第110話 決闘もどき 10 年頃男子の反省
「でもほんと、なんともないなら良かったよ。シアちゃん全然戻ってこないからお腹壊しちゃったのかと思って……」
「あぁ、だから大丈夫か聞いたんだね。アイツから事情聞いてたのかと」
とりあえず怪我は無く、お腹を壊したわけでもないという事でセシリアは改めて安堵の言葉を呟く。
そうしてようやくシアも勘違いの理由に気付いたらしい。
事情を聞いたと思っていた、と言ったら全員で首を振られた。
「ほんとはすぐ戻るつもりだったんだけどね。スミアさんに捕まって……」
どうやらお尻の無事は早々に確認していたらしいが、面倒な人――というと可哀想だが、絡まれていたから遅くなったようだ。
シアが初めてギルドに来た時にやたらと可愛がっていた事から分かるが、連日ギルドに来ている事とグリフォンの件も合わせて随分と時間を取られた。
当然だが全くもって悪い人ではないけれど……勢いが凄い。
セシリアを更に積極的にした感じだ。
しつこく可愛がっても猫は懐かないと言ったところだろうか。またもケーキ等を食べさせてもらったので多少は懐いているけれど。
「あ~……」
「なるほどねぇ」
そう言われて納得出来てしまうのか、セシリアとリリーナは少し同情した様子。
彼女がシアをやたらと可愛がろうとしているのは知っていたのだ。
相当気にしているのか、シアの知り合いは皆同様にスミアに絡まれている。
「アイツ何故かシアをとにかく気にしているからな。元々子供好きな面はあった気がするけども」
「お前の境遇の事もあって、色々と世話を焼きたいのかもな。面倒かもしれないが邪険にはしないでやってくれ」
元々子供好きな性格だったし、シアの境遇を聞けば可愛がるのも無理はない。
割と自分勝手ではあるが良い奴ではあるので、嫌がらずに受け入れてやれとフェリクスとダリルから擁護の声が出た。
ちなみにシアの境遇は、結局ギルドの者には説明されていない。
話をしようと決めた時にグリフォンの件が飛び込んできたからだ。
その後も彼女の力について考えた事もあり、話すべきではないという判断に変わった。
それでもスミアがしつこく気に掛けるのは、あまり言うべきではない事情から保護された孤児という情報だけは分かっているからだろう。
そんな子供を放っておけない性格なのだ。もしくは他に何かあるのか、それは彼女にしか分からないが。
「別に嫌じゃないしいいよ。凄い積極的で困るけど……」
なんだかんだ言って、可愛がられるのも嬉しいので照れながら言うシアはまさに子供。
まぁ、愛されたくない人はいないと言えば聞こえは良いか。
「そうか。――しかしちょっとやりたい事もあるってのに、いつまで……いや、終わったみたいだ」
そんなシアを見て微笑むフェリクスは、いつまで説教してるのかと向こうを見やるが、ちょうど終わったらしい。
もう一度ゲンコツを食らったらしく頭を抑える息子を連れて団長が戻ってきた。
「悪いな嬢ちゃん。馬鹿息子が酷い事しちまって」
「え、あー……まぁ事故みたいなものだし」
戻って来るなりシアへ謝る。
あんまり申し訳なさそうにされても居心地が悪いので、もういいよといった感じで返す。
というか割と恥ずかしい事なのでいつまでも引っ張らないで欲しいというのが本心だろうか。
「それでもだ。卑怯な真似しやがって……おら、ちゃんと謝れ」
流石にここまで怒られれば、彼も嘘偽りなく全てを話したらしい。
事故だろうがなんだろうが改めてしっかりと謝れと背中を叩く。
そうしてシアの前へと出てきた彼は気まずそうに口を開いた。
「その、悪かった。悔しくて腹癒せにあんな事して……お前のお尻を――」
「もー! いつまでもお尻お尻言わないでよ! 一言謝ればいいでしょ!?」
正直に話すのはいいが、馬鹿正直だった。
もうその件には触れないでくれといった感じで、シアはいい加減恥ずかしくて真っ赤な顔で叫んで会話をぶった切った。
「ご、ごめん……でも――」
「もーいーからー! 大体アンタ誰!? 名前も分かんないし!」
散々説教されたからか、ただ一言謝るだけだと収まりが悪いと感じるのだろう。
尚も何かしら続けようとするがそれさえもシアは遮った。
そしてここに来てようやく名前を聞く。無理矢理にでも話を変えるつもりらしい。
「あ、そうか自己紹介もしてなかったな。俺はユーリス。お前は……シアだよな?」
言われて素直に自己紹介を始めた。やっと聞けたが彼はユーリスと言うらしい。
対し彼は他の皆が呼んでいるのを聞いてシアの名前は知っていた。
「お前なんかがシアを愛称で呼ぶな馬鹿!」
「えぇ……じゃあなんて呼べば……」
シアの名前を言った途端にルナが怒りだす。
どうもユーリスを嫌って……まではいないが、気に食わないらしい。
ルナは誰よりも彼女との付き合いが長く、お互い馬鹿にしあったり弄ったりしてきた。
しかし喧嘩などした事も無ければ、あんな風に感情をぶつけるシアは見た事が無かった。
それが少し羨ましくて、気に食わない奴だと感じているのだ。
シアを愛称で呼ばないのはスミアもだが、彼女は最初から自然にそう呼んでいるのでまた別扱い。
しかし何故ルナの許可が要るのかは分からない。
「別に構わないけど、まぁいいか。私はエリンシア」
今更呼び方などどうでもいいのだけど、いちいち突っ込むのも面倒なので流して名乗る。
「シアって呼びたいなら態度を改めるんだね」
「さっきからお前はなんなんだよ……」
再度ルナから小言が出てくる。
気に食わないのもあるが、コイツは弄っていい奴だという認識になっているようだ。
きっとこれからも何かと虐められるだろう。
何か言う度に口を挟んでくる精霊にユーリスも言い返す。
「ふんっ、あたしはルナ。シアの親友だよ」
「そんなに怒らなくても……コイツ弄られキャラっぽいしそういう感じでいくの?」
ルナは親友を強調して名乗った。
何故だか分からないけれどぷんぷん怒っている彼女をシアは窘めようとする。
しかし明らかに弄っているような態度だったので、ルナはコイツをそういう扱いでいくつもりなのだとすぐに察した。
「誰が弄られキャラだ! ていうか名乗ったのにコイツって言うな! 悪いと思って大人しくしてりゃこのガキィ……」
「そのガキになんにも出来なかった癖にぃ~」
不本意な印象を持たれて怒り出したが、シアはニヤニヤ笑って煽る。
ルナがそういう感じでいくなら私も……なんて思っているのだろう。
単純にこうして弄るのも楽しいと感じているのもある。
「ぬあー! ちくしょう、いい気になりやがって!」
どれだけ怒っても結局何も出来そうにないので悔しいらしい。
というか手を出そうものなら横で睨んでくる父に何をされるかという恐怖が大きい。
どこかわざとらしく憤慨するのを見てシアとルナはコロコロと笑っている。




