ。
揃って心配そうな顔をして口々に労わりの言葉を掛ける。
どれだけ痛かろうと、言ってしまえば所詮は筋肉痛だ。
殊更心配される事ではないとシアも思っているようで、問題無いとは説明するが……手伝いは諦めた方が良いだろう。
物を落としたりと事故や怪我に繋がるのが目に見えている。
皆もそう判断して、結局は大人しく待機となった。
せっかくの小さくて大きな変化だったと言うのに、なんとも締まらない。
自分から手伝うと言ったルナも、その手伝いを放棄してシアの元へ向かってしまった。
どうやらシアに悪戯する事の方が優先順位は高いようだ。なんとも精霊らしい。
そうして痛がるシアの体をつっついている。大人しく待機など出来る訳も無かったようだ。
家事をしている横で遊びだすのはどうかと思うが、誰も文句など言いはしない。
というよりもむしろ……わいわいぎゃーぎゃー、ふざけ合うシア達から聞こえてくる緩い悲鳴と笑い声に釣られて、皆も楽しそうに笑いだす。
なんにしろ笑顔が溢れるのなら、それはそれで、彼女達らしいのかもしれない。
そんな、この街に来て12日目の朝。
誰もが、心に感情に……何かしらの変化を起こしたこの数日は、きっととても大事な日々だった。
2度3度と変わり、ようやく落ち着いた昨日は。
それを確認出来た今日は、きっと始まりに過ぎない。
先の事など誰にも分かりはしないけれど、今はただ――
皆で夢を見よう。こんな、なんてことない日常が、緩やかに過ぎていく事を。
皆でただ祈ろう。こんな、なんてことない幸せが、ずっとずっと続くように。
これにて第1部は終了となります。
本来はどんどん時間を飛ばして、成長後から本編スタートの予定でした。
キャラクターや設定などの細かい描写が無いと、後々に疑問な所が出てくるだろうと言う理由もありますが、書いているうちに勝手に変わっていってしまいました。
その場その場の思いつきで書き連ねていった所為で、進行は遅く展開も良いとは思えません。それらを上手く纏められるのが良い作品なのでしょう。
小説どころか、そうした長い文章にさえも初めて手を出した素人には難しい所でした。
悩みながら、何故かイラストやキャラクターデザインにまで手を出していたのですが、今後はやり方を変えられたらと考えています。
とりあえずこの後は時間を飛ばしながら日常を描いて、第2部へと移ります。
この第1部での反省を糧にして、どうにか良い形に纏められるように頭を捻っていきたいと思います。
今更になりますが、素人の拙い文章、物語を読んで頂き本当にありがとうございます。
精進して参りますので、今後もどうぞよろしくお願い致します。




