第十九話 ケラー子爵家
さっきの怪しい英国紳士がいない今、私達を止められる者などいないのだ。と調子に乗りながら、私達は"霧化"を使ってまんまとケラー子爵家へ侵入することに成功した。
とはいえ警備はかなり厳重だったし、窓にも全て鍵が掛かっているなど決してケラー子爵家のセキュリティーが悪かったわけではない。相手が悪かったのだ。
これだけ簡単に侵入出来ちゃうと、あの紳士を警戒しすぎてた感じもしてくるよ。とはいえ、バレたら一巻の終わりだったから仕方ないんだけどね。
さて、問題はここからだ。相変わらず"霧化"状態では移動速度が遅過ぎるので、今は二人とも子供の姿に『擬態』している。この姿用の服ならマジックバッグに沢山ストックがあったから、買わずに済むのも大きかった。
あ、子供の姿と言っても、勿論新たに作り出した誰でも無い平均顔にしてあるよ。手配書が回っていて元の顔は知られている可能性が高いし、見ず知らずの他人の顔を借りるのは罪を被せてしまうことになるから避けたい。
そしていくら『擬態』しているといっても、姿が丸見えの状態で現実世界とかいうマップのないクソゲーを攻略するには、どうするべきか。
使用人の数も少なくないし、一瞬の油断が命取りになる。ここはあんまり時間をかけないためにも、手分けして手掛かりを探した方が良さそうだ。
「(ここからは手分けして動こう。カミラちゃんは二階を探ってもらっていいかな?)」
「(仕方ないですね。分かりました。何かあったらすぐに"霧化"か"影使い"で逃げてくださいね)」
私は頷いて、すぐ側にあった部屋へ霧になって扉の隙間から侵入する。カミラちゃんはどうやら影を上手く伝いながら二階に上がって行ったようだ。流石は純血、影の使い方が上手い。
今私が侵入した部屋は、どうやら客間のようだった。先程まであの英国紳士がいたのだろうこの部屋には、タバコの臭いが満ちていた。
パイプって絵にはなるけど、中身はタバコなんだもんね。しかもフィルターとか通していない葉っぱそのものの臭いってこともあって、かなりキツい。
でも彼がいたのなら、何かしらの手掛かりが残されていてもおかしくない。幸い人もいないようなので、身体強化で聴覚を強化した上で実体化して辺りを物色することにした。
机の上は綺麗に整理されていて、既に片付けられた後だとすぐに分かった。特に書類もないし、手掛かりになりそうなものはない。
壁際にあるアンティーク調のチェストの引き出しや本棚を調べても、やはりめぼしい物は何もなかった。
考えてみれば、ここは急進派の連中以外の客人をも迎え入れる部屋だ。そんなところに何かを隠してたりはしないか。もしあの紳士を追っていなかったら、片付けられる前のそれらを見る事ができたかもしれないけど、今となっては後の祭りだ。
私はすっぱり諦めて隣の部屋を物色する。そこは使用人達の控室で、やはり何もなかった。
一階には他に大広間、晩餐室、遊戯室があったけど、何処にも魔族との繋がりを示すものは無かった。
やはり、一番怪しいのは寝室か書斎、特に書斎が怪しいと思う。寝室は使用人の出入りが激しいし、隠したいものがあるなら仕事の場である書斎に隠すのが一番合理的だ。
私がそう思って一階の捜索を諦めかけたの時。ガラガラと金属の歯車が立てる音を、強化した耳が捉えた。
これは、ケラー子爵家が持つ城門が開いた音なんじゃないかな? そう判断した私は、小柄な体を利用してチェストや壺の影を使って使用人の目を避けながら屋敷の裏口を目指した。
何回か危ない場面はあったけど、なんとか"霧化"を使って難を逃れる事ができた。ス○ークへの道は遠いなぁ。
そうしてなんとか城門が見える位置まで来た私が見たのは、目を疑う光景だった。
そこには、一頭の馬では引ききれない程大きな荷馬車があった。そのためか、使われている馬は二頭だった。
しかし問題はそこではない。外見からは中の様子が見えないようになっているその荷台からは、啜り泣く声や泣き叫ぶ声が響いているのだ。
……芹奈ちゃんの予想は大当たりだった。急進派のケラー子爵は、魔族の捕虜を独自に捕らえている。
しかも城門の開く音が妙に小さくて、この距離でも聴力を強化しないと聞き取れなかった。そんなの、疾しいことありますって白状してるようなものだ。
カミラちゃんは気付いていないみたいだし、そうでなくても怪しい書斎のある二階の捜索はしてもらいたい。ここは一人で対処で対処する必要がありそうだね。
さーて、一体どうやって助け出したものかな?
