第八話 修行
お父さんに決闘で負けた日から、私は来る日もくる日も修行に明け暮れた。正直かなり辛かったけど、サリィのことを想うと不思議と力が湧いてきて、なんとか耐えることができていた。
朝は日の出と共に起き、お父さんに剣の稽古をつけてもらう。
お父さんは『鎌鼬』の二つ名を持つ冒険者だ。その由来は、目にも止まらぬ高速の斬撃により発生する衝撃波が、まるで鎌鼬のように見えない刃となって敵を襲うからとのこと。ちょっとカッコいい。
お父さんが繰り出す高速斬撃の秘密は、瞬間的な身体強化魔法と、剣の軌道のコンパクトさ。
身体強化魔法は、自分の身体に流れる魔力を強化したい位置に滞留させて、筋力を強化させるというもの。魔力にそんな使い方があるなんて全然知らなかったけど、使ってみるとこれが結構便利だった。
例えば脚に使えば高速で走ったり、高くジャンプできたりする。決闘の時にお父さんが使ったのはこれだね。
そして腕に使えば剣を速く振ったり、本来なら持てないくらい重い剣を振ったりすることもできる。
でも、かなり正確にそして瞬時に魔力を集中させなくちゃいけないから、上手に扱うのはかなり大変だったりする。
5歳の女の子である私の身体はまだとても小さく、鉄の剣なんて重くてまともに持つことができない。だから常に身体強化をしていなきゃいけないんだけど、その状態で脚にも身体強化するっていうのはとても難しい。
なので何度も何度も失敗してしまった。例えば腕の強化をミスで解いちゃって剣を落としたり、脚の強化を片足だけにしちゃってすっ転んだり、加減を間違えて空高く打ち上げられたり……。
そしてそんな身体強化魔法よりも難しいのが、コンパクトな剣筋を習得することだった。
お父さんは決して剣を大振りすることはない。その代わりに、細かな振りを手首を返しながら連続で繰り出す。そしてその全てに、身体強化を乗せる。これにより、秒間数十もの斬撃を高威力で繰り出す。
お手本としてカカシを剣が直撃しないくらい離れた位置からたった一秒だけ切りつけて、衝撃波で細切れにするのを見せられた時には開いた口が塞がらなかったよ。
剣の稽古が終わったら朝ご飯を食べて、お昼までは文字のお勉強。
有栖には語学力が全くなかったけど、5歳児アリスの柔らかい頭ではすんなりと習得することができた。
お昼ご飯を食べたらすぐに、お母さんから魔法について教えてもらう。決闘の時に私が無詠唱で魔法を使ったって二人は驚いていたけど、お母さんに教わることでこの世界の魔法は詠唱するのが当たり前だと言うことが分かった。
例えば私がよく使っていた水球。あれを発動させるための詠唱句は、「清涼なる水の煌めきよ、我が手に集いて力となれ!『ウォーターボール!』」だったりする。正直言って、有栖の記憶ある今この厨二詠唱は精神ダメージが大きすぎる。
私はこの詠唱を、魔法を模倣するために利用しているんじゃないかと思っている。この世界の人達には科学的知識が全く存在しない。だから例えば火属性の魔法を使おうと思っても、どういう原理で火が起こるのかを知らないから、正確なイメージをすることができない。
だから詠唱を元に魔法を発動させている人のお手本を見た上で、詠唱によってそのお手本を模倣するんだ。
あの人と同じ詠唱句を唱えれば同じ魔法が発動する、そんな自己暗示をするんだね。
だから何度も同じ魔法を使っていると、模倣するのにも慣れて簡単に発動させられるようになる。その結果、詠唱破棄や無詠唱が使えるようになるってところかな。それをこの世界では、熟練度って呼んでいる。
ちなみにお母さんの適正は火属性一つだけ。その代わり同じ魔法を使う機会が多くなったのか、大半の魔法は詠唱破棄で発動させられるみたい。一つのことを極め抜いた結果だね。
