第106話 決闘もどき 6 勝ったのに負けた気がする
シアがお尻の無事を確認しにトイレに向かってから大して時間も経たないうちに、入れ替わりに皆も戻ってきた。
なんだかんだ放って置けなくて、早めに食事を済ませてきたらしい。
未だ鍛錬場には彼ら以外に誰も戻ってきていない。
1人ポツンと座っている息子を見て、団長が周りを見ながら訊ねた。
「お前だけか? 嬢ちゃん達は何処行った?」
頭に血が上っていたのが落ち着いているし……何がどうなったのか気になるが、ひとまずはシア達の方だ。
いくら子供と言えど、割としっかりしているような気がする彼女達が勝手に何処かへ行くとも思えない、と謎の信頼をしているらしい。
「いや、その……トイレ?」
「なんで疑問形なんだ……で、どうだったよ?」
目を逸らしながらもにょもにょと答える息子に突っ込みつつ、まぁそれなら気にする事では無いと思って、団長は決闘とやらの感想を聞く。
自分から吹っ掛けたのに戦いにならなかった、という事は想像出来るのでニヤニヤ笑っている。
「どうって……なんなんだよあれ、反則過ぎんだろ」
「はははっ。あの子が例外とは言え相手を舐め過ぎたな」
「その様子じゃ何も出来なかったか」
思い返しながらぶつくさと文句を言うが、団長はそれを笑い飛ばす。
シアが特別とは言え、甘く考えていたのは確かだ。相対してから認識を改めてはいたが、それでは遅い。
むしろそうして畏怖に近い感情を持たされた事で余計に悔しいようだ。
横で聞いていたフェリクスも口を挟む。
未だ彼女の障壁がどれほどの防御なのか、なんだかんだ具体的な事は誰も知らないのだが、精霊が太鼓判を捺す程の物という認識はある。
「まぁ、そうっすね。全力の魔法でもビクともしなかったし……」
「……全力? やりすぎんなって言ったはずなんだけどなぁ、ん?」
何も出来なかった事を指摘されて、気まずそうに恥ずかしそうにボソボソと答える。
しかし全力でやってしまった事までうっかり漏らしてしまった。
耳聡く反応した団長は、何やってんだこの馬鹿は……と顔をヒクつかせて静かに怒り出す。
わざわざ忠告をした上で好きにやらせたのに、いくらなんでもそれはやりすぎだ。
「あ、いや……その……」
しまった、と口を滑らせた事を後悔したが遅い。
慌てているがどちらにせよ元よりお説教が待っていたので変わらない。
「怪我させないようにって自分でも言ってたな」
ダリルも突っ込む。
何も出来なかったなら怪我も無いだろうと安心し、やらかした事を面白がっているようだ。
「俺はお前を、年下の女の子相手に全力で決闘するような奴に育てた覚えはないんだがな」
「うぐ……」
「なんにせよ説教するつもりだったから変わらんが、ちょっと来い」
色々と重ねてやらかしてくれた息子の頭を、大きな手でガシッと掴む。お説教開始のようだ。
実はまだやらかしが残っているのだが……後が怖い。
そのまま引っ張って隅の方へと連れて行く。
なにやら痛がっている呻き声が聞こえるが、彼も自業自得だ。
「あーあ……」
「まぁ後は親子で片づけてもらおう。――しかしやはりあの子の護りは相当だな」
それを見送ったフェリクスは笑っていた。同じ父として色々考えるのだろうか。
わざわざ余計な口を挟む事でもないので放置したダリルは、改めてシアの障壁の事を考える。
「後でシアに頼んで、障壁の強度実験でもしてみるか?」
彼の言いたい事を察したフェリクスは1つ提案をした。
どこまでの攻撃を防げるのか試したいらしい。勿論安全の為に壁だけだ。
「そうだな。あの子の負担次第だが、やっておいた方が良いだろう。どんなもんか知っておく必要はあるしな」
先の騒ぎでどれほど消耗したか分からないし、実験の負担も分からないが……しかし重要な事でもある。
例え今では無くとも、近いうちに試して知っておかなければならない。
精霊が誇る程とは言え、強度の限界が不明な盾など正直不安だ。
「確かに。知っていれば私達も安心出来るかもだし」
「そうね……凄いとは聞いていても、実際は何にも知らないから」
同じく賛同するセシリアとリリーナ。
彼女達はまだ障壁をじっくりと見た事も無いし、詳しい話も知らないのだ。出会った時に見せられたくらいか。
「あぁ、そういえば君達は殆ど見ていないのか」
2人の言葉を聞いて、それに気付いたセシルが呟く。
以前は彼とダリルが調べ、昨日は大人組がなにやらしていたので何も知らないのは彼女達だけだ。
リアーネは恐らく今朝の時点で色々調べただろう。
ちなみにリーリアも以前から魔法で遊ぶ時にしっかりと見ていたりする。
「とりあえずあの子が戻ってきたら頼んでみるか」
いつシアがトイレに行ったのかは分からないがすぐ戻るだろう。
そう思ってフェリクスは話を切り上げて待つことにした。
しかし実際の所、随分遅い。
彼女の尊厳の為にもあまり考えてあげたくないが、割と大変なことになっていたのだろうか。




