第122話 プレゼント 4 親友として
「はぁ……で、さっきからなんなの?」
いい加減放置も出来ないので、一体何があってそんなに慌てているのかとリリーナは問い質す。
何かを思い出したらしいが、さっさと言えと若干冷たい目で見下ろしている。
そんな目で見下ろされている事など、俯いている彼女には分からないが。
「うぅ……ちょっとルナに言わなきゃいけない事があって……シアちゃんには一応内緒にしておきたいし……」
「え、あたし?」
ただ、そのリリーナの少し強めな言い方で多少は気を持ち直したのか、しょんぼりしたまま素直に理由を語り始めた。
自分の事だったのは予想外だったのでルナは驚く。
「あっ……そうか、ごめん私も忘れてた!」
そしてリリーナはようやくその意味を理解して、同じように少し慌てる。
明日のお祝いの事だ。
シアとルナが常に一緒に居るからか、完全に頭から抜けていたのだ。
「なになに?」
「明日シアちゃんが誕生日だから、プレゼントも含めて皆でお祝いするんだよ」
とりあえず引き延ばす意味も無いので、さっさとセシリアは説明をする。
しかし精霊に誕生日のお祝いと言って通じるのかは不明だ。言われたルナはポカンとしている。
「一応私達は何を贈るか決まってるけど……ルナはどうしたいかなって。何か決まってたりする?」
彼女達はかなり仲が良い。
自分達が言うまでも無く、既に何か決めていたりするかもしれない……とリリーナは考えた。
「たんじょうび……誕生日?」
しかし当のルナはこれである。
どうやら全くそんな気は無かったようだ。
「……もしかして忘れてた?」
あれほど仲が良いのに忘れていたのだろうか、と意外そうにセシリアが訊ねる。
この反応は予想していなかったらしい。少なくとも何かしら考えてはいると思っていたのだ。
「わ、忘れてなんか……あたしは、あのー……ほら、アレだから……その……」
図星を突かれてなにやら誤魔化そうとしているが、そんな事は2人から見てもバレバレであった。
なんて言えばいいのか分からず、とりあえず生温かい目を向けてあげる。
「ぅあーっ! そうだよ忘れてたよ! そんな目で見ないでよ!」
その視線が呆れているからだと捉えたのか、ルナは観念して正直に白状した。
最早開き直っているが、どうやら精霊でも誕生日のお祝いという物は理解出来る物らしい。
むしろ分かっているからこその反応なのだろう。
「はいはい、分かったから落ち着いて」
ひとまずは落ち着いて貰わないと話も進まないので、リリーナはルナの小さな背中をポンポン叩いて窘める。
「誕生日なんて精霊が意識するわけないでしょー!? 贈り物なんてなんにも分かんないよ!」
「そういうもんなんだねぇ……」
それでもルナは落ち着いてくれないようだ。
どうやら知識としてお祝いという物を理解しているだけであり、精霊にとっては誕生日など気にする物ではないらしい。
既に他の皆は準備していると聞いて、どうすればいいのか分からず焦っている。
そんなルナを見てセシリアは、今更になってルナという精霊の……自分達とは違う価値観を理解した。
「やばいどうしよう、なんにも分かんない! どうすればいい!?」
「うーん……どうするって言われてもなぁ……」
「精霊の価値観は分かんないしねぇ。逆にルナがシアちゃんにして欲しい事とか、貰って嬉しい物を考えてみるとか」
ルナは尚も焦って混乱しているが、どうすればと聞かれても正直困ってしまう。
セシリアの言う通り、精霊の価値観が若干でも自分達とは違うと分かった以上、改めて1から言葉にして説明するのは難しい。
なので月並みではあるが、お決まりの言葉を言うしかなかった。
しかしそれで良い。ルナだってその言葉でちゃんと理解出来る程度には頭も回る。
そこまで馬鹿ではないのだ。
「……お、美味しい物?」
しかし急に考えても碌な案は出ないのも当然と言えば当然か。
結果、出てきたのはそんな当たり障りのない物だった。
自分でもなんだか微妙な答えだと感じているのか、なんとも言えない表情だ。
「そうなるんだ……いや、別に全然良いと思うけど」
別に問題は無いけれど、贈り物を考えて出てくる物が食べ物か……と少しだけ面白くなったらしい。
苦笑いするリリーナだが、離れた所で大人達がその美味しい物を用意しようと話しているとは考えもしない。
「て、そんなん用意出来るか! 精霊が買い物や料理をするとでも!?」
「そんなこと言われても……」
自分で言っておいて、勝手に憤慨している。
確かにそんな場面を見た事のある者は居ないだろう。逆に言えば、それだけルナという身近な精霊が珍しい訳だ。
「一応参考までに……皆は何を贈るの?」
それでも少しずつ落ち着いてきたのか、分からないなら素直に聞いてみようとルナが訊ねた。
「私とセシリアで服、大人5人でシアの力を使った魔道具。リーリアは分かんないな……姉さんが伝えたみたいだけど」
自分で考えろなんて意地悪をする気はない。
リアーネが一旦帰宅した際にリーリアには伝えてくれているらしいけれど、具体的にどうするのかは不明だ。
それはこの後家に着いてから話し合うつもりであった。
「1人1つって訳じゃないんだ?」
「急な話だったしね。それにいきなり沢山物を貰ったって、シアちゃんだって割と困るだろうし」
とにかく急な話だったのもあるが、シアの性格的には沢山の物を貰うのも気が引けるという事を分かっているらしい。
そこはやはり溺愛しているだけあって、セシリアは彼女をよく見ていると言っていいだろう。
「あんまり重く考えなくて良いと思うよ。こういう時の贈り物って、消耗品とか嵩張ってもいい小物とかが普通だから」
「むむむ……」
考え込むルナに、リリーナは世間一般の感覚を教える。
と言われてもやはりルナから返ってくるのは悩む声だけだ。
「誕生日なんて毎年来るんだから、軽く考えていいんだよ。シアは事情が事情だから、最初くらいは……っていうのはあるけどね」
ひたすら悩む彼女への助言として、リリーナはそのまま続ける。
ハッキリ言ってしまえば贈り物なんて、ちょっとした物でも充分だ。
しかし毎年ある事とは言え、この街に来て少し経った今だからこその、最初のお祝いだ。普通よりは多少力を入れたくもなるだろう。
「そんな事言われたら余計難しい……明日かぁ、ちょっと真面目に考えてみる」
今まで2年以上も一緒に居て、お祝いも贈り物も全くしていないルナとしては軽く済ませたくはないのだろう。
それこそ他の皆以上に真剣に考えてしまう。
その考える為の知識や経験が無いというのが難しいのだが。
「周りに相談していいし、何か一緒にするなら喜んで手伝うからさ」
「そうそう。それにシアちゃんは、ルナからならきっと何だって嬉しいと思うよ」
流石にこれだけ真剣に悩んでいる姿を見れば、彼女達も放っては置けない。
それにきっとシアは、ルナから何か贈られたり、して貰ったりすれば素直に嬉しいと感じてくれるだろうという確信がある。
「むー……」
真面目に考え続けるルナの答えはいつ出るのか……今度はルナが頭を抱えて悩む事になってしまった。
なんともまぁ、シアという子はつくづく周囲を悩ませるらしい。
それだけ大事に想われているという事でもあるけれど、ルナを除けば高々10日程度の関係だと思うと不思議な物だ。
そう思わせる何かを持っているのだろうか。
愛される才能なんてものがあるのなら、きっと彼女は天才だろう。




