第十七話 見える筋道
「(急進派の連中が怪しいっていうのは分かった。でも、どうしてこんなことをしたんだろう?)」
私が率直な疑問を投げかけると、カミラちゃんが伏し目がちになって答えた。
「(それは名前の通りだと思います。戦争とは直接関わりの無い子供や弱っている大人を拐ってきて監禁する。こんな理不尽を魔族の人達が知ったら、どうなると思います?)」
その言葉に、怒りに我を忘れたカミラちゃんの姿を思い出す。
成る程、それで魔族を暴走させて戦局を一気に変えようとしているのか。多分、怒りに我を忘れた相手なら簡単に倒せると踏んでるんだろうな。
でも正直、その考えは甘いとしか言えない。銃や剣のように技術が物を言う武器が主体の戦場なら、効果はあるかもしれない。でもこの世界にはもう一つ、魔法がある。
人は魔法を使う時、無意識にその威力をセーブしている節がある。仲間を巻き込まないようにだとか、周囲の環境に影響を与えてしまうとか、そういった雑念が邪魔をするのだ。
でもそのリミッターが怒りによって外れてしまったら、寧ろ不利になると思う。
……そうだ、人間が不利になるんだ。
「(カミラちゃん。フォルトのスタンピードは確か、ドラゴンの卵を盗んだ魔族が人間に罪をなすりつけたことで起きたんだったよね?)」
「(はい、それは間違いありませんけど、どうしてその話を?)」
と、そこまで言ってカミラちゃんも気付いたみたいでハッと目を見開いた。唯一人分かってない芹奈ちゃんから雑念が流れ込んでくるけど、無視して話を進める。
「(今回の件、共通している事が多いと思うんだ。人間を悪者にすることで敵の怒りを買って不利な状況に貶めるそのやり方。自分で手を下さずに他の勢力を使って敵を攻撃する陰湿な手口)」
「(はい。そして私とアリス姉さんを嵌めたのも、もしかしたら同じ魔族の仕業かもしれません)」
「(ちょ、ちょっと待ってどういうこと? 話がサッパリ見えてこないんだけど……)」
私は話についてこれずにいる芹奈ちゃんに、フォルトで起きたことの一部始終を伝えた。
「(その魔族なら、少なくともカミラちゃんが吸血鬼だってことを知っているはずなんだよ。そしてカミラちゃんは吸血鬼の生き残り。もしあの時の魔族が吸血鬼を滅ぼそうとした魔人族と同じ考えを持っていたなら、人間に処刑させるように仕向けた可能性も高いと思うんだよ」
もし処刑に失敗しても、王都の内部で吸血鬼が暴れれば人間の勢力は内部から崩れて、戦争を有利に進められるしね。
当然何の証拠も無いし、ただの想像でしかない。でも、筋は通っていると思う。そしてもしこれが当たっているのだとすれば、その魔族はベルマン子爵を含めた急進派のお貴族様と接触していることになる。
そして、サブクエストだと思っていた捕虜救出作戦も、メインミッションの重要な一部分だったことになる。もしあそこでゼノに連れられ捕虜と出会っていなかったら、詰んでいたかもしれないのだ。
「(そういうことね……。分かった、わたしは出来る限り急進派について探りを入れてみる。保守派や穏健派の暗部に頼めば、色々情報を拾ってくれると思うから)」
「(お願いします。私達は先程言っていた貴族に絞って調査してみます)」
「(う、うん。あれ、この子ってこんなに聞き分け良かったかしら? いつもはもっと攻撃的だったというか、嫌われていたような気がしたけれど)」
芹奈ちゃん、考えてることダダ漏れですよ……。カミラちゃんは額に青筋を浮かべながらもなんとか歯を食いしばって怒りを抑えているっぽい。なんかごめん。
「(と、とにかくそういうことだから! 次の定時連絡は明日の夜、この時間くらいということで! 切るよ!)」
私は慌ててそう言って『念話』を切った。折角関係改善の兆しが見えて来てたのに、やっぱり人の心が読めるというのは良いことばかりじゃないよね。
私の好きな旅小説でも、人の痛みが分かる国では人々の絆は崩壊して、相手の心が読めないくらい離れた距離で暮らすようになってしまっていた。
人とは、本音と建前を使い分け、時には本心を隠すことで他人との関係を保つ生き物なのだから。
「(ちょっと待って! 最後に一つ伝えたいことがあるから!)」
すると、まだ切っていなかった『読心術』を通じて芹奈ちゃんの声が聞こえてきた。
「(ごめん、もう終わりかと思って切っちゃった)」
私はカミラちゃんを介さず、芹奈ちゃんとだけ『念話』を繋ぎ直した。当然『読心術』も、私としか通じていない。
「(それはいいんだけど、大事なことだったからね。……明日の早朝、王都の教会の屋根にある見張り台みたいな所に二人のマジックバッグと女の子用の服を何着か置いておくから、取りに行ってね。わたしの服だから、サイズは『擬態』? を使って調整して欲しいかな)」
「(えっ、マジックバッグ取り返せたの? 一体どうやって……)」
本当に物凄く大事なことだった。正に今私達が欲しいもの全てを、既に準備してくれていると言うのだ。この短時間で、凄すぎる。
「(これでもわたしは勇者だからね! 味方もいっぱいいるんだよ?)」
どうやら、レイさん達が芹奈ちゃんに協力したことでバッグの奪取に成功したらしい。あの時彼女は芹奈ちゃんを羽交締めにしてたから味方かどうか分からなかったけど、あれは単純に騒ぎを大きくしないための行動だったのかな?
「(とにかく助かるよ。ありがとう。明日からどうしようかずっと迷ってたところだったから)」
「(どういたしまして。明日からも頑張ろうね、有栖君)」
「(うん。それじゃあ、また明日)」
私は今度こそ『念話』と『読心術』を切って、ふぅと一息ついた。すると、カミラちゃんが何やらジトーっとした目で私を睨んでいることに気が付いた。
「最後、何話してたんですか? 凄く幸せそうな顔をしていましたが」
あ、なんかすごいデジャビュ。
「せ、芹奈ちゃんが私達のバッグを取り返してくれたらしいんだよ。あと、明日から着る服も準備してくれたみたい」
「……流石は勇者といったところですか。正直、助かります。でも、負けませんよ」
カミラちゃんはそう言うと、私の小さな身体をギュッと抱きしめた。甘い吐息が首筋にかかってくすぐったい。
……というか、少し息が荒い気がするんだけど気のせいかな?
「アリス姉さん、言いましたよね? 我慢できなくなったら言ってくださいって」
突然何を言い出すんだろう? と思って首を傾げて記憶を探る。我慢できなく……、あっ、まさか吸血衝動!?
「ちょ、ちょっと待ってカミラちゃん! まだ昨日吸ったばっかりじゃなかったっけ? もう吸いたくなっちゃったの!?」
「"霧化"したり何度も『擬態』したりしましたから。魔力を一気に使いすぎたんです。だから仕方ないんです。……嘘ですけど」
「嘘なの!? ってひゃわあああ!?」
それから私は、カミラちゃんにたっぷりと吸血されてしまうのだった。
……私がどうなったかって? 一体何のことでしょう?
「乱れたアリス姉さんも、とっても可愛かったですよ。キスもお上手でしたし」
「言わないでーっ!!」
こんな非常時でさえ全く気にならなくなってしまう吸血鬼の吸血衝動、恐るべし……。




