第105話 決闘もどき 5 分からせる幼女&仕返し
「クッソ! 馬鹿にしやがって!」
やはり、元より怒っていたのに馬鹿にされて完全に沸騰している。
改めて更に強度を増した槍を、今度は前後から2本突き出す。
それさえもシアは難なく防ぎ、反撃として様々な属性の小さな弾を次々と撃ち出す。しかし威力は全く無い。
適正ではないし怪我をさせたくないという理由もあるが、単純に障壁の維持で精一杯だからだ。
相変わらず余裕だぞと虚勢を張っているだけである。
「あぁ!? こんな舐めた攻撃しやがって! この程度で充分ってか!?」
しかしその弱い反撃も煽りと捉えたらしく、避けつつも苛立たし気に剣で振り払う。
そのまま石の礫を多数放ち、ついでに全力で石の槍を再度6本囲んで突き刺す。
辛うじて先端は丸いが、これは怪我では済まない威力だ。
魔法で生成している影響で自然物よりは頑丈だが、結局はただの石。それは彼が未熟だからだ。
練度が上がれば鉱石と呼べる物まで生成出来るようになる。ただの石よりも金属の混ざった石の方が強いらしい。
宝石や精錬された金属となると、世界で見てもかなり上位の実力者になるが……まぁそんな事は今は置いておこう。
「この程度じゃ私の護りは突破出来ないよ? 足元……私の下から突き出したって同じだからね」
「なんなんだよ、ちくしょう……っ!」
全力で放ってしまった攻撃だが、まだ威力が足りない。
それどころか次の攻撃方法を予想し、先に無理だと教えられてしまった。
しかし思わずやってしまったが、すぐにやりすぎた事を反省する。
やりすぎたと言っても通用しなかったのだが、彼としては不本意だったらしい。
少しだけ落ち着いて、どうすればいいのか考える。
足元もダメ、全力でも突破出来ない。
しかも様々な属性を弱く撃ってきたので適正さえ分からない。
怒りと困惑の中に居る彼に反して、シアはこの戦いをどう終わらせるかを考える。
散々煽り散らかして溜飲が下がったのか、もしくは馬鹿にし過ぎかなと負い目を感じ始めたのかもしれない。
「ねぇ、決着はどう付ける?」
考えても分からなかったらしい。
丁度攻撃が途切れているのもあって、ゆっくりと歩いて近づきながら問いかける。
ただでさえ歩く事に合わせて障壁を動かすのは難しい。
ついでに体も痛いので普通に歩くよりもずっと遅いが、それが返って得体の知れなさを強調している……ように彼には感じられた。
「……っ! くそっ何にも出来ねぇのかよ……なんだよそれはっ」
ゴクリと喉を鳴らし、幼い少女に少しでも恐れを抱いた自分を認めてしまい、やりきれない感情が渦を巻く。
今彼女の足元に穴でも作ってやれば、もしくは地面を盛り上げてやれば、簡単に転んで勝手にダメージを食らってくれるのだが……
そんな単純すぎる攻撃とも言えない発想は今の彼には思い浮かばない。
「ねぇってば。どうしたら決着になるの?」
無視されたからか膨れっ面で再度問いかける。
なんにせよ攻撃手段が無い彼女ではこれ以上やりようがない。そんな事最初から考えておけと言いたい。
「ぐっ、ぅ……クソ、俺の負けでいい……」
そして彼もまた、あの障壁が突破出来ないなら勝ち目が無い。
なのでどうしようもないと判断して、憎々し気に降参の言葉を吐き捨てた。
「んぇ? ……へぇ~、自分から喧嘩売っといて降参するんだぁ~」
素直に降参してくれるとは思っていなかったので軽く驚いたものの、またしてもニヤニヤと煽った。本当に良い性格をしている。
怒ってくれる人が居ないので調子に乗っているらしい。
「っ……そうだよ! 満足したかクソガキ!」
恥ずかしいが本当にどうしようもないと諦めてしまったし、ただ悪口を言うしか出来ない。
「まっ、これ以上やったって仕方ないし終わりにしようか。もうルナも私も馬鹿にしないでよね」
降参してくれたなら良いか、と考えて終わらせる事にしたようだ。
とりあえず喧嘩を買った理由である発言に関しては注意しておく。
「分かった、悪かったよ」
