第118話 一旦休憩 4 新しい友達
「はぁ……ねぇ、ちょっと。おーい」
シアもそんな彼をチラッと見て、しょうがないなぁ、と言わんばかりに溜息をついてから追って声を掛けた。
慰めるとは違うが、このまま無視して終わるのは収まりが悪いと思ったらしい。
何故か皆が自分を特別扱いしてくれている事は理解しているし、彼がそんな自分を見て嫌な感情を抱いている事だって察している。
父の背を見て強くなりたいと願う少年。
価値観も何もかも違う世界の人間ではあったが……シアだって【男】としてそういう気持ちが分からない訳ではないのだ。
少なくとも想像は出来る、出来てしまう。
「なんだよ、まだなんかあんのか? ていうか頑なに名前で呼ばねーなお前……」
まだ何か弄るつもりなのか…と、ユーリスは立ち止まり怪訝な顔で振り向いた。
名前を呼ばないのは単純に、先の理由からシアが距離感を掴みかねているからだ。
しかしそんな事は彼に分かる訳も無い。というか彼もシアを名前で呼んでいないが、そこは気付いていないようだ。
「……ん、その……えっと」
呼び止めたものの、どう言葉にするかは考えていなかったので今更悩みながら言葉を探す。
あとついでに、散々馬鹿にして弄った事について謝ってもいない事に気付いた。遅すぎる。
「なんなんだ……? ハッキリしない奴だな……」
さっきまでとは全然違う態度に変わったので、彼も若干困惑している。
好き放題に揶揄って楽しんでいた癖にこの変わりよう。余計に何を言おうとしているのか分からない。
「謝ってなかったなって……色々言って、馬鹿にしてごめん」
「別にそんなん謝んなくても。俺の方がよっぽど酷い事したんだし……ていうか短時間で多すぎてどれの事か分かんねーし」
こうして改めて言うのも照れくさいのか、少しだけ顔を赤くして謝罪を伝えた。目線もキョロキョロと落ち着かない。
ユーリスはわざと軽い調子で返した。
急に殊勝な態度で謝られて居心地が悪いのか、彼も同じく照れくさくなってしまって誤魔化しているようだ。
まぁ年頃の少年が、年下の可愛らしい少女から面と向かって謝られたらこうもなるか。
「えっと、全部。それから、団長はきっとちゃんと見てくれてると思うから……あんまり気にしないで。私なんてちょっと特別な力を持ってるだけで、アンタの方がずっと強いよ」
一言一言、考えながら励ましの言葉を伝える。
普段あれだけ可愛がられていれば、団長が息子を蔑ろにするような人だとは全く思えない。
なにより、未だ子供であるのにも関わらず、しっかりと先を見据えて努力をしている事が見て取れるからこそ、自分の所為で無駄に落ち込ませたくは無かった。
「そんなん、お前に言われなくたって分かってる。親父は親父なりに、俺は俺なりに考えてるだけだ。それに……お前の事情も聞いた。俺の事なんか気にしないで頑張れよ」
既に親子でしっかりと話し合った後なので、微妙に励ましにはなっていなかった。
けれどそんなシアの気持ちはしっかりと伝わったらしい。
父から聞いて彼女の事情を知った以上、もう妬ましいという気持ちは自然に消えると自覚している。
そんな事より、色々と大変そうな彼女を気遣って逆に励ますくらいだ。
ちょっと馬鹿っぽいが本当に良い奴なのだろう。
「気にしないとか……無理だし。私だって……今まで護られてばかりで、強くなりたいって思ったから。ずっと団長を見てきたアンタだって、真剣に強くなりたいって思ってるのは分かるもん」
気にするな、なんて言われても無理がある。
彼が自分と同じように、強くなりたい成長したいと心の底から望んでいるのはよく分かるからだ。
片や特別扱い、片や後回しで見てもらえない、なんて悔しいどころじゃないだろうと思ってしまうのだ。
「いいから気にすんな。言っただろ、俺は俺なりに考えてるって。もう解決してんの。立場は違っても、お互い頑張ろうって事でいいだろ。つーかいい加減名前呼べよ。もう忘れたんじゃねーだろうな」
尚もモジモジと言っているシアに対して、もう解決した話だと伝えて話を終わらせようとする。
抱えている事情も立場も違うが、お互いに強くなろうと頑張っていこう。それでいいじゃないか、と。
ここまで態度を変えられたら彼もどうしていいか分からないのだろう。
またも誤魔化すようにわざと軽口を叩いて空気を変えようとしている。
「それでいいなら、いいけど。はぁ……なんか本当に解決してるっぽいし気にするだけ無駄だったんだね」
