第二十八話 ネゴシエーターアリス
「混血吸血鬼だと……? ということは。サラが言っていた吸血鬼というのはお前のことだな?」
私が吸血鬼だと名乗った途端、興奮状態だった魔族達の態度が幾分か軟化した。
「サラちゃんからどう話を聞いているかは知りませんが、彼女達を助けると約束した吸血鬼は私です。ですので今一度問います。話を聞いてくれませんか?」
私がそう問いかけたその時だった。
「おいおい、まさかアリスが本当に吸血鬼になってるとか、そんなのってあるか? しかも人形を預けたフランツまで倒しちまってるし、こりゃいよいよ俺が直々に相手しなきゃいけないってことか? そりゃねーぜ」
瞬きする一瞬の間に、突如目の前に男が現れた。黒いタキシードに身を包んだその男は、手に持っていたパイプをぞんざいに放り捨てて頭を抱えた。
その英国紳士のような格好とはあまりにも不釣り合いな荒っぽい言葉使い。何故だかそれを聞くと、頭の奥がチクリと痛む感じがする。
この声、そして口調。何処かで聞いたことがある気がするんだけど、全く思い出すことが出来ない。
しかもこの男、私のことを知っているみたいな口振りをしている。名前まで知ってるし、一体何者……?
「気をつけて有栖君。あの男、得体が知れないわ。あの魔族達を扇動していたのもアイツよ」
なるほど、この男が怪しいと思った私の目に狂いは無かったんだね。そして彼はフランツ侯爵と繋がっていることを自白している。
「まさか、芹奈ちゃんから武器を取り上げたのって……」
「ベルマン子爵よ。急進派だから警戒はしていたんだけど、まさか魔族と繋がっているとは思わなかったわ」
それはそうだろう。急進派は特に魔族を憎んで滅ぼそうとしている連中なんだし、やはりベルマン子爵は洗脳されていると見て間違いないと思う。
「そのベルマン子爵は今どこに?」
「分からない。最後に見たのは二時間くらい前、息子のマルコと一緒に私の剣を持って歩いているのを見たわ」
うわー、あの○フォイまで一緒にいるのか。しかも勇者の剣を持ち歩いてるとか、何か企んでいる気がしてならない。
「こそこそ話してんじゃねーよかわい子ちゃん達。お前話があるとか言っておきながらいつまで待たせんの?」
「そ、それは申し訳ないですけど、貴方も聞いてくれるんですか? 何やら先程は物騒なこと言ってましたけど」
私がそう言うと、タキシードの紳士(?)は大きな溜息を吐いた。
「だーかーらー、俺は直接ドンパチするのは嫌いなんだっての。相手が野郎なら躊躇しねーが、女の子を殴る趣味はねーんだよ。まあ命令だからやるにはやるんだが、冥土の土産に話くらいは聞いてやらないとお前らが気の毒だろうが」
……こいつ、思いっきり冥土の土産とか言いなさったんですけど。私達のことは殺すの確定ってことですかそうですか。
「……貴方がその気ならそれはもういいです。私は貴方ではなく、後ろにいる魔族の方々へ話をしに来たんですから。時間がいただけるなら有り難く使わせてもらいます」
私はこの巫山戯た調子の男を放って置いて、魔族の集団に向けて語りかける。
「皆さんは、人間によって不当に拉致された捕虜達を助けに来た、それは間違いありませんか?」
「その通りだ。……だが、間に合わなかった。私の娘は、既に息絶えていた。到底許せることではない」
先頭に立つ、先程まで芹奈ちゃんを殴っていた魔族の男が猛烈な殺気を放つ。私があの牢で見た、幾人かの遺体の親族だろうか。
もし自分がその立場だったなら。私の両親や芹奈ちゃん、そしてカミラちゃんがあんな目に合わされていたら。
そう考えるだけで、胸が痛くなる。あの光景を見たからこそ、如実に想像できてしまうんだ。
「……そんな顔するなよ吸血鬼。お前が悪くない事くらい、分かってるさ」
「でも、私はそんな苦しみの中に立つ貴方達を止めるためにここにいるんです。だから、私もある意味同罪なのかもしれません」
私の言葉に、魔族達は酷く混乱した様子を見せる。彼らからすれば、私が敵なのか味方なのか曖昧なのだろう。
「でもこれだけは伝えたいんです。今回の拉致事件は確かに許し難いですし、私だって腑が煮え繰り返りそうなくらいです。だからって、矛を向ける先を間違えてはいけません。貴方達が王都で暴れて無関係な人間達を殺してしまえば、同じ苦しみを、そして憎しみを生み出してしまいます」
それは、考えるだけで胸糞悪くなる未来。
「それは連鎖を繰り返し、きっと止まらない殺戮が繰り広げられることになります」
「だからってこの怒りをぶつけぬまま引き下がれと? その様な綺麗事を並べるためにお前は来たと言うのか、吸血鬼」
魔族の男は、深い溜息を吐いて私を睨む。
「勿論、こんな綺麗事が通用する程、貴方達の恨みは小さくはないでしょう。ですがよく考えてみてください。ここで貴方達が新たな憎しみを生んでしまったことが原因で、折角助け出したサラちゃん達が再び命の危険に晒されるんですよ? つまり大人達の勝手な都合のせいで、既に心に深い傷を負った子供達に追い討ちをかけてしまうんです」
私は息を整えながら、必死に訴えかける。
