第100話 会議 5 地獄の限界トレーニング
「とりあえず昼まで待ってみませんか? それで連絡が無いようなら確認を入れてみるとか」
全員でリアーネに呆れるのも可哀想なので一応セシルは皆を宥めた。
なんにせよ向こうから連絡が無いなら、こっちから動かねばこれ以上進展しないだろう。
「そうだな。ところでやるのはリリーナの家でいいのか? ケーキとかも欲しいだろうし、買っておくと見つかるだろうから俺が用意しておこうか」
ひとまずその意見に賛同したフェリクスは、場所の確認ともう1つ……父親らしくと言っていいのか、ケーキを買っておいてやると言った。
どうやらこの世界でもお祝いはケーキらしい。あまり気にしない事にしよう。
「そうですね、お願いします。私達がシアとゆっくり帰るので……その間にケーキとか家に運んでもらえれば」
言われて思い至ったのか、素直にリリーナはお願いすることにした。
シアの帰宅を遅らせるなら彼女達がその役目をするのが一番良い。
その間に準備をしてもらえばスムーズだろう。
「あ、じゃあ服の受け取りも無理か。団長お願いできます?」
「構わん。店の場所と証票よこせ」
そうなるとシアを連れて彼女へのプレゼントを受け取るなんていうマヌケな事になってしまうので、セシリアは代わりに団長へ服の受け取りを頼む。
その程度の雑事などなんてことないので彼は軽く引き受けた。
リリーナに向き直って注文に関する証票を貰い、一旦部屋へ保管しに歩いていく。
なんだかんだ、これで話は終わったと言っていいが、さてこれでどうしようかと皆のんびりしている。鍛錬しに来たのでは?
まぁ鍛錬しようにも団長を待つ訳ではあるが、改めて準備運動でもして気分を切り替えた方が良いのではないだろうか。
それをわざわざ言わず、同じくのんびりしているフェリクスとダリルは意地が悪いというか何と言うか……
そうこうしているうちに団長が戻ってきて、早々に口を開いた。
「……で、だ。これで会議とやらは一旦終わりになるんだろうが、今何時だろうな? ん?」
まさしくこれでシアちゃん会議とやらは終わりだろう、と一応の確認をしつつニヤニヤしながら訊ねた。
本来鍛錬を始めるはずだった時間から随分と遅くにズレてしまった。やはり彼も意地が悪い。
「せっかく俺達が貴重な時間を作っているというのに。――別にシアについて話すのが悪いとは言わんが」
ただでさえこうして彼ら3人が直接鍛えるというのは、どうにかこうにか時間を調整しているお陰だ。
嫌味のように言うが、誤解の無い様に一言付け足す。シアの件が無駄だなんて微塵も思っていないのは確かだ。
ただ、そこに気を遣うくらいならもっと他に気を遣ってあげても良い気がする。
「この遅れを取り戻す分これから昼までガッツリとやるぞ。もしかしたら昨日以上に厳しいかもな」
会議で使った時間の分、鍛錬の密度を上げるらしい。
ダリルの言う様にかなり厳しい事になるだろう。
「げっ、無理しすぎるのは良くないって――」
なにやらかなり嫌な予感がしたリリーナは、当の彼らが言った言葉を返して抵抗をしようとしたが……
「それはそれとしてっ! 1対1だ。3人同時だが、ある程度の時間で交代していくぞ。その時に数分は休憩するからしっかり休めよ」
残念。無情にも団長はそれを勢いで無視して説明を始めた。
3人其々に1対1で戦い時間で交代していく形になるが、どうやら殆ど休憩と言える時間は無いらしい。
「それ休憩無しじゃ……?」
言っている事を理解したセシリアは恐る恐る口を開くが、それも全て無視された。無念。
「良いやり方だ。早々にぶっ倒れたらその分休憩が増えるぞ。最初から全力でやった方が楽かもな」
横で聞いていたフェリクスは良い案だと乗り気になっている。
時間で交代と言う事は、早々に倒れたら交代までの時間はそのまま休憩になる。
倒れない程度に抑えて殆ど休憩無しか――全力を出し切ってぶっ倒れて休憩か。
どちらにしろ馬鹿みたいにキツイのは変わらない。
これでは後の方は戦いにならないだろうが、それで良いらしい。
「俺はお前ら程体力に自信があるわけじゃないんだがな……まぁ頑張るか」
何気に乗り気ではないダリルも珍しい。
彼はそこの筋肉2人と比べて体力が控えめだ。それでも未熟な者に負けるほどでは無いが、このやり方は彼もキツイらしい。
まさかここまでアホな方法で行くとは思っていなかったのだろう。可哀想に。
「これは……本当にキツそうだ……」
なんにせよ厳しいなんてものじゃない事を悟ってセシルは諦めたように受け入れている。
鍛錬としては当然効果はあるのだろうけれど、とにかく無理しすぎない程度に頑張ろうと覚悟したらしい。
そうして昨日以上に厳しい鍛錬が始まった。
しかし昨日の疲労から、万全の状態では無いので当然ながら長くは続かない。
結局普通に休憩を挟んで同じ事を繰り返す事になった。
ちなみに、本来こういった鍛錬で限界まで厳しく追い込むというのはあまり一般的では無い。
もし何かしらの緊急事態が起きた時に疲れていて動けない……なんて事は避けたいからだ。
事あるごとに治癒魔法を受けていたシアがおかしいのであって、それこそ全く一般的では無い。
とは言え鍛錬もそれはそれで重要なので、別にそんな彼らが悪いと言う訳でもないし、誰が何を言う事も無い。
精々、無理し過ぎるなよと生温かい目で見られる程度だ。
常に万全の状態で居ろだなんて、理想も理想な話なのでそこまで気にされないというのが実情だ。
そしてそんな生温かい視線を浴びながら、今日も3人は無様に転がったのであった。




