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「殿下、殿下、離して下さい!」
そう言うあたしのことを全く無視したまま、殿下はあたしの腕をつかんで、引きずるように強引にどこか知らない部屋へと入った。
そこは、この学園にある、王族だけが使えるサロンだったんだけど、庶民のあたしはその部屋の存在すら知らなかった。
部屋に入ってようやく手を放してくれたけど、ドアのあるほうに彼が立っていて勝手に出ることはできなさそうだ。
「ヴァイオレット、じゃなくて、えっとリリーナ?
座って」
彼は、あたしと彼が初対面ってことを全く無視して、あたしを親しげに呼び捨てで呼び、ソファに座るようにと促した。
だけど応じるわけにはいかない。
あたしは心の中では、彼とこうして再会し、会話できることを喜んでいたが、表面的には見知らぬ王子に強引に連れ出されてしまって不快だという表情を前面に押し出した。
「殿下、困ります。帰してください」
眉を顰めながらそう言うと彼が楽しそうに目を緩めてこう言った。
「ふ…ヴァイオレット、嘘つく時斜め右を見てから言う癖あるって、知ってる?」
「え!?ウソ!あたしそんな癖あったの!?」
彼の言葉に反応してあたしは口に手をあて、のけぞった。
それに対し、彼は余裕の表情でこう言った。
「うん、嘘だよ」
「へ?嘘?え?」
「嘘つきはお互い様だろ?ヴァイオレット、私のことわかっているよな?」
彼は確信を持ったような強い目であたしを覗き込む。
あたしはぷいっと顔を逸らして言い捨てた。
「わかってますよ。アーロン王子殿下ですよねっ!」
だけど、そんなあたしのごまかしを彼は許さず、両手であたしの頬を挟んで、自分の方に向けた。
「そうじゃない、ごまかすなよ ヴァイオレット
私だ 君の夫だった私の名前は?」
「あの…」
「ヴァイオレット」
射抜くような、まっすぐすぎる彼の目を見ると、あたしの中のかつてのお嬢様が観念したように彼の名を呼んだ。
「ソ、ソレイユ様」
そう言った瞬間、あたしは彼に抱きしめられた。
「ヴァイオレット、嘘つきのヴァイオレット、会いたかった」
そう言って、自分の肩口にあたしの顔を押し付け、ぎゅうぎゅうと抱きしめる彼は、震えていた。
彼が震えているのを知って、あたしは、ごまかしていた自分を恥じた。
そうだ、知らないふりなんて、無駄なことだった。
仮にも前世、夫婦だったじゃないか
前世の過ちは、もう今さらどうすることもできないけれど、謝罪ぐらいは、受け入れてくれるのかもしれない。
あたしは、彼に抱きつぶされながら謝った。
「ごめん ごめんなさい、ソレイユ様、ごめんね?本当に、ごめんなさい
許されると思ってないけど、本当に、酷かったと思う」
あたしはそのまま、彼の胸で号泣してしまった。
彼は、あたしの謝罪をずっと黙って受け入れ、優しくあたしの髪をなで続けてくれた。
どれぐらいの時間泣いてしまっていたのかわからないけれど、ようやくあたしの感情が落ち着いてきて、泣き声も納まってきた頃、彼は再び抱きしめる力を緩め、あたしと視線を合わせた。
「落ち着いたか?」
そう言って彼はさっき勧めたソファに座らせてくれ、自分もすぐ隣に腰かけた。
「うん…ごめんね」
「ごめんはもういいから。
今までどこに隠れてたんだ?同じ学園にいたのに、全然気付かなかったよ、ずっと探していたのに
ヴァイオレットは、私が生まれ変わっているとは思わなかった?」
拗ねたような顔で覗き込まれて焦る
「それは、アーロン殿下がソレイユ様の生まれ変わりかはわからなかったし、それに、そうだとしたら会わない方がいいと思って」
「なぜ!?生まれ変わっても必ず会おうって約束しただろう?」
「う、うん したけど…あなたが死んでから 約束変更してくださいってお墓にお願いに言ったんだけど、聞いてなかった?」
できれば前世の細かい話はあまりしたくないけど、アーロン殿下の追及は止まない。
「聞いてない っていうか、なんで私と同じ墓に入らなかったのだ?どういうつもりだ?」
墓のことまできかれるとは思わなかった。
「それは…」
「正直、死んでからのことなんて、ぼんやりとしか覚えてないんだけど、お前の寿命が来て、墓にやってくる日を待っていたのだけは覚えてる」
「え?」
「ゆっくりでいいからって言ったけど、待ってるって言ったよな?
私達は夫婦なんだし、当然、同じ墓に入ると思うだろ!?
なぜだ!」
「え!?あの、あの、ごめんなさい。
その、ソレイユ様は故郷に未練が多いだろうと思って、あなたの故郷に埋葬しなおしたの。あたしは侯爵家の方に入ったから、だから別々に…」
あたしは正直にその当時の事情を説明しているのに、アーロン殿下の表情は険しい。
「故郷に未練が多い?なぜだ?
侯爵家のほうに未練が多かったに決まってるだろ?
