第138話 明けたら
再度、三人称視点に戻ります
「ぬぁぁああ~っ……」
早朝、まだ明け方と言っていいような時間、とある家の一室にか細い悲鳴が響く。
本人としては至って真面目、本当に痛いからこその呻き声なのだが……なんとも気の抜ける情けない声だ。
「ぬぉぉおお~っ……」
唸っているのはシア。
昨日は随分と濃い1日だったが、気が付けばいつの間にか眠っており、つい先程ベッドの上で目を覚ました。
早くに眠ったせいで起きるのも早かったが、すぐに自分の体の状態に気付いて悶え始めたのだ。
何も出来ない自分でも弓が扱える事に喜び夢中になっていたせいで、主に上半身が筋肉痛で酷い事になっているらしい。
貧弱な彼女は身体強化をすると体に大きな負担がかかるのだが、今回はかなりキツイようだ。
「んぅ……うるさいな……」
すやすやと寝ていたルナは、隣で悶えて唸るシアのせいで目を覚ます。
いつも通り……いや、一緒に泣いた事もあって、いつも以上の想いでくっついていたのだが、そんな様子を直接シアに見せないのは素なのかわざとなのか。
ペンダントだって、言われずとも肌身離さず付け続けるつもりなのは内緒のつもりだ。
シアには……いや、他の皆にも伝わってしまっていると思うけど。
「体痛い……たすけてぇ……」
「頑張れー。あたしはまだ寝る……」
自業自得と言っていいのか、自分の意思で決めてひたすら夢中になっていただけなのでルナからは何とも言えない。
帰りを待っている間にそんな事情を聞いた時には、ただただ呆れたものだった。
ここで治癒魔法を使って癒してしまえば無意味――体は回復される事に甘えて強くならない。
どれほどの痛みなのかは本人にしか分からないが、残念ながら耐えるしかないのだ。
というか最低限とは言えシアだって治癒魔法は使える。
癒さない方が良いと理解しているからこそ、自分で使わずにぶつくさ言っているだけなのだろう。
そんなシアを、ルナは色々と諦めて放置する事にしたようだ。
隣で騒がれては二度寝も難しいが、かと言ってこんな早くから起きる意味も無いしどうしてあげようもない。
結局そのまま、うんうん唸りながら時間が経って……気付けばシアも二度寝に入った。
なんだかんだ無駄に起きる気力も無かったのだろう。
その後、更にしばらく経った頃には家族も起床し始め、リビングへと揃っていく。
リアーネは随分と睡眠時間を削っていたようだが、しっかりと休めたらしく朝食の準備に入る。
リーリアは今日も学校は休み。
しかしシアがあの調子では遊ぶ事も難しいかもしれない。
リリーナは鍛錬明けだが仕事。
なかなか厳しい予定を組まれているが、その為に軽い鍛錬にしていたので疲労は回復出来ている筈だ。
そして何故か居るセシリア。
どうやらまた泊まっていったらしい。せっかくこの家に来て、尚且つシアの泣く姿を見ては大人しく帰れなかったのだろう。
嬉しさか悲しさか、大声を上げて赤子のように泣き喚いたシア。
その姿は家族達にも大きな影響を与えたようだ。いや、あの場に居た誰もがそうだった。
今まで憐憫や同情が無かったとは言えない。そういった感情を含めての愛情だと思ってきた。
誰も彼も、息子に語った団長でさえ、それらの感情は無い訳が無い。
皆それらを認識した上で、そうではない感情を大事にしたのだ。
そしてそれが間違っているとも思わない。
だけどあの姿を見て、彼女の抱えてきた物が、途轍もなく重いものなのだと、改めて噛み締めた。
だけど同時に、この短い期間で生まれた想いを自らの心に、より深く大きく、改めて刻み込んだ。
戦いに溢れるこんな世界だ。
どれ程つらいのかは本人にしか分からないが、客観的に見て不幸な者なんてそこらに居るし、少し探せばシア以上に不幸な者だって居るだろう。
だからと言って少女に抱く想いは変わらない。
何処かに居る存在と目の前に居る存在とでは、当たり前だが違うのだ。
たかが10日程度だろうと触れ合ってきたのなら尚更である。
なんにせよ、シアが皆に大切に想われ愛されているのは確かだ。
その始まりが憐憫だろうと同情だろうと、たったこれだけの短い時間しか経っていなくとも――