そんな訳だから、この魔法の授業と私の魔法の発動方法には大きなギャップがあった。なので、この授業はお母さんに火属性の色んな魔法を見せてもらって、それを科学的に模倣するっていう授業スタイルになった。
火属性魔法以外はどんな種類の魔法があるのかを教科書を使って教えてもらって、それを同じく模倣していった。
その上で反復トレーニングをすることで、イメージを固めるまでの時間を短くする。そうすることで、とにかく早く魔法を発動させることができるようになりたかったのだ。
そして三時にお母さんの手作りお菓子を食べて、次はアベルさんに武術の稽古をつけてもらう。武術といっても日本のとは違って、もっと泥臭くて実践的なものだけどね。
剣術はお父さんの方が上手だからってことで除外してるけどね。だから主に体術と槍術、短剣術、そして弓術を教わる。
体術は身のこなし方から素手での戦い方を重点的に教わった。敵に間合いを詰めるのに有効な歩法、敵の攻撃を交わすための身体の捻り方、敵に有効打を与えるための型、魔族の急所、そして砕きやすい骨の位置などなど。
槍術では、槍の扱い方の基本型と投げ方を学んだ。特に敵の攻撃を往なす方法と、カウンター突きをするべきタイミングを重点的に教わった。
短剣術は、二刀流での戦い方と投擲方法を学んだ。そもそも短剣はリーチが短くて不利になりがちだから、防御よりの戦い方を重点的に学ぶことになった。魔法を発動させるまでの繋ぎって感じの使い方だね。あとは、あんまり使いたくないけど、暗殺の仕方とか……。
最後の弓術は、弓の扱いになれるというよりも、フレイムアローのような矢を象った魔法をより使いこなすために教わった。そうしてイメージを固めることで、より本物の弓矢に近い形で魔法を発動させることができるかもって期待したんだよね。遠距離攻撃なら、消耗品の弓矢よりも魔法の方が私には合ってるしね。
アベルさんとの鍛錬が終わったら、夕飯を食べる。この時はお父さん、お母さん、それにアベルさんとマリアさんも一緒にだ。そして私の修行の進捗を報告し合って、今後の方針を決める会議の場にもなっていた。いつも私だけ置いてけぼりにされて、ちょっと寂しかったりする。
そして夕飯を食べ終えたら、最後はマリアさんの治癒魔法講座の時間が始まる。
光属性魔法でも攻撃よりの魔法はお母さんに教わっているけど、治癒魔法だけは別扱いにしている。
なんでかと言うと、治癒魔法だけは自分の体内、もしくは相手の体内に直接魔力を流し込む、ちょっと特殊な発動方法になっているからだ。
そして治癒魔法には大きく分けて二つ種類がある。一つは怪我を治すヒール、もう一つは病気や毒、状態異常を回復するキュア。
ヒールは有栖の知識を活用することである程度使えるんだけど、キュアはそう簡単には扱えない。
この世界にはどんな種類の病気や毒があるのかを正確に知らないと治療できないし、ましてや状態異常なんて有栖の知識では空想世界のものでしかない。当然、幼いアリスが知っているはずもない。
なので治癒魔法のエキスパートであるマリアさんに、そういった知識を教えてもらうのだ。それに、知識を教えるだけなら妊婦さんでも出来るってことらしいからね。
……そして恐ろしいことに、実践訓練としてマリアさんが出産する際には立ち会って、痛みを軽減させたり、もし難産なら切開となるからその治療をしてくれと言われた。
それ、絶対5歳児にやらせちゃダメだと思うんだけど、そう思うのは私だけなのかな?
マリアさんの授業が終わったらすぐ家に帰って、お風呂に入ってからベッドに潜り、気絶するように眠る。
こうやって修行内容を思い出してみると、お父さん、娘を溺愛し過ぎて最強の女の子を作り上げようとしてない? って思うほどに詰め込んでるよね。
そんな生活を続けていたら、あっという間に二年の月日が流れてしまった。
私は7歳になり、遂に"適性検査"を受けることになる。
サリィの手掛かりは、未だ掴めていない。