これにも素直に謝り、剣を捨て両手を軽く挙げて見せる。
もう何もしない、という様子だったのでシアも障壁を解いて剣を放り出した。
昨日の疲労も残っていたし、家で力を使っている。この決闘もどきも負担になって疲れてしまったようだ。
しかし彼は負けを認めても、ただで終わらせる気は無かった。
「それはそれとして、食らえっ」
非は認めるが、こっちも馬鹿にされた仕返し。
目に物見せてやろうと最後に1つ、散々使った石の槍を彼女の後ろから突き出した。
攻撃ではなく悪戯であり、ただ膝裏を軽く突いて転ばせようとしただけだ。
当然先端は丸く特別硬くもないし勢いも緩やかだった……のだが。
タイミングが悪かった。
シアは疲れて脱力するように、座って休もうとお尻を降ろす姿勢になってしまった。
まぁつまり――
「みぎゃぁぁあああ!?」
シアの小さなお尻へと素晴らしい角度で突き刺さった。
いや、物理的に刺さりはしていないが……油断した所に座る勢いのままでは結構な衝撃と痛みだろう。
「あっ、やべっ……」
本人も予想外の展開に素で焦る。
あれ程余裕振っていた彼女が疲れて座り込むとは考えなかったのだ。
「ふぐぅう……うぅあぁあ……」
シアは突っ伏して悶えながらお尻を抑えている。
散々煽って馬鹿にした罰だと思えば、ざまあみろと言った所だろうか。
彼女も彼女で、彼が両手を上げているのを見て警戒などしていなかった。
この世界ではそんなポーズに意味が無い事を失念していた。
「あっはっはっは! みぎゃーって、あははははっ!」
全部見ていたルナは堪らず笑い転げている。
彼女も彼女で本当に良い性格をしているものだ。だからシアとルナは親友なのだろう。きっと。
「うぅぅ、痛い……お尻割れた……」
「お尻は割れてるよ。ぷくくっ」
呻きながら何か言っている。痛がってはいるが大丈夫そうだ。
ルナもそれを察して軽口で返す。
「じゃあ穴開いた……刺さったもん……」
「穴も最初からあるよ」
彼女の尊厳の為にも一応言っておくが、直撃はしてもズブリと突き刺さった訳ではない。
石はそこまで細くは無かったので大丈夫だ。
しかし女の子がお尻だ穴だと言うものではない。
そんな事を言っていた所為で、当人はとんでもない事をやってしまったと酷く焦っている。
「いやっ、その……ごめん、そういうつもりじゃなかったんだけど……たまたま……」
「いくら仕返しでも……これは酷いよぉ……」
未だ地面に転がったままお尻を抑え、涙目で返すが声に力が入っていない。
彼の焦り具合からわざとではない事は分かるのだが、だからと言って仕方ないねとは言えない。
「ほんとごめん……」
流石に女の子のお尻に酷い事をするつもりなど全く無く、やってしまった罪悪感でしょんぼりしながらもう一度謝る。
突き出していた石の槍も彼のようにしょんぼりと小さくなって地面へと返っていった。
「なんで私、こんな……お尻ばっかり……」
この間もルナに落とされて強打している。どうもお尻に縁のある子らしい。
まぁ自業自得だし、大丈夫そうなら放っといても良いだろう。
「とりあえずトイレ行く?」
「そうする……」
場所が場所なだけにこんな所で確認も出来ない。
よたよたと立ち上がりひょこひょこ歩いていくが、お尻を抑えてそんな歩き方をしていると最悪な勘違いが生まれかねない。
「あんまりお尻抑えて歩かないほうが……変な勘違いされるよ?」
「うっ、そうだね……それは嫌だ」
まさにそう思ってしまったのか、ルナが忠告する。
シアも言われている事を察したのか、手を離してトイレへと向かって行った。
そして1人残された、そもそもの原因でもある彼は……どうにも居づらかったようで隅っこで大人しくしていた。
最早完全に毒気を抜かれて落ち着いている。
そうしてひとまず自分で荒らした地面を綺麗に均して、投げ出されていた木剣を片付け……
もし先に皆が戻ってきたらなんて説明すればいいんだ、と予想もしなかった事態に頭を悩ませるのだった。




