第137話 夢見る願い 8
「あー、話は終わったか? 一応俺も挨拶くらいはしておこうと思ったんだけど……」
と、そこに声を掛けてくるのが1人。そういえばユーリスも居たっけ。
挨拶は良いけど、もうちょっとタイミング考えてよ。
「誰?」
でもまぁ、まだ知り合ったばかりなのに来てくれた事は嬉しい。
とりあえず私も挨拶してやろう。揶揄うのが挨拶みたいなもんだろう、コイツには。
不思議とユーリスはそんな感じで大丈夫って思える。
揶揄われるのに合わせてくれてる感じ。なんか楽しい奴だ。
「祝いに来てやった奴に対しての一言目がそれかよっ」
「なんか素直にお礼言うのも違うかなって。嬉しいけどさ」
やっぱり怒るでもなく合わせてくれる。
まぁ、それでもとりあえず後でお礼は言うけどね。
「ったく、あっちでも精霊に色々言われたし、お前らはホント……」
「プレゼントとか無いの?」
どうやら既にルナから揶揄われていたらしい。
用意してないのは分かってるけど、もう一回揶揄ってやる。
「あるわけないだろ! あ、いや……気持ち的には何か用意してやるつもりだったけど、言われたのが今朝だったからな。親父め、こんな大事な事を急に言いやがって……」
ガーって言い返してきたと思ったら、急にシュンとして理由を説明しだした。
不安定な奴だな。ていうか……
「へぇ~、大事な事って思ってくれてたんだ?」
「うるせぇ、この街に来てしばらく経ってのお祝いだろ。そりゃ大事だろうがよ。誕生日って意味だけじゃない事くらい、分かってるっての」
ちょっと予想外の言葉が聞こえたからニヤニヤ揶揄ってやれば、ちょっと顔を赤くして反応する。
なんか、やっぱり本当に良い奴なんだな。
そういえば私の事情も聞いたんだっけか。コイツなりに色々考えてくれてたのかもしれない。
「えへへ、やっぱ嬉しいね、こんなに沢山の人に祝われるのって。ほんとありがとね」
揶揄うのは一旦止めて、改めて真面目にお礼を言う。
皆がそうして私の事を想ってくれたのが分かるから、自然と笑顔になれる。
「ふん……」
そしたらもっと顔を赤くして何も言わなくなった。
そういえば前もなんかそんな感じだったような気がしなくもない。
なるほど、コイツ女の子に免疫無いな?
流石に私は幼過ぎるし、まだまだ痩せて不健康。
女として見てるとは思えないというか有り得ないだろうけど、年頃の男の子らしく異性に慣れてないんだろう。
「せっかくお礼言ってるんだからなんか反応してよー」
なんにせよ良いネタ発見だ。これからも揶揄ってやろう。
とりあえずもっと面白い反応が見たいから、頬を膨らませてむくれたフリをして様子を見てみる。
「祝う以外に言う事なんてねーよ。もう親父んとこに戻るから、じゃあな」
「ありゃ……行っちゃった」
なのに勝手に言いたい事だけ言ってさっさと戻ってしまった。
何しに来たのよ……ほんとに挨拶だけかい。
さっきまでのめちゃくちゃな精神状態だったのも落ち着いて、軽く言い合うのは良い気分転換になると思ったのに。残念だ。
「ふふっ、シアちゃんも結構女の子してるねぇ」
「んえ?」
「何? そういう事なの?」
なんて事を思いながら……さっさか歩いていくユーリスの背中を見送ってたら、横からニヤニヤと変な事を考えているだろう2人がつっついてきた。
なるほど、私の態度は傍からはそう見えるわけか……
ちょっと気を付けようかな。
「そういう勘違いは面白くないから要らなーい。考えてもいないし、そもそも男女とかよく分かんないし、2人が思ってるような事じゃないよ」
なんだか期待して面白そうにしてるけど、残念ながら私はそんな気は一切無い。
色々な自覚が出来たとしても、やっぱり精神的には男の部分が大きい。
どうしたって男相手にそういう感情は持てそうにない。
10年20年、ずっと先の未来にどう成長しているかは分からないけど、少なくとも今はそうだと言い切れる。
自分の体が未だ幼過ぎるせいで、考える気にもならないしさ。
「あらら……そうなんだ」
「ごめんごめん。照れもせずにそんなにハッキリ言うんじゃ、そうなんだろうね」
要らない勘違いをされるのも正直良い気分じゃない。
というかこのやり取りのお陰で、自分自身そう思われるのが嫌だと感じるんだって改めて分かった。
ただ、なんかここまで言うのもユーリスに悪い気がしなくもないから、フォローくらいはしておくべきだろうか?
「面白いし、本当に良い奴だってちゃんと分かってるよ。きっと将来はモテモテだね、周りの女の人は放っておかないと思うよ」
説得力がありそうな風に腕を組んで、うんうん頷いて語って見せる。
団長さんの息子なりに逞しい男になるだろう。あそこまで筋肉モリモリになるかは分からないけども。
直向きに強くなろうとしているし、あの性格の良さだ。元男の目線で見てもそう思える。
「それでも結構評価高いんだ? これはどうなるか気になるなぁ……」
セシリアはまだ少し疑ってるみたいだ。
むしろ私の正直な評価を聞いて余計にそう思ってるのかも。
本当に余計な事を言ってしまったかな。アイツの事なんか気にしなければ良かった。
「全く、お子ちゃまが何を分かった風に言ってるんだか」
「ひゃぁ~っ」
私がそんな気なんて無いって、リリーナの方はちゃんと分かってくれてるっぽい。
ただ、偉そうな事を言った私の頭をわしゃわしゃしてくる。
それ気に入ったのかな……なんとなく今までより距離が縮まったような感覚だから良いんだけど、髪が乱れるから控えめにしてほしい。
でも嫌じゃないから、ついつい楽しい声が漏れる。
一緒になって2人も笑っていれば、そのうちにルナも戻ってきて尚更賑やかになる。
ひたすらに、楽しい時間。
そんなこんなで、皆とわいわい話しながらまったりと過ごしていく。
ルナと、セシリアとリリーナと。
リアーネさんとリーリアと。
フェリクスさんとシャーリィさんとセシルさんと。
ダリルさんと団長さんとユーリスと。
こんなにも沢山の人達が、私の為に集まってくれた。
私の為に祝ってくれた。迎えてくれた。
あれだけ泣いた事には誰も触れない。
変に気を遣ったりもしないで、いつも通りに笑ってくれる。
それがただただ嬉しくて、楽しくて、幸せだと感じた。
だけどそんな時間だって終わりが来る。というよりも、私の体力の限界。
昼まで馬鹿みたいに夢中になってたせいで体は疲れ切っていたのに。
馬鹿みたいに大泣きしたせいで、お腹が満たされて少し経てば眠くて眠くて仕方なくなる。
せっかくの幸せな時間。
勿体無いのに、まだまだ皆と楽しんでいたいのに、抗えない眠気に流されるまま、深い深い眠りに落ちる。
沢山の人達に囲まれて、温かい人達の傍で、柔らかいソファの上で。
ゆっくりと、ぐっすりと、最高に気持ちいい幸せな眠りに……
夢を見る。
すごくすごく幸せな夢。
切なくも悲しくもない、温かくて楽しい夢。
大好きな人達と一緒に居る、なんてことないただの日常。
今望む物。ずっと先まで、ずっとずっと望んでいたい物。
もう失わない、新しい、最高の……私の世界。
そして夢に思う。
この私の世界を、いつか、いつの日か。
不思議と危険に溢れた外の世界へと――大きく広げるんだ。