流石にここまで言われれば、これ以上の言葉は逆に鬱陶しいだけだろう。
そう判断してシアもこれで話を終わることにした。
「だからそう言ってるだろ。馬鹿だなお前」
「そっちこそ馬鹿じゃん。ばーかばーか」
とりあえずではあるがお互い謝って、話も落ち着いたからか彼はもうさっきまでの調子に戻ったようだ。
シアもそれに合わせて子供らしくふざけて返す。彼らは結局そういう感じで行くつもりらしい。
彼女はやはり【彼】としての内面を自覚した上で、あえて子供らしく楽しむ事を優先しているのだろう。
「とにかく、話が終わったんなら帰るぞ。じゃあな。遊び相手くらいにはなってやるよ」
彼女の暴言とも言えないような軽い罵倒を鼻で笑い、いい加減もう帰る事を伝える。
今後も何かと接する機会もあるだろう。
その時は遊び相手になってやる、と父に言われた友人として云々という事も忘れていない。
「そうだね、遊んであげる」
「ほんと生意気な奴……」
逆に私が遊んであげるんだ、と言い返してからシアは背を向けて歩き出す。
ユーリスももうそれ以上言い返す事はせずに、一言呟いて同じく背を向けた。
「きっと……」
しかしシアは最後にあと一言だけ伝えようと、立ち止まって口を開いた。
「きっと……アンタは凄く強くなるよ。私だって負けてられない――お互い、頑張ろうね。ユーリス」
最初に呼び止められた時のように、まだ何か言うつもりかと怪訝な顔で振り返った彼が見たのは。
こちらを向き、微笑みながら彼の成長を確信したように言う――歳不相応な雰囲気の少女だった。
かと思えば、より眩しい笑顔で言葉を続けて……ようやく初めて名前を呼んだ。
「――っ」
思わず見惚れて言葉が出なかった。
明るく朗らかで元気な、人を揶揄って遊んでいた時とは違う。
殊勝な態度で謝って励まし始めた時とも違う。
どこか大人染みたような……そんな少女。
彼が何も反応出来ないまま、当のシアは言うだけ言ってさっさと歩いて行ってしまった。
「ほんと……生意気なやつ……」
なんだか悔しくなって何か言おうとしたが、結局同じ言葉を繰り返すだけになってしまった。
今日初めて会ったばかりだというのに、あっという間に彼の心に圧倒的な存在感と複雑な感情を植え付けていった。
やはり年頃の少年にとっては厄介すぎる少女なのかもしれない。
「エリンシア、ね……」
そうして歩き出した彼の表情はなんとも微妙な物だったが、決して悪い気持ちではなかった。
むしろどこか嬉しそうな……
彼女の先の言葉は、なにも適当に言った訳ではない。彼はまだ学生、子供だ。
今年卒業なら13歳か14歳。なのにも関わらず、先を見て自分で考えて行動し、強くなりたいという確固たる意志を持っているなら……将来はさぞ期待出来るというものだ。
きっと団長もそう思って、彼なりに成長して欲しいからこそ、あえて今は自分の元で鍛える事はせずにいるのかも、なんて考えて納得してしまう。
子供故に今回は暴走したようだが、それでも言われた事をすぐに受け入れ冷静になっていたし、人も出来ている。
幼く振舞おうともシアの内面は未だ変わらず大人のつもりであるので、どこか上から目線で評価してしまっている所はあるが……
それでもなんとなく尊敬出来なくもない人物だと捉えた。
友人として弄り弄られ、ふざけ合い、共に成長を望み強くなっていきたいと真剣に思えたのだ。
そんな新しい友人を得た喜びもあっての笑顔だったのかもしれない。
シアが皆の元へ戻った頃には、もう準備も終えて鍛錬を始めようという段階だった。
団長は疲れ切っていたはずだが、どうやらルナに治癒魔法をかけてもらって頑張ってくれるらしい。
彼女は力の使い方を改めて練習するという形で、皆の鍛錬を眺めながらのんびりと鍛錬らしき事をしていった。
他の皆とは違って動き回れる程に体が回復していないからだ。
途中でリアーネが再び鍛錬場を訪れ、またしてもシアの力を魔道具にする為にやたらと細かい事までじっくりと調べたりもした。
そんな感じで、かなり厳しいはずの鍛錬は全体的に楽し気な雰囲気で進んでいった。
きっと明日のお祝いの事で、多少なりとも皆気分が良くなっているのかもしれない。
ちなみに当のシアは全くと言っていい程、誕生日の事など考えてもいない。
まぁ既に2年、意識する間も無く過ぎて行ったのだから仕方ない。
きっと明日になってから、そういえば誕生日だなぁ……なんて思う程度だろう。
そんな彼女がいざ皆に祝われたら一体どんな反応をするのか。
なんにせよ明日が楽しみだ。




