異世界神話 火の伝承(後編)
一。
東の村へ戻った。「どこへ行っていたのですか!」異世界人たちは血相を変えて詰め寄った。私が留守の間、焚火のが火小屋に燃え移ったという。なるほど小屋は全焼している。煙が立ち上っていたのはそのせいだった。
事情を話すと彼らは納得してくれた。小屋はすぐにも立てられた。消えていた焚火にも火が燈った。再び「フォウア」としての生活が始まった。
何日かして村の長から申し出があった。「前の焼け出された小屋で、これを拾ったものがいたのですが」。そういって長は火の通った木の実を差し出した。貯蔵していた木の実が火事で偶然焼かれたのだろう。「食べるととても美味い、ぜひ供物に加えたいのです」。火を通した木の実は村中の噂になっているらしい。了承し、用意するようにした。
焼いた木の実は儀式の度、村人に配られるようになった。が、皆その味の虜になり、月日が経つにつれ配られる頻度は上がっていった。いつからか、彼らは焼いた魚や獣の肉の味も覚えた。欲望は募る一方である。とうとう私は毎日彼らのために、木の実や肉を焼くようになった。
調理した食べ物というのは栄養価が高いようだ。異世界人特有の(西の村の娘がそうであったように)エネルギー交換という事もあるだろう。たった数年で彼らの体格は私と同じになった。体の変化と共に種族の性格も変化した。「木の実はまだか、肉はまだか」毎日尊大な言葉を浴びせてくる。すっかり村の料理番に成り下がってしまった。もう私を「フォウア」と呼ぶものは誰もいなかった。
二。
ある日、決定的な事が起こった。村の若者が自分の家で焚火を始めたのだ。自宅で火を熾す、この風習はあっという間に広まった。もう彼らは火を恐れていない。気づけば誰もが私より大きい体をしていた。
村中で火が熾されるようになると、大量の薪が必要になった。周囲の森は切り開かれた。脅された私はあの、大岩の川辺を案内させられた。流木は全て彼らに取り上げられた。
鳥人たちの、私に対する扱いは酷くなる一方である。薪の節約のため、私が火を熾すのは禁じられた。毎日生のままの木の実や肉を食べなければならない。体調を崩し、日に日に体が弱っていった。
まったく運命というものを感じざるを得ない。今のこの苦境は、元の世界で私を散々苦しめ、命まで奪った戦火を、否が応にも思い起こさせる。ある日突然侵攻してきた軍隊によって平穏な暮らしは奪われたのだった。住む場所も財産も全て焼かれ、逃げ惑う日々。
希望も何もない日々。ただ死を待つだけとなっていたある夜、戦火の中で苦しんでいる男の子をみつけた。何だか生きる希望が湧いてきたものだ「この子を助けなければならない」。湧いてきた希望に従い、炎の中に突入し、挙句に焼け死んでしまったわけだが。
そういうわけで苦境には慣れている。もうこの世界でも長くないだろう。そういう運命なのだ。
三。
村では巨大化した異世界人による諍いが後を絶たない。体の変化に伴い気性も荒くなったようだ。そんな彼らにとって私は邪魔者に過ぎない。一部の過激派が夜ごとギャー!ギャー!と騒ぎ立てたり、投石するものさえ現れた。近々私は襲撃されるであろう。
風雲急を告げる中、夜、一人の異世界人が訪ねてきた。「ついに来たか」そう思ったが、中に招き入れた彼は小さな体で青い衣装を身に着けていた。この村のものではない。大胆な奴だ。こんな物騒な中を忍んでくるとは。
カカを呼び、通訳させようとすると、客は帽子でも脱ぐように、頭部を脱いだ。驚くべきことに、中から出てきたのはヒトの顔である。5,6歳ぐらいの子供の。彼は切羽詰まった口調で言った。「東に立ち上る煙をみてここにやってきました」。さらに驚いたことに彼はヒトの言葉を話した。「フォウアというのはあなたですか?私たちの村にも火をください」。
きっと彼は西の村の、数年前に私を助けてくれた娘(異世界人)の子供なのだ。普段は鳥の被り物をしているとみえる。東の村にある火を得るため、西の村の代表としてやってきたのだ。
「いいだろう、だが今ここに火はない。後で届けさせるとしよう」、「ありがとうございます」。彼は知る由もないだろうが、彼は私の息子ということになる。子を設ける、こととは無縁だろうと思っていたが、こうして我が子と会話する、というのも悪くないものだ。「母は元気か」問うと、「はい!」彼は元気よく答えた。と、外でギャー!ギャー!過激派が騒ぎ立てた。「もうここは危ない」、そういって彼を裏口から逃がした。
襲撃はその夜行われた。私は捕えられ、村の広場に設けられた火刑台の火にかけられた。村中の鳥人たちが集まりフォウ!フォウ!と雄たけびを上げる。死にゆく意識の中、どこからともなくカカが飛んできて私の頭の上にとまった。「カカよ、西へ飛べ!火の枝を咥えて」そういうと、カア!一声鳴いたカカは、素早く火のついた枝を拾い上げ、あっという間に西の空へ飛び去った。
私の全身に火が回ると超人たちがフォウ!フォウ!フォウ!いっそう騒いだ。そこへ一陣の風が吹き抜ける。煽られた火が村中に燃え広がった。こうして東の村、火のある村は一夜にして、巨大化した鳥人もろとも焼失したのである。
四。
素晴らしく晴れた、ある朝。レンガ造りの神殿の前を、嘴の赤い、真っ黒な小鳥の群れが飛んでいった。火を運んで嘴を火傷して以来、カカ鳥の嘴は真っ赤になった。神殿の門には「フォウ」と「カカ」の文字が刻まれている。あれから数百年の年月が経っていた。
都市の至る所で煙が上がった。神殿のある都市、は活動を始めた。元の西の村だった頃とは比べ物にならぬほど文明が発達している。神殿の周りには政治を行う建物がある。大通りには商店が立ち並び、奥に市街地が控えている。行き交う人々はみなヒトの姿をしていた。
神殿の屋根から目を細め、朝の景色を眺める一匹のカカ鳥、それが私である。ヒトとしての私はあの時確かに焼け死んだ。東の村が焼失した後、私の遺骸はカカの群れに啄まれた。しばらくして、私はカカとして意識を取り戻した。
それから数百年生き続けていたわけだ。が、どうも永く生き過ぎたようだ。ここらでお役御免である。カア!一声鳴くと、カカ鳥は輝く朝日に向かって羽ばたいていった。
火の伝承はこのようにして成ったのである。この世界では。