第七話 決闘
私が村に帰った日から一週間が経った。だけど、未だにサリィの行方は掴めていない。それどころか、サリィを拐ったであろう魔族の情報さえ出てこない。
焦りだけが強くなるけど、何をすることもできない。それがもどかしくて、いっそ自分で探しに行こうとしたらお母さんにあっさり見つかってこってり絞られた。
お父さんもより一層気合を入れて捜索してくれたけど、結局成果が出ないまま更に一週間が経ってしまった。
そして遂に。私の我慢メーターは限界を迎えた。
「お父さん、お母さん。今回ばかりは私も引けないよ。私もサリィを捜しに行く!」
「……でもね、アリスはまだ5歳なのよ? まだ自分の身の回りのことも出来ないのに生きていけるの?」
「だから、それは……。でも出来るし、生きていけるから! だから私はあの日生きて帰ることができたんだし!」
あの日とは勿論、サリィに崖から落とされた日のことだ。魔法だって使えるようになったし、食料だって自分で獲って調理した。更には有栖のサバイバル知識まであるんだから、なんとかなる自信がある。
「まあアリスの気持ちは分かるんだがな……。ここはちょっと心を鬼にするしかないか。エレナ、ちょっとアリスを借りるぞ」
「……まあ、仕方ないわね」
「え? あ、ちょっと」
私は突然お父さんに抱き抱えられ、そのまま庭まで連れて行かれた。そして優しく降ろされたかと思ったら、子供用サイズの木剣を渡される。
え、何この展開? もしかして我が儘言いすぎてボコボコにされちゃうテンプレ展開だったりする?
「お父さん、もしかしてだけどこれって」
「そうだな、決闘だな。いやぁ、アリスと決闘できるなんて夢のようじゃなくて、今のお前が魔族に立ち向かうのは無謀だってことを、俺が直々に教えてやる」
今本音漏れてたよね!? そしてやっぱりそういう展開になるんだね……。いくらなんでもAランク冒険者が5歳の女の子にすることじゃないよねこれ。
しかも剣を渡されたところで、私は剣術なんて習ったこともないしどうしろと?
「それじゃあ、お母さんが投げたコインが地面に付いたら始めるのよ〜」
何故か嬉しそうに審判役をやっているお母さんがそう言って、いつの間にか手に持っていたコインを弾いた。
「って、私まだ心の準備が!?」
私の嘆きも虚しく、無常にもコインは落ちていく。こうなったら、やるしかない。
私はすぐにでも魔法を発動できるように、魔力の流れを最適化する。まずは、お父さんの動きを止めるところからだ。そのためには、強風を吹き付けて走れなくすればいい。そして避けられた時のために浮遊魔法も使う。
私がそんな作戦を決めた直後、コインが地に落ちた。その刹那、お父さんの姿がブレた。
「……っ!?」
10メートルは離れた間合いにいたはずのお父さんは、気付くと目と鼻の先にいた。とんでもない速さだ!
私はすぐさま事前に準備しておいた風魔法を発動させる。しかしお父さんは少し走るのが遅くなった程度で、近接戦が出来ない私にとっては足止めにすらなっていない。
同時に発動させた浮遊魔法のおかげで、お父さんの剣筋をギリギリで躱すことができた。嫌な汗が背を伝う。流石はAランク冒険者、とんでもなく強い。
私はお父さんが剣を振るう姿を初めて見たけど、こんなにも速いだなんて思いもしなかった。普段はあんなにデレデレしてるのに、ギャップが凄い。
「まさかこれを躱すとは、流石に俺も予想できなかったな。それにその魔法、まさか無詠唱? なるほど、俺の娘は神童だったか……」
お父さんは私に攻撃を躱されたというのに、心底嬉しそうに笑った。こっちはヒヤヒヤしてるのに、なんか余裕そうでちょっと腹立つなぁ。
だからちょっと驚かせてあげるとしよう! あの日創ってみた、鹿さんを意図せず仕留めた魔法。それをやり過ぎないように出力を調整して放つ。
「それじゃあ私からもいくよ! フレイムアロー!」
あの時よりも風魔法の出力を抑えることで、一般的な弓矢よりちょっとだけ速い程度の速度で火矢を放った。
お父さんは一瞬驚いたような顔をして、しかし次の瞬間には忽然と姿を消していた。そこに小さなクレーターだけを残して。
ゾワリと全身を駆け巡る悪寒に震えた私は、とっさに浮遊魔法を解く。その瞬間、いつの間にか私の背後に跳んできていたお父さんの剣が振られて私の髪を掠めた。
いやいや、全く見えなかったんだけど! お父さんの動き速過ぎない!?
