幕間 とある夜の一幕
そこは、とても豪奢な部屋だった。その綺麗さといえば、まるで王女様の寝室であるかのようである。人が三人寝ても余裕があるだろう大きさのベッドの天蓋には、絹で拵えた白く艶やかなカーテンが取り付けられている。
天井にはどういう理屈か指を鳴らすだけで火が灯るシャンデリアが吊られており、部屋を優しく照らしている。
壁際にはドレッサーが置いてあり、そこには綺麗な円鏡も備わっており、部屋の主がこの世界でも特に位の高い者であることを示唆していた。
そして、そんな正に淑女の部屋といったその場所に、地を鳴らす程に低く、厳かな低音が響く。
「いい加減、機嫌をなおしたらどうだ」
それは問い掛けであったが、答える声はない。ただ壁に取り付けられた大きな振り子時計がカチコチと奏でる、規則的な音が聞こえるのみである。
「あれからもう二年になる。大体、お前自身が選んだ道なのだろう? それを今更」
「五月蝿い!! いいから出て行って!!」
男の声を掻き消すように、ヒステリックな甲高い声が重なった。その声を聞いた男は、やれやれと首を振り、溜め息を吐く。
「よもやこうまでお前を狂わせてしまう人間がいるとはな。……いっそ殺してしまおうか」
男がボソリとそんなことを言った、次の瞬間。シャンデリアの光が突如消え、ガシャンと音を立てて鏡が割れ散った。ベッドの側に立つ人影からは、部屋の温度が数十度低下したと錯覚させるほどに強い殺気が放たれている。そして次の瞬間、男に向かって猛烈な速さで何かが放られた。
男はただ手を伸ばしただけでそれ受け止めた。それは、ドレッサー用の椅子だった。男はもう一度深く溜め息を吐き、両手を挙げて降参だとポーズを取った。
「……冗談だ。私が無益な殺生を好まぬことはお前もよく知っているだろう。だがこれだけは覚えておけ。もし彼女が私と敵対するようなことになれば、私は容赦なく彼女を殺す」
常人であれば意識を保つのも困難な程猛烈な殺気に当てられながらも、男は気にした風でもなくアッサリと言ってのけ、部屋を出ていった。
バタンと扉が閉まったとき、放たれ続けていた殺気はようやくなりを潜めた。そして殺気を放っていた小さな人影はふらふらとベッドに潜り込むと、小さく震えながら涙を流す。
「逢いたい、逢いたいよ……。どうしてこんな、世界は残酷なの……」
ベッドの中で啜り泣く声に応える者はなく、ただ振り子時計の規則的な音だけが、虚しく響いていた。