とはいえ、あれだけ大きな荷馬車は王都の狭い道を通ることは出来ないだろうし、だからといってあれだけ泣き叫んでる捕虜を堂々と連れ回すとは思えない。
必ず何処かに一時隔離するはず。その時を狙わないと。そう決めた私はすぐにカミラちゃんに連絡を取った。
「(カミラちゃん、今大丈夫?)」
「(あ、はい大丈夫ですよ。何か見つけましたか?)」
この反応、思った通りカミラちゃんは城門が開いたことに気付いてないみたいだ。
それから私は何があったのかをカミラちゃんに説明した。相変わらずの暴挙に怒りを隠せないでいたけれど、グッと堪えて話を聞いていてくれた。
「(カミラちゃんは引き続き二階と三階も調査をお願い。私はあの捕虜達を助ける)」
「(それは構わないですけど、危険ではないですか? その捕虜達も同じ牢に閉じ込めるのなら、後で助けても同じという考え方もできますけど)」
確かにそういう考え方もできる。だけどもし、他にも牢があったら? もう二度と、あの捕虜達を助ける事ができなくなるかもしれない。
私達が調査を始めてから、都合良く新たな捕虜が運ばれてきただけとは考えにくい。本当はサラ達だけでなく、もっと沢山の捕虜がいて他の牢屋に閉じ込められている可能性は大いにあるんだ。
「(そういうことなら、分かりました。……その子達をお願いしますね)」
「(任せて。今回こそは、上手くやってみせるよ)」
私はカミラちゃんとの『念話』を切り、再び状況を確認する。捕虜達は目隠しと猿轡をされた状態で荷台から降ろされる。そして鞭を持った数人の男達に何度も叩かれながら、屋敷の中庭へと引き摺られていく。
あんな所に連れて行って、一体どうするつもりなんだろう?
私が物陰に隠れながら様子を伺っていると、鞭を持った男が何やら茂みの辺りをゴソゴソと弄り始めた。
するとまたしても歯車が回る小さな音が響き、中庭の中心部に穴が空いていく。いや、あれは穴じゃなくて、地下への階段かな?
まさかあんなとんでもない仕掛けが中庭にあっただなんて、全然分からなかった。
私はすぐに"霧化"して、最後尾にいた男に着いていく。そして隠し扉がゆっくりと閉じられ、地下空間に置かれていた燭台に火が灯された。
男達はそこで捕虜の人数を確認したり、おそらく地下道のものと思われる地図を広げたりしている。ここに私という異物が紛れ込んでいることにも気付かずに。
私は覚悟を決めて、"霧化"を解除する。周囲に薄く広がっていた粒子が一箇所に集まり、実体を表していく。
突然姿を表した私を見た男達は、皆阿呆みたいに口を開けて固まっていた。それはそうだろう。今私は『擬態』を使わっておらず、背丈も150cmそこそこにまで伸びている。そして口元から長く伸びた牙が、見た者に私の正体が何かを瞬時に悟らせる。
「きゅ、吸血鬼……!?」
「悪いけど貴方達の悪事、ここで終わりにさせてもらうね」
私は口元を釣り上げて妖艶に笑い、掌を男達に向ける。
さあ、宴の始まりだ。




