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全5話です。

あたしは生まれてきた。 

かつての記憶をそのまま持ったまま

彼もまた、同じ時代、同じ国に生まれてきた。 

彼は、覚えているのだろうか?夫婦だった時のことを


それとも、かつての、愛してもいなかった妻のことなど忘れてしまったかしら?


現世の彼と、現世のあたしは、前世のあたしたちの立場と真逆だった。

現世の彼はこの国の王子様だ。

全く違う国だけど

かつてあたしたちが生きていたオーウェル王国はここにはない。

同じように王がいて、貴族がいて、平民がいて

農民が食物を育て、商人は物を売り、貴族はそれを消費し、王が国を治める。

そんなふうなところは、少しも変わっていないのに、ここは全く別の国で、あたしが前世だと思っていることも本当にあったことなのか、あたしのただの妄想なのかすら、確認するすべもない。


ただ、街中で売られている姿絵に彼を見つけただけ

かつてあたしが愛した人とそっくりなその姿絵を見て、なぜか強くあの人だと確信した。

だけど、現世のあたしは、貴族どころか、ただの庶民の娘

彼らが治めるこの国の国民の一人ではあるけれど、きっと一生すれ違うことすらできない。

こうして生まれ変わったのだとしても、これだけ立場が離れていれば、きっと前世のようにはならないはず

今度こそ、きっと彼とは遠く離れて暮らしていけるだろう


彼がもしも、前世を覚えていれば、きっとあたしには近付いてこないだろうし

覚えていなかったらなおさら、接点もなさすぎて近付くこともできないだろう

これでいいのだ

彼の人生にあたしが関わったら…

彼が、前回と同じように、若くしてこの世を去ってしまったら?

そんなの、想像でさえも、考えたくない



少しずつ弱っていく彼が、枕元に2歳の息子と、生まれたばかりの幼い娘をよんで、

「お母様を頼むよ」と何度も言っていた姿を思い出す。

彼は 本当に優しい人だった。


「ヴァイオレット ごめん 先にいくよ 

君は ゆっくりおいで 急がなくていいから

必ず、会おう 生まれ変わってももう一度」

そう言って目を閉じた。


その時は、まだわかっていなかった。

あなたの本当の気持ちを

だからこう答えた。


「ええ 待っていて 少しだけ遅れるけど、追いかけるわ

生まれ変わっても、もう一度 会いましょう?

わたくしはきっとあなたにもう一度恋してしまうから 

あなたももう一度 わたくしを愛してね?」


それは、幸せな最期の時だった

彼が、自分を愛してくれていると、

あたしたちの家庭が、愛のあるものだと信じていた最後の瞬間だったのだ。


結婚して数年しか経っておらず、まだ若いあなたを亡くして、まさか自分が夫の葬儀を取り仕切ることになるなんて想像もしなかった。

そんなのもっとずっと先のことだと思っていた。

何が起こっているのか全く理解していない息子とまだ生まれてまもない娘を抱えて、あなたを見送った。

そんな人生で最も辛い時に、最も厳しい真実を知った。


あなたの葬儀に駆けつけた、あなたのかつての恋人とあなたの友人たちと、あなたのご家族に会って、詰られ、罵られ、責められ…過去の話を聞かされて…

ようやく知ったのよ

あなたが、どれだけ、恋人と愛し合っていたか

将来の約束をしていたこと、ギルモアの地で恋人の実家を継ぎ、商会を大きくしていくと話していたこと

お嬢様のわがままで、有無を言わさず引き裂かれ、結婚後は故郷に一度も帰ることなく、二人は永遠に会うことも叶わなかったと

自分がどれだけ、酷いことをしたのか、ようやく知ったの


葬儀の時、真実を知って、あたしは打ちのめされた。

あたしが幸せだと思っていた数年間

幸せだったのはあたしだけだったと知って

あなたは何も悪くないのに、裏切られたような気になった。

あなたを失っただけでも辛くて、悲しかったのに

あなたが不幸だったと知って、あなたがあたしを疎んでいたと知って、そして、その不幸にしたのは他でもない自分だったと知って…


悔しかった

悲しかった

絶望した


幸せな結婚生活を全部否定された気がした。

そして、後悔した。


なぜ、彼を不幸にしてしまったのだろう

侯爵家からの縁談なんて、彼も、彼の両親も、もちろん彼の恋人も断ることなんてできなかった。

彼に縁談なんて、申し込むんじゃなかった

一目ぼれなんてしなければよかった

いいえ、ギルモアなんかへ旅行にいかなければよかった。

せめて、出会った時、彼が恋人と結婚したあとだったらよかったのに。


何カ月も泣いて暮らし、ようやく自分には侯爵家を継ぐ義務があることと、子ども達がいてくれることを思い出した。

彼の代わりにあたしが継がなくては

そして、まだ小さいこの彼の息子を、立派な侯爵に育てなくては


あたしはようやく泣くのをやめた。

そして、心の区切りをつけるために、彼のお墓を彼の故郷ギルモアに移した。

最初は王都に一番近い領地の霊廟に埋葬したのだが、1年後移設したのだ。

今更だけど、彼が、彼の恋人のそばにいられるように

移設の際、あたしは彼に最後のお別れをした。


「ごめんなさい。最後の約束を忘れて欲しいの

もう会えないわ もう会わない

生まれ変わって、もしもわたくしを見つけたら、知らないふりをして?

わたくしも、あなたのこと、知らないふりをするから

もしもわたくしがあなたに恋をしても

もう 優しくしてくれなくていいから

愛してるふりなんてしなくていいから

あなたが本当に愛する人のそばにいてあげて」


それ以降、生涯彼のお墓を参ることは一度もしなかった。


そして その数十年後 老いてから死んだあたしは、遺言に従った子ども達の手によって彼の墓から遠く離れた侯爵家の廟に埋葬された。


死で別れたときよりも、もっと遠く 離れていられるように


もう 彼が、死後の世界でさえも、あたしに煩わされることがないようにと



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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公さんは気弱だったのね。 まぁ「お家」の方が無礼者を赦すはずもないし、物語の外側で血生臭いことになったのでしょうけれどw
[気になる点] >あなたの葬儀に駆けつけた、あなたのかつての恋人とあなたの友人たちと、あなたのご家族に会って、詰られ、罵られ、責められ… 正当な侯爵家の後継に、その代官でしかない形式上の男爵家がよく…
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