第136話 夢見る願い 7
「シア、ちょっといいか? 挨拶が遅れてしまったが、紹介したい」
「あ、うん。というか私も挨拶しなきゃって思ってて……」
そうしていると、フェリクスさんがさっき言った知らない人と一緒に近づいてきた。
「私のお母さんだよ。今まで機会が無くて紹介出来なかったけど」
「どうも~、エリンシアちゃん……シアちゃんで良いかな? 私はシャーリィ。今言った通り、セシリアの母ですよー」
やっぱり予想通り。まぁ良く似てるもんね。
凄く柔らかい雰囲気の人だ。
「はじめまして。えっと、セシリアには……いや、フェリクスさんとセシルさんにも、いつもお世話に――」
「もー、硬い硬い。そんなに畏まらなくていいってば。……ね?」
とりあえずしっかり挨拶を、と思ったのに遮られた。しかも頭まで撫でられる。
ふわりと優しく、他の人とはまた違う感覚。
昔、お母さんにされたのと同じように――むしろ同じ母親だからだろうか、それだけで何も言えなくなってしまった。
「話だけは前から聞いていたけど、これなら最初から関わっておくべきだったかな。……本当に良い子ね」
「今の環境に多少慣れたら紹介をって考えてたのに、色々あったからなぁ」
尚も優しく何度も撫でながらシャーリィさんが微笑む。
中身は子供じゃないから、そんなに良い子良い子って言われるとむず痒い。嬉しいけども。
フェリクスさんとしてはもっと早くに紹介するつもりだったみたいだけど、確かに色々あったもんね。
今日は良い機会だったんだろう。
「なんとか無理してでもウチで引き取っちゃえば良かったのに……いっそ今からでもウチに来ない?」
「ぅえっ?」
気持ちよく撫でられてたら、とんでもない事を言い出した。
軽い口調だから冗談なんだろうけど、なんとも答えに困る事を言わないでほしい。
ていうか逆に何でそっちの家じゃなかったんだろうか。
シャーリィさんがどんな仕事をしているのかは知らないけど、まだ若い3姉妹の所よりも2児の母の元にって普通は考えるんじゃ……?
「そんな気軽に言うな。部屋も無いし、俺達3人分の家事まで全部してもらっているのに負担を増やせんだろう」
「あなた達みたいに仕事している訳じゃないし、子供達も充分成長したし、今更1人増えた所で大した負担にはならないわよ。それにこんなに良い子なら余計に負担なんて無いし」
フェリクスさんが口を挟むけど、そういう理由だったのか。
でもリアーネさんの負担だって同じじゃないかな……
「本気で言ってる? 一家揃って浪費癖があるのにそんな余裕無いでしょ」
と思ったらセシリアが中々に辛辣な事を言った。
どうやらこの一家はそうらしい。
セシリアにも自覚はあるみたいだけど、結構切実な話なんだろうか。
ハンター3人、しかもフェリクスさん程の立場なら収入としては合計でかなりの額になるだろうに。
それで余裕が無いのは……それはちょっと、改めた方が良いんじゃないかな……
「いやいや、それはまた違う話だ。無駄に貯め込んだって仕方ないから使うだけで、必要な分は絶対に残してるだろう」
「そうそう、お金は使う物だもの。ちゃんと考えた上で使ってるのよ?」
という事らしい。
一応しっかりとした考えがあっての事みたいだけど、それは家族で共通の認識にしていないとダメじゃないかな……
意外と豪胆な一家なんだな。
「ならちょっとくらいは私にも回してくれればいいのに……シアちゃんの事で色々使えるんだから」
「あら? リアーネにはそれなりの額を渡してるわよ? 子を持つ母親としては放って置けるわけがないでしょう。というか団長さんもダリルさんも――」
セシリアが不満そうに口を尖らせるけど、それも既に大人同士で話をしていたらしい。
知らない所で私の為のお金を出してくれていたなんて有難い話だ。
「えっ、そうなの!?」
「知らない知らない。姉さんもそういう話はしないから……」
シャーリィさんの言葉を遮って、その辺りの事を知らなかったらしいセシリアが驚きながらリリーナを見る……けど、彼女も知らなかったみたい。
