7話:初めての袴
本番が迫る中、団長の小山からとある知らせを団員に告げる。
「本番の体育祭まであと数週間くらいだけど、明日か明後日より袴の着付けをしようかなと思ってる。簡単に言うと本番は後輩の人らも見たはずだから分かると思うけど、学年によってリボンの結び方とか着方、色が分けられている。なので、今回初めて入った山本を含む人たちに教えるからそのつもりで」
「はい!!」
団長の片鱗を形成する小山。しかしその分の緊張と失敗したらどうなるのか、という考えが頭をよぎる。たかが1年目、されど1年目。最後の応援演舞をする高校3年生を気持ち良く送り出す意味で、山本含む1年生は1個の失敗に対して罪が重いと捉えた。
「はい山本、もっと腰を下げて胸張って!何でそこで泣くの?声上げて良いから私が背中を押すから」
両手を脇に閉めてから、しゃがんで三角定規のような形を取る練習で山本だけ唯一下がり切れてない事を守山の姉、紗耶香が気づく。そして無理矢理に山本の腰と胸元を抑えながら限界を迎えた両足に更なる負荷を与える。
「痛いです先輩…もう嫌だ。下着も擦れて痛いし、両足は砂の擦れる痛みで血が出てるし股が痛い…です。耐えれない」
「耐えろよ弱虫!だから小山先輩に怒られたり、白石先輩に指摘されるんだよ。ほら、妹の七海のように三角定規意識してやってみて。痛くても泣いて良いから耐えて」
山本は守山紗耶香に罵倒されながらも、泣きながら足の痛みと全身の痛みに耐え抜いてやっと理想の形を取る事ができた。それを見た栗原、高部、守山七海はよく頑張ったと言わんばかりに山本の頭を叩く。
学校の授業も始まり、朝練と放課後の練習と時間が限られる事になった。他の人たちは下校する中、女子応援団と男子応援団は声を荒げながらも練習する。
「三角定規意識しろって言っただろ?何度言ったら分かるの。練習不足にも程があるよ」
小山の怒号は相変わらずだが、この後の世代に響くからこその鞭だと他の団員は捉える。山本たちも、悔し涙を流しながら歯を食いしばって足の爪が剥がれるまで続けた。
練習が終わると、山本は塾へ行くために制服に着替えて列車に乗る。帰り着くのが夜中なので、塾が終わると1人泣きながらツラい練習の内容を振り返りながら家で行う自主練のプランを作成する。これが山本のルーティンだ。
「足も痛いし、重りを付けてから動くから筋肉疲労がひどい。何よりも私の胸小さくて擦れちゃうからヒリヒリする。お風呂で練習すれば良いのかな…そしたら体も柔らかくなるし、痛みも軽減できるはず」
考えを実践してみたが、練習よりも練習で痛めた足と傷が染みる。
「い"た"い"…。でも我慢しなきゃ…じゃないと先輩に怒られる。栗原さんとかなみとか高部さんに迷惑かけられない」
強引に練習をした山本。しかし、鏡を見ながら自身の胸を触りつつコンプレックスを抱える。
「もっと大きかったら良いのにな…。胸の大きさ関係ないって言ってくれる男子いないよね」
考えながらも、そのままお風呂から上がり着替えてそのまま就寝した。
翌日、袴の試着が行われることになった。団長は赤の袴に対し、他の団員は黒というもので幹部はリボンの結び方が少々違う。女子応援団のかっこよさたる由縁と言っても過言ではない。
山本は自身のコンプレックスを抱えながらも、不器用なりに袴を着用する。山本の袴姿が似合っていたのか、団長含めて全員が笑顔になる。
「意外と着こなしてるじゃん!女版の侍ってとこかな」
「小山先輩〜それは無いですよぉ。でも、これを着れるからには最後まで頑張りたいです」
目標を含めた会話が続く。守山や栗原、高部も袴のサイズが決まった。長い時間の予定だったが、その時は短く感じる山本。解散した後、山本は怖いのか自身の胸に手を当てて緊張をほぐそうとする。
「大丈夫…。泣きながら痛い思いをして練習を続けている。だから、本番は大丈夫だから。真由、今は落ち着いてほしい。怖いからって今は胸のざわめきは止まってくれ…」
半泣きで緊張と戦う山本。そんな山本を見かけて近寄る男がいた。
「珍しいな。こんなとこで蹲るなんて…」
「大山君!そっちも練習と団服のサイズ合わせ終わったの?」
「その帰りだよ。塾で前宮の奢りで弁当買ってもらうんだー」
最後はゲスい一言だったが、同じ応援団として会話をする。大山は泣き出しそうな山本の顔を見て気づく。
「お前、泣きそうになってどうしたん?怖いなら深呼吸して落ち着かせるんだよ。本番が近いのはお互い様なんだし、落ち着けば何とかなるよ。そんなんだから強くなれない。お前のことだから、山本を好きになってる人の前で泣いたら恥ずかしいだろ?なら今は頑張るしかない」
名言のようにして話す大山。山本は返答するどころか、その場で立ち尽くす。そのまま大山は自転車で塾へと向かう。山本は自身のことを好きと思ってくれる人が誰なのか、気になりだした。
「私のことを好きと思ってくれる人って誰だろう。でも、大山君1つ間違ってるよ。その好きな人の前だからこそ泣いたり怒ったりできるんだよ。流石独身貴族だ」
爆弾発言しながらも、山本は落ち着いたのかそのまま下校した。