第102話 決闘もどき 2 はじめまして
「残して行くのもアレだし、とりあえず一緒に……ん?」
とは言え昼食は取らなければならない。
彼女が食べるかどうかは置いといて、一緒に行こうかとフェリクスが出入口の方を見て言いかけたが何かに気付いた。
なにやら走ってくる者が居る。赤い髪をしたかなり若い男だ。
「なんであいつが来たんだ?」
それに気付いた団長も声を上げる。
その走ってくる彼は皆の前まで――いや団長の前まで来て勢いよく止まると、これまた勢いよく声を出した。
「親父! どういう事だよ!?」
どうやら彼は団長の息子らしい。なんだか若干険悪な雰囲気だ。
今年卒業ではあるが未だ学生の身……身内とは言えギルドに来る事は殆ど無いのだがどうしたのだろうか。
いや、そこの小さいのはよく来ているが。
「どういう事って……どういう事だ?」
詰められた団長は困惑したまま鸚鵡返し。どうも彼が何を言っているのか全く分からない様子。
しかし具体的な言葉を何も言っていないので本当に誰も何も分からない。
「俺にだって稽古つけてくれないのに、なんでこんな子供を!」
という話らしい。
有数の実力者である父が自分を鍛えてくれず、なのにシアのような子供を鍛えているのが気に食わないようだ。
彼は今日、学校が休みなので適当に街を歩いていた。
たまたま会った知り合いの団員と話をした所、ギルドで幼い少女を鍛えているという事を聞いてしまったのだ。
そうして居ても立っても居られなくて突撃してきたらしい。
父に詰め寄りながらも、横にいるシアを指差し文句を言っている。
彼女も彼女で状況が分からないまま、しかし自分が良く思われてないらしいと理解して1歩退いていく。
「お前にゃまだ早い、卒業してギルドで色んな奴と鍛え合って、それからだって言ってるだろう」
察するに以前から頼んでいたらしい。
彼は息子へ助言をする事は多く有れど、直接鍛える事はしていなかった。
一応父親なりにしっかりと考えているのだ。
まずは学校を出てギルドに入り、仲間内で鍛えあって経験を積み……自分と周囲の実力を知り、何が出来て何が出来ないかを知る。
自分でスタートラインに立ち、自分で走り出し、そうして躓いた頃にガッツリと鍛えるつもりでいた。
しかしシアという例外過ぎる存在が湧いて来たのが問題だ。
名実共に認められる団長を父に持つ重荷とでも言うのか、彼も彼で色々と考え成長してきた。
そんな中、事ここに至り不満が爆発したのだ。
「はぁ!? こんな小さい奴が大丈夫で俺はまだ早いって意味分かんねぇ!」
シアの事情など全く知らない彼は当然、理解出来ず更に怒りだす。
まぁしかし事情を知らなければ当たり前だろう。団長もこれを機にちゃんと説明してあげて欲しい。
「あー……この子は特別だからな。あんまり言いふらす事でもないし受け入れて欲しいんだが……」
とは言え彼女の事情を詳しく語るのも団長としては憚れるようで、説明は放棄して宥める方向へ舵を切った。
絶対納得してもらえない。
いつかは話す事になるだろうが、今では無いと考えているらしい。
それに広いとはいえ他人の居るこんな所で語る内容でもないからだろう。
「特別って……」
予想通り大人しく受け入れる筈が無かったが、彼女は特別だと言われ改めてシアをじっくり見てみる。
他の皆は酷く疲れ転がって汚れているのに……彼女は多少息が荒く汗をかいているだけで汚れても居ないし何も問題無さそうだ。
皆の事は知っているし、既にハンターとして勤めている先輩だ。
なのにこの惨状――きっと相当厳しい鍛錬だっただろうにこの差だ。
なるほど特別とはそういう事かと見当違いな事を考え始めた。
多分彼も馬鹿なのだ。
冷静に考えればいいのに、頭に血が上った状態では正常な判断が出来ていないのだろう。
「そうか……なら俺がそこのちっこいガキより強ければいいんだよな! おいお前! 決闘だ!」
全く違う方向へある意味納得してしまったらしい。
特別らしいシアより強ければ認めてくれるだろう……と、なんと決闘を持ちかけた。
どうしてそうなってしまうのか。
「お前何言って――ぐぇっ」
「さっきから聞いていればなんなんだ! お前なんかシアに触れることだって出来やしないっての!」
何回もシアを馬鹿にしたような事を言っていたからか、シアではなく傍で聞いていたルナが怒りだした。
団長も口を挟みかけたがルナに顔を押しのけられて負けた。
息子だからと言って優しめに対応してないでガツンと言ってやってくれ。
しかしルナの言う事は確かにその通りで、障壁を纏えば誰だって触れようもないのだけど……なかなかに素晴らしい煽り文句と化している。
「ちょっ、なんで煽るのさ! 大人しくしとこうよ……」
シア自身は事態がよく分かっていないが、自分を敵視しているっぽい相手に対して煽るルナに慌てている。
小さいだの子供だの、事実だけどこうも言われるとムカつくのはあるが、それでも中身は大人。
面倒な事にならないように黙っていたのに台無しだ。
「精霊……やっぱ特別ってか。精霊侍らせといて自分は陰に隠れて何もしないで逃げんのかよ?」
シアの傍にいるルナに今更気付いたらしい。
精霊と共に居る辺りもやはり特別な理由かとまたもやズレた理解をしてしまっている。しかも煽り返す。
流石に大人しくしていたシアもその言葉にはカチンときたらしい。決して侍らせている気など無いし、そもそも親友だ。
そして陰に隠れて、というのは正直彼女に突き刺さる言葉だった。
結局護る事しか出来ないシアは、今までもルナの陰に隠れて生きてきたと言っていい。
それは彼女自身理解しているし、大きなコンプレックスでもある
「むっ……じゃあやってあげるよ! 後悔しても遅いからね!」
売り言葉に買い言葉、彼へと指を突き出し宣言した。
やはり大人では無かったようだ。
正直な所、障壁で護れば問題無いという自信はあるし、事実そうなれば彼にはどうしようもない。
1対1だとシアは良くも悪くも戦いにならないのだ。
しかしそうは言っても結局は陰に、というか障壁に隠れるしか出来ない事にモヤモヤした感情が湧きあがって、彼女も頭に血が上っていく。




