私を守って、あなたを守る。
序章「HERO」
西暦2314年。東京に新たに建設された人口湖上空に、「それ」は現れた。何も無い空間からズズズズズズ…と這い出でる「それ」は、異形の怪物であった。そこに内包するのは膨大な量のエネルギーと、ただ単純な悪意だけ。夜も静まることを知らないサイバーシティ東京に、けたたましいサイレンが鳴り響く。
「Oooooooooo!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
怪物は吠えた。その空を裂く様な金切り声は、人々の不安を増大させる。「それ」は、破壊の象徴。彼らは「それ」を、「エネミー」と呼ぶ。
しかし人々が逃げ惑う中、エネミーに向かって駆ける者がいた。
「ターゲット補足。推定討伐レベル2。討伐を開始します。」
人間ではありえない程の速度で走る彼女は地面を蹴り、怪物の上空に飛び上がる。
「エネルギーチャージ開始。」
サイバースーツを着た彼女の右腕にキュルキュルとエネルギーが集まっていく。
「ファイア」
ゴォォォォッッ!!!!!!
青い光線が空を裂き、エネミーを貫いた。
「GoaaaAaaaa!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
聞くに絶えない雄叫びを上げるるエネミーの体から、ジュゥゥゥゥゥ…。と煙が上がる。しかし、エネミーを討伐するには至らなかった。ズズズズズズ…。と周りに飛び散った肉塊が集まっていく。
「…訂正。推定討伐レベル3。引き続き討伐を行う。」
スタッと着地する彼女の名前は黒峰雫。
闇を溶かしたような黒髪を肩まで伸ばした、蒼色の瞳の女性。
そして、最強と名高い怪物討伐組織「HEROS」東京支部所属の「ヒーロー」である。
彼女は左耳に取り着けた通信機に手を当てる。
「ダメだ雫!一旦戻れッ!相手はレベル3、A級が複数人で相手取るような怪物だぞ!?」
上空に待機している独立飛行艇から指示を出す彼の名は坂林晴隆。
目にかからない程度の黒髪、紫の目を持つ。
少し肩幅が広いくらいしか取り柄のない男である。彼も黒峰と同じく怪物討伐組織「HEROS」に所属する「ヒーロー」であり、「落ちこぼれ」であった。
しかし、黒峰は右腕の腕輪のスイッチを調整しながら、ビルの屋上を足場にエネミーに接近していく。
「螺旋エネルギー、チャージ開始。」
彼女の腕にキュルキュルキュルと回転するエネルギーが集結する。そしてズズズズ…。と未だ再生を続けるエネミーに右腕を向け、
「ファイアッ!!!」
キュドドドドッ!!!!!
回転する青い光線が、エネミーの身体に直撃した。その圧倒的な破壊力に、エネミーは雄叫びすらあげずにその身体を焼かれ、辺りに煙が蔓延する。
「そのA級30人分の実力を持ってると言われてるのが、S級の私でしょ?」
黒峰はビルの屋上にスタッと着地し、通信機に手を当てる。
黒峰雫はS級ヒーローである。A級30人分の実力を持つと言われている彼らは、レベル4のエネミーを単体で討伐することが出来る化け物だ。黒峰はその可憐な容姿も相まって、世界レベルで人気のある「ヒーロー」だった。
「まぁ…。お偉いさんたちのアクセサリーにするために付けられた称号だけどね。」
だからこそ、油断したのかもしれない。
ズズズズズズ…。
煙の向こうから、不快な音が響く。
「Aaaaaaa…Aaaaaaa…」
それにいち早く気づいたのは、坂林であった。
「…!? 雫ッ!まだ終わってないぞ!!!」
エネミーは周囲の岩やコンクリートを飲み込みながら、ズズズズズズ…と増大していく。
「…油断した。これは…。」
怪物が姿を変えていく。見るに堪えないその姿は、例えるならば子供が粘土で作った蛙だろうか。歪な形のそれは、正に異形の怪物であった。
「こ、これは…。」
坂林は、変わり果てていく怪物に恐怖していた。
「報告。対象エネミーの推定討伐レベル上昇を確認。推定討伐レベルは、4です。」
推定討伐レベル4、それは単体で国を街を滅ぼしかねない、災害であった。
「大丈夫、晴隆。私が守る。」
そんな災害級の化け物に向かって、腕輪に手を当てた黒峰は迷いなく走り出した。思い浮かべるのは、坂林晴隆の姿だ。
「エネルギー、チャージ開始。」
湖の周辺を回るように走る黒峰の右腕に膨大な量のエネルギーが集まっていく。
「チャージ完了。エネルギー圧縮、開始。」
エネミーが身体中から触手を伸ばす。数千にも及ぶ触手は建物を崩壊させながら、黒峰を壊さんと追従を続ける。
ズンッとあたりの空気が重くなるのを感じた。
「エネルギー圧縮、完了。」
黒峰は青に輝く右腕を掲げる。エネミーの数千の触手がそれを止めんとするも、
「ファイアッ!!!!!!!!!」
キュドン!!!!!!!!!!!
青の光線が、空を裂き、異形の怪物を抉りとる。
「GoAaaaaa!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
聞くに絶えない雄叫びを上げるエネミーの体を、青い光線が貫く。それは湖の水を蒸発させ、地面まで達する。
着弾点から巨大な爆発が起こり、耳を劈く様な轟音が鳴り響く。
「ふぅ…。流石に…疲れるね…。」
ピクピクと痙攣する右腕を抑える黒峰は、先程のような間違いを繰り返さないよう、エネミーを凝視する。それ故に、いち早く気付いた。気付いてしまった。
「これは……流石に一旦…引くべきかな…。」
ズズズズズズ…。もう何度聞いたか分からないあの音が、街中に響いた。