地面に降り立った私は次の魔法を発動させるために魔力を集中させようとして、気付いた時には私の首筋にお父さんの木剣が突きつけられていた。
「勝負有り、だな」
完敗だった。正に、手も足も出せなかった。いくらお父さんが近接戦が得意な剣士で、私が遠距離戦が得意な魔法使いだからって言い訳にはならない。
もしこれが魔族との実戦だったなら、私の首は跳ね飛ばされていたんだから。
私は力なく、その場にペタリと座り込んだ。
「……完敗だよ、お父さん」
テンプレ展開だとか言って、こういう流れになるんだろうなと予想していて。それでも実際に剣を突きつけられた時に感じた、明確な死のイメージ。それだけで私の心は、踏みつけられた木の枝のように、あっさりと折られてしまった。
「アリス、お前にはまだ早いと思って言っていなかったんだが、もし魔族領へ赴くような依頼を受けたり、それこそ潜入してサリィを探すのなら。まずはAランク以上の冒険者にならなければならないんだ」
お父さんによると、少人数で魔族領に潜入するのはとても危険なことだそうだ。それは当然私も予想していたけど、まさか数少ないAランク冒険者でないと行けない程だとは思っていなかった。
しかも、そのAランク冒険者でさえ、魔族領からの生還率は五分五分といったところらしい。だからよっぽどの理由がなければ魔族領に潜入するなんてしないし、これがサリィ捜索願いの進捗が芳しくない理由でもあった。
「お父さんとお母さんもね、昔行ったことがあるのよ。迷子の捜索依頼を受けてね。……でもその時、お母さん達は大切な仲間を一人失ったわ」
仲間を失ったということは、つまり死んでしまったということだ。あれだけの強さを誇ったお父さんと、同じくAランク冒険者であるお母さん。そして驚いたことに、サリィの両親であるアベルさんとマリアさんまで一緒のパーティーだったらしい。
実力者が5人も集まって、それでいて犠牲が出てしまった。その事実はとても重たく、私にのしかかってきた。
お父さん一人に負ける程度の力で、魔族に拐われたと思われるサリィを捜し出す?
どう考えても不可能だった。
「……すまなかったな、アリス。でもこれが現実なんだ」
お父さんが少し顔を歪めながら、座り込んだままの私に手を差し出す。
そうだ、これが現実だ。ちょっと魔法が使えるようになっただけの5歳児には、到底無理な話だったんだ。
……でもね、私はこの程度で諦められる人間ではないんだよ。
「ううん、私の見立てが甘かったんだよ。教えてくれてありがとう、お父さん」
私はその手をがっちり掴んで立ち上がる。そしてお父さんの目を真っ直ぐ見つめて、言葉を紡ぐ。
「でも、私は諦めたくない。だからお願いします。私に、魔族と戦う術を教えてください」
するとお父さんは空いている方の手で自分の胸を抑えて、プルプルと震え出した。微かに「尊い……」と聴こえた気がするけど、多分気のせいだ。
しばらくそうして悶えていたお父さんだが、一度ゆっくり深呼吸をして私の目を真っ直ぐに見返した。
「お前の熱意は伝わった。そもそも、いつかは戦い方を教えるつもりだったから問題ない。ただし、俺だけじゃなくエレナやアベル、マリアにも教えを乞うんだ。特にアリスは魔法がメインの戦法になるだろうしな。俺は魔法なんて殆ど使わないし、そこら辺はエレナやマリアの得意分野なんだ」
「そうね。お父さんは脳筋だから、そこはお母さんがフォローするわ」
……それは、願ってもない話だ。Aランク冒険者4人に教えて貰えるのは、とても心強い。だから私は一も二もなく頷いた。
「ありがとうお父さん、お母さん。よろしくお願いします」
私はそう言って、ペコリと頭を下げた。その瞬間満面の笑みを浮かべたお母さんに抱きつかれ、頬が緩みまくってるお父さんに頭をわしゃわしゃと撫でられる。
「親バカだなぁ、二人とも」
私は二人に聞こえないようにそう小さく呟いて、でも自然と笑ってしまうのが抑えられなくて。私はそれを隠すように、お母さんの胸に顔を埋めるのだった。