私達は、たしかまだ21か、22ぐらいだったよな?
子供達も、小さすぎて、あんな小さな子供達と、ヴァイオレットを残して逝かなくちゃいけない自分が情けなくて腹が立っていたよ。ほんと、辛かった」
悲しそうにそう言われるとあたしも辛い。
そうだよね、ソレイユ様は22歳で時を止めたけど、あたしはおばあちゃんになるまで生きたもんね。
「ごめんなさい…子どもたちは二人とも立派に成人したよ?
カインはね、大きくなったらあなたにそっくりだった。
ちゃんと立派に成長して、侯爵家をついでくれたの。
マリアンはね、大きくなったら、好きな人に望まれて結婚したんだよ
あたしもね、子ども達と孫に囲まれて、幸せな一生だったよ。ごめんね」
彼の死後の子供達のことを説明すると彼は切なそうに微笑んだ。
「なぜ謝るんだ。謝らないでくれ。
私こそ本当、ごめん ヴァイオレットのこと守ってやれなくて ずっと早くに死んでしまって…
そっか…子ども達は、立派に大きくなったんだな
一緒に成長を見守りたかったな
マリアンがお嫁にいっちゃったなんて信じられないな。
私が死んだ時生まれたばっかりだったのに
って、それはいいが私達の墓が別々だったのはわかったけど、どうして墓参りにも来てくれないんだ?薄情すぎるだろ」
ぎゅっと手を繋がれて責められるとあたしも辛い
「それは、悪いと思って…」
「何が悪いんだ?」
「え?だって…あなたを不幸にしてしまったのに」
「何言ってるんだ。病気だったんだ。仕方ないだろ?ヴァイオレットのせいじゃない。
むしろ、病気なんかに負けて、若いヴァイオレットを残していった自分のほうこそ許せないよ
でも、もう離さないから 今生では長生きする。
ちゃんと、子どもが成人するのを一緒に見守るし、孫の顔も見たい。それから絶対同じ墓に入るから」
キリリとした顔でそう言われても、戸惑うばかりだ。
「え、あの、でも…」
「リリーナ?もしかして、生まれ変わって、今はもう好きじゃない?」
「え?あの、そういうことじゃなくて…それはどうでもいいっていうか…」
今世では同じ墓に入るって言った?
どうして?
「はあ?どうでもよくないだろ!?
私がどれだけ長い間 この時を待ってたと思ってるんだ!?
もう一時も離さないから覚悟しろ」
ぐいぐい押されて、あたしはソファに半分押し倒されている。
この体勢はヤバい。
あたしは頑張ってアーロン殿下の胸に手を置き、ぐいと押し返してみる。
「ちょっと待って!!ちょっと待ってよ!
もうあの約束はなかったことにしてほしいの
前世の約束なんて守る必要ないと思うのよね?
ソレイユ様が義理堅くって律儀なのは知ってるけど、あたしとしては、今生こそ、ソレイユ様っていうかアーロン殿下には好きな人と幸せになってほしいのよ」
そういうと、アーロン殿下は、この体勢が傾いていることに気付いたようで、引っ張って起こしてくれた。
「は?何言ってるんだ。 だったらなおさらだろ?
守る必要ないってなんなのだ。
だいたい 私が何のために生まれてきたと思ってるんだ?
お前に会って、もう一度人生やり直すためだろ?」
「だからさ、もういいよ。
前世でさ、あたしは子どもと孫に囲まれて、結構楽しく暮らしていけたしさ、早死にした責任とか考えてくれなくていいってば
こっちこそ、あなたのこと縛ったりして、慣れない環境の中寿命を縮めさせてしまって申し訳なかったと思ってるのよ」
あたしは視線を逸らしてそう言うと、またしてもアーロン殿下に顔を掴まれて正面を向かされた。
「わけのわからないことを言うなよ!!
早死にした責任とか関係ないだろ?
確かに、若いお前を置いていったのは夫として最低だったと思うけど、だからこそ、今度こそ、リリーナと幸せになりたいって言ってるのに!!!」
さっきから話が堂々巡りで進まない。
頑なな前夫にイライラしてきて、あたしの声も大きくなる。
「だ~か~ら~ アーロン殿下が幸せになるのは大賛成だけどっ!
今度こそ、恋人と結婚すればいいじゃない!公爵令嬢と婚約間近なんでしょ?」
あたしがそういうと、アーロン殿下は一瞬きょとんとして目を丸くしたが、回路がつながったのか、大きな声でそれを否定した。
「はああああああ!!??
公爵令嬢!?カロライン ウィンバリーのことか!?
オレはあんな女とは結婚しない!婚約もしない!」
「へ?あんな女って、でも前世からの恋人でしょ?」
「は?前世からの?それはお前のことだろ?」
「あたしは前世 無理やり結婚を迫った嫌な妻でしょ?
真に愛し合う恋人たちを引き裂いた悪役令嬢なんでしょ?
泣く泣く別れた愛する恋人が彼女だったんじゃないの?」
「はあああああああああああああああ!!!!????」
より一層の大きな声が部屋中に響いた。
「…あれ?…違う?」