「だから皆さん、どうか無関係の方を巻き込むのはやめてください。貴方達が剣を向けるべき相手を間違えないでください」
そう、私だって捕虜の理不尽な扱いを見れば犯人を許すことは出来ない。そしてその犯人の大半がお貴族様であることを考えれば、人間の法で裁くことは難しいだろう。
だから私は、矛先を元凶に集中させることにしたのだ。
「……つまり、我々に復讐の機会は与えるということだな?」
「はい。それを止めることは、もはや誰にも出来ないと思っています。私に出来るのは、復讐の連鎖が起きないようにすることだけです」
魔族の男は私の心を見透かすように、暫く真っ直ぐ私の目を見つめてからフッと肩の力を抜いた。
「分かった。お前の言う通り、無関係の人間には手を出さないでおこう。人間の命など知ったことではないが、子供達がこれ以上傷つく事は看過できんからな。だが」
彼は私の横に立つ芹奈ちゃんをグッと睨み、まるで風圧のように重たい殺気を放った。
「そこの勇者は殺させてもらう。それは無関係でも無ければ数多くの同胞を斬った明確な敵だ」
……やっぱり、誤魔化しきれなかったか。
あわよくば芹奈ちゃんからも手を引いて貰おうと思ったけど、それは流石に甘かった。でも、これは想定内だ。
「それは分かっています。ですがその前に、まずは子供達を拉致した犯人をどうにかした方が良いと思います。勇者を殺したところで、拉致被害は無くならないんですよ? 勇者の相手をすれば貴方達には少なくない犠牲が出るでしょうし」
「……お前には、その犯人とやらは分かっているのか?」
魔族達は殺気を引っ込めることなく、私を威圧する。でも、本気で怒ったカミラちゃん程の怖さはない。
「当然、分かっていますよ。王都の急進派貴族のケラー子爵、ベルマン子爵、フランツ侯爵は間違いなくこの事件に関わっています。ですが」
私は、魔族達のすぐ側でニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら立つタキシードの男を指さした。
「彼らは少なからず、洗脳されていると思われます。そこにいる男の手によって。そうですね?」
私の言葉を聞いたタキシードの男は、堪えきれないといった様子でゲラゲラと汚い笑い声を上げる。
「ひーっ、笑った笑った。黙って聞いてれば何の証拠もなく洗脳した犯人呼ばわりたぁ恐れ入った。少なくともフランツの野郎と繋がりがあったことだけは否定できないがなぁ?」
「それだけではありません。捕虜達を独自に城内へ通していたケラー子爵の家から貴方が出てくるのを見ました」
私がそう言うと、彼はつまらなそうに唾を吐いた。
「見られてたのかよ。俺としたことが全く気付かなかったぜ。お前実は暗殺者とか向いてんじゃねーの?」
「興味ないのでパス。とにかく、今言った急進派の二人は特に魔族との敵対心が強い。それなのに魔族である貴方と関わりを持ち、その上明らかに魔族の手によって作られた人形を人間が作ったものだと思い込んでいた。この時点で、洗脳ないしは思考誘導されていたことは確定的だと思います」
私は言いながら、体内を循環していた魔力の一部を体外へ放出する。それだけで、魔族の多くは立っていられずに次々と膝を付く。
「貴方はフォルトをドラゴンに襲わせた人ですね? そして私、或いはカミラちゃんを仕留め損なったから、今回は人間を使って私達を始末しようとした。フランツ侯爵に人形を持たせたのはその為だ。その裏で魔族の子供達を急進派に拐わせ、魔族に憎しみを植え付けて王都を襲わせた。ついでに勇者まで殺せれば一石二鳥どころじゃない大儲けって寸法かな?」
この中で芹奈ちゃんを除いてただ一人、私の魔力に当てられても平然と立つタキシードの男は、私の推理を聞いて子供のように弾けた笑顔で笑った。
あの反応、これ以上誤魔化す気はないみたいだね。
「流石は転生者ってか? まさか頭まで回るとは思わなかったが、やっぱり油断できねぇヤツだぜ。……確かに俺がアイツらを洗脳した犯人だ。この短時間でそこまで答えを導くとは驚いたよ」
彼は呆れたように手を振って、それから己の顔を鷲掴みにして覆面を取り払うように破り去る。そして現れたのは、見覚えのある商人の顔。
「ご褒美だ。封印した記憶、一部解除してやるよ。これが素顔って訳じゃあないんだが、お前にはこの顔じゃねぇとネタバラシにならないからな」
その顔を見た瞬間、欠けていた記憶のピースがあるべき所へ嵌まっていった。
そして恐怖する。彼の記憶は私の中から、余りにも綺麗に抜け落ちていたからだ。思い出した今ならば、その異常さがとてもよく分かる。
彼と出会ったのは、【カルムの街】から【要塞都市フォルト】へ向かう道中だった。レッドグリズリーの集団に襲われていたところを、私とカミラちゃんが助けたんだ。
そしてフォルトに向かってギルドに入って、模擬戦をやって……。
そこで、記憶が途切れている。
誰にも気付かれることなく、私達の前から姿を消したその商人の名は……。
「レオさん……、なんですか?」
彼は、あの日フォルトで見せたのと同じ笑顔でニヤリと笑った。




