第四十四話 アリスの願い
「……では二つ目の議題に移ることとする。アリス、そしてカミラ両名の功績を讃えて褒美を与えようと思う。何か欲しいものはないか? 可能な限り叶えると約束しよう」
場違いにも私に抱きついてきた二人がレイさん達により鉄拳制裁をくらった後、王様はそんな二人に呆れながらも話を進める事にしたみたいだ。
王様がくれる褒美……。一体どんなものがいいんだろう? 正直お金とか沢山貰っても持て余しちゃうし、金銀財宝を貰っても全然嬉しくない。
お金とか物以外だと、権利とかかな? それなら欲しいものはいくらでもある。って、これなんかフォルトでギルマスと最初に出会った時と状況似ているね。
とにかく、今私が求めるべきものは当然あれしかない。
「それでは私の分とカミラちゃんの分で合わせて二つ、お願いがあります。まず一つ目ですが、先程申しました通り私は人間ではなくなってしまいました。その上でAランク冒険者になることをお許し願えますでしょうか? 勿論正規の手順で構いませんので」
「……なるほど、それは難しい願いだな」
王様は、顎に手を当てて眉間に皺を寄せる。お貴族様達も複雑な顔を見合わせており、宰相さんに至っては私を穴が開くんじゃないかってくらいに睨みつけている。
唯一セウェルス王子だけが嬉しそうに手を叩いているけど、こんな反応になるのは仕方ないよね。
なにせ冒険者ギルドに魔族が所属するって事自体が異例中の異例だからだ。私達はこれまで人間として所属していたから問題は無かったけど、こうもバッチリ魔族として認知されてしまうとそうはいかなくなる。
唯一フォルトのギルマスだけは気付いていたみたいだけど、それも黙秘してくれているからなんとかなっているだけのこと。
もしあのギルマスが魔族への敵対心剥き出しな急進派タイプの人だったら、今頃私達は冒険者資格を剥奪されていたと思う。
「それは重々承知しております。ですが私はどうしても魔族領へ行かなくてはなりません。しかし魔族になった身でAランク冒険者などの肩書きも無く魔族領へ行くのは、良く思わない者がいると思いますので」
「ふむ。確かに君が魔族領へ赴くのであれば、肩書きは必要だろう。だが、何故そこまで……」
私はそれから、自分が旅をしている目的を伝えた。でも、魔族のカイドさんから聞いた魔王の娘の話はしないでおいた。
もし、万が一でも魔王の娘が私の探しているサリィなのだとしたら、彼女はこの国の敵となってしまうから。
「成る程、事情はわかった。では特例としてAランク冒険者になることを許す。フォルトでの一件に加えてセウェルスの率いたAランク冒険者を三人同時に下したとも聞いておる故、資格はあると言える。また、君の言う通り肩書きも無く魔族領へ赴かせる訳にはいかぬのでな。異議のある者はおるか?」
王様がお貴族様達にそう問うたけれど、そちらからは特に反対意見は出なかった。正直意外だけど、これは何かあった時に私が人間サイドの存在だと強調出来る材料の一つになると判断したからだろう。
例えば私が魔王に捕らえられたとして、その時にそれを大義名分にして魔族領へ攻め込む理由付けにしたりとかね。何かと使い道があるってことだ。
それでも心情としては良くないと思うから、全然反対意見が出ないのは不思議だった。宰相さんだって、顔を真っ赤にして憤っているのに何も言わないからね。
流石は王様がこの場に呼んだ人達、感情よりも損得で物事を考えられる人ばかりみたいだ。
「ありがとうございます。次いで二つ目なのですが、【要塞都市フォルト】の復興支援をお願いします。……あの街は、ワイバーンにより壊滅的な被害を受けました。私は少しでも早く、元の活気溢れる街に戻ってもらいたいんです」
自分の無力を痛感させられた、"紫の夜"と呼ばれる魔族災害。フォルトを発った時に見たボロボロの街並み、人々の涙、忘れる訳がない。
でもここでいくらお金を貰ったとしても、個人でできることなんて限られている。だから国からの援助を求めたんだ。
それには当然お金だけじゃなくて、人的支援も含まれている。
「ふむ。君は本当に心が清く、欲がないのだな。そちらについては滞りなく行うと約束しよう」
「ありがとうございます」
欲がないというより、この世界でお金持ちになることに価値が見出せてないだけなんだけどね。もしこの世界が日本と同じくらい発展してたら、お金を欲しがったと思う。
それにしてもカミラちゃんと芹奈ちゃん、妙に静かだな……。そう思って両隣に視線を移すと、なんと口に何やら巻かれて声を出せなくされていた。
レイさん達、鉄拳制裁だけじゃなくてここまでしてたのね……。
流石に可哀想になってきたので、王様に許可を取ってから二人の口を解放してあげた。というか王様、この二人をずっと見ながら私と話してたのか。全然表情に出てなくてビックリしたよ。この人、ポーカーとか強そう。
「苦しくて死ぬかと思いました。アリス姉さん、慰めてください」
「ぷっはー! 死ぬかと思った。レイ、あなたちょっと強く締め過ぎよ!」
そして外すなりすぐにまた騒ぎ出す二人と、負のオーラを撒き散らしながら近付いてくるレイさん。
私は慌てて二人の口を塞いで、どうにか黙らせる。いい加減反省して、そして学んでくれませんかね二人とも?
私がそんな思いを視線でぶつけると、二人とも素直に頷いて黙ってくれた。
それとカミラちゃん、私が口を塞いだ時にしれっと私の手を舐めた件について後で詳しく聞かせてもらうからね。私の悲鳴は大の大人を失神させるほどなんだから、あんまり出させないで欲しいよ。今回は我慢できたけど、本当勘弁してください。
「……カミラよ。一応君の意見も聞いておくが、アリスの提示した願いに異議はあるか?」
「ありません。私はアリス姉さんさえいればいいですから」
だからカミラちゃんは素直すぎるんだって……。ああ、最初の頃は大人しくて可愛い子だなって思ってたのに、お姉さん悲しいよ。
「そ、そうか。ではこの話は以上で終わりとする。そして、次の議題だが……。勇者芹奈よ。意思は変わらないか?」
「はい。わたしの行動原理は、陛下もよくご存知でしょう?」
三つ目の議題、それは芹奈ちゃんが王都を離れて私と一緒に旅に出ることを正式に決定すること。これには当然、お貴族様達から反発の声が上がる。
さっきまで黙っていた宰相さんも、ここぞとばかりに抗議している。それでも芹奈ちゃんの表情には一切の変化が無い。
「陛下、条件について説明はしたのかしら?」
「無論だ。しかし彼らもアリスの『転移門』などという荒唐無稽な魔法の存在が信じられないのだ。私とて、正直疑わしいとさえ思っているくらいだからな」
まさかの王様すら信じてなかったとは。でも確かに、この世界の常識からは離れ過ぎている魔法だってことは自覚している。
「では、実際にお見せしましょう。問題はどこに繋ぐかですけど」
私がそう問うと、王様は少し考えた後に何やら思いついたらしく、今までに見せていなかった少し悪い笑みを浮かべた。
「ではアリス。君の生まれ故郷と繋ぎたまえ」
「う、生まれ故郷、ですか……?」
一瞬、息が詰まった。今分かった。この王様、本当は『転移門』の存在は最初から疑ってなんかいないんだ。
さっきから話していて分かったことがある。ノルトハイム王は結構お節介焼きだ。物凄く人が良いのだ。そんな人が私の生まれ故郷を転移先に指定する理由なんて、一つしか思い付かない。
この人、私を両親と会わせるつもりなんだ……!