やっぱりお金に関しては子供達には分からない所で、大人達だけでやり取りしてたんだね。
「おい、それはわざわざ言う事じゃないって話しただろう」
「あれ、そうだっけ?」
そう決めたらしい人達はこんな感じだけど。
まぁお金なんて生々しい話に子供達を巻き込みたくないってのは想像出来る。
ほんわかした雰囲気の通り、口を滑らせたんだろうなぁ。
「あの、ありがとうございます。知らない所でそんなお世話になってたなんて――」
「ほら、この子は妙に聡いんだ。金を出していたなんて知ったら引け目を感じて遠慮しちまう」
とにかくお礼を言おうとすれば、またもや遮られた。
というかしっかり私の分析がされている。内緒にしてたのはそういう理由なんだろうな。
「あぁ、そっか……でも、重く捉えないでね。大人が子供の為に、なんて当たり前の事。関係無いなんて思わないで受け入れてほしいかな」
いや、見ず知らずの子供にそうする事を当たり前と言えるのは当たり前じゃないと思うけど……
やっぱりセシリアのお母さんなんだな。
「うん、大丈夫。どうしたって申し訳無さはあるけど、喜んで受け取るのが皆幸せだって分かってるよ。ありがとう」
やたらと遠慮したって誰も喜ばないのはもう分かってる。
そんなのは誰も望んでないんだから素直に受け取るべきなんだろう。
いや、直接お金を受け取ってるのは私じゃないけど。
ていうかなんか、自然と砕けた口調になってしまう。
初対面の目上の人、陰ながらお世話になっている相手なのに不思議だ。
これがお母さんパワーか。
「もー、可愛いなぁ! やっぱりウチに来ない?」
「むぎゅ」
そんな事を伝えたら抱きしめられた。この包容力は抗えそうにない……
セシリア達と何が違うって言うんだろう。母親って不思議だ。
「ちょっ、ダメですよ!? もうシアはウチの子なんですから!」
慌てたリリーナが嬉しい事を言ってくれる。
私だけじゃなくそう思ってくれているのがただただ嬉しい。
いや、気持ちを疑った事なんて一切無いけども、こうしてハッキリ言われるとやっぱり違うんだ。
「私としてはウチに来てくれたら嬉しいけど、だからってこの家から引き剥がすような事はしたくないなぁ」
セシリアも意外だけど同意してる。
私だってそんな気は無いけど、なにより……この人達の家でお世話になったら散々甘やかされてダメになりそう。
「分かってるって、半分冗談だから」
そう言ってシャーリィさんが離れる。半分は本気で言ってたんだね……
「さて、挨拶は出来たし……初対面の大人が傍に居たって気が休まらないかもしれないし、私は向こうに戻ろうかな。精霊ちゃんにも挨拶しなきゃだし」
そのまま大人達が集まってる方――に居る、料理をちまちま摘まんで楽しんでるルナを見て言葉を続ける。
お母さんっていう雰囲気のせいか、別に私は全然構わないんだよね。
ルナに挨拶するって言ってるし引き留めるつもりも無いけど。
むしろ両親が傍に居てセシリアは気になるかもね。
「ま、お前達はそのまま楽しんでろ。シア、シャーリィは今後何かと世話を焼きたがるだろうが、鬱陶しかったら言えよ」
「そんな事思わないよ。むしろこれからもよろしくね」
フェリクスさんも続いて、笑って言いながら一緒に歩いて行った。
その2人に向けた私の言葉には揃って笑顔で返してくれる。本当に良い人達だ。
「もう、お母さんったら……」
「ふふっ、良いお母さん……とお父さんだね」
なんとも微妙そうな表情でセシリアが呟く。
親子ってやっぱりそんな感じだよね。
羨ましいなんて気持ちは無い――とは言い切れないけど、きっとそんな事は考えちゃダメだ。
それは自分だけじゃなく、周りまでつらい気持ちにしかねないって分かってる。
「うん……そうだね」
そんな私の考えてる事を察したのか、セシリアはそれだけ言って私に寄って頭を撫でてくる。
もう何回も撫でられまくって、いい加減恥ずかしくなってきた。




