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転生少女は異世界で旅に出ます  作者: 沢口 一
第一章 転生編
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第六話 記憶

 私は、オルゴールから流れる綺麗な音色に耳を傾けながら、サリィからこれを受け取った時のことを思い出していた。


『アリス、お誕生日おめでとう』


 サリィは照れて顔を真っ赤にして、そっぽを向きながら私に可愛く梱包された箱を差し出した。私は満面の笑みでそれを受け取り、ありがとうと言ってサリィに抱きついた。


 サリィは最初逃げ出そうと暴れていたが、少ししたら諦めたのか大人しく私にハグされてくれた。しばらくして解放すると、サリィは恥ずかしげにもじもじしながら、綺麗な黒髪を指でくるくると巻き付けていた。


『まあ、喜んでくれたならよかったけど……』


『うん! これからずっと大切にするね!』


 私がそう言うと、サリィは更に顔を赤くして俯いてしまった。そしてごにょごにょと何かを言っていたが、聞き取ることは出来なかった。


『どうしたのサリィ?』


『い、いいから早く開ければって言ったの!』


 サリィは自分が渡したプレゼントを指差しながらそう言って、ぷいっと横を向いてしまった。


『え、いいの? それじゃあ開けちゃうよ?』


『だからいいって言ってるでしょう? ってもう開けてるじゃない』


 私はサリィの返事を待たず、丁寧に包装紙を剥がして中身を取り出した。ワクワクしながら取り出したそれは、手のひらサイズの綺麗な木造りのオルゴールだった。


 裏側には、『親愛なるアリスへ。親友のサリィより』と掘られている。私は文字が読めないけど、サリィがそう教えてくれた。ネジを巻いてメロディーを奏でると、サリィがいつも歌っていた曲が流れ出す。


 曲名は確か……、えっと、忘れちゃったけど。


 私は、オルゴールが奏でるメロディーの美しさに思わず息を呑んで聴き入っていた。そして曲が流れ終わると、私はサリィに向き直った。


『こんなに素敵なプレゼント、初めてだよ。本当にありがとう!』


 私がそう言うと、サリィは横に向けていた顔をこちらに向けて優しく微笑んだ。


『喜んでくれて良かった。どういたしまして』


 その時のサリィはとても可憐で、私は不覚にも見惚れてしまっていた。今でも鮮明に思い出せる。あの少し切長で、美しい黒色の瞳を持つ目を、ツヤツヤでいつまでも触っていたくなるような真っ直ぐで長い黒髪も、小さく整った鼻の形も、ぷっくりと柔らかそうな薄桃色の唇も、その全てを。


 ああ、会いたいな……、サリィ。


「ほら、やっぱり泣き止んだ」


 お母さんの声で、ハッと我に帰る。気付けば、オルゴールは止まっていた。


「お母さん、そのオルゴールね。サリィからの誕生日プレゼントだったんだよ? 覚えてない?」


 私がそう言うと、お母さんは困った様に首を傾げてお父さんを見た。お父さんは少し考えるような仕草をして、しかしやっぱり首を横に振った。


「そのオルゴールの箱の裏にね、サリィからのメッセージが書いてあるんだ。『親愛なるアリスへ。親友のサリィより』って。読める?」


 オルゴールを差し出しながらそう言うと、お母さんはそれを手に取って裏側を見た。そして目を見開いてお父さんに渡した。


「確かに、そう書いてあるわ。それも、とっても綺麗な字でね」


「ああ、これは驚いた。しかし5歳児がここまで綺麗に書けるものなのか?」


 日本では子供の頃から字を習うから識字率なんて考えたこともなかったけど、この世界の識字率はとても低い。なぜなら、基本的には必要ないからだ。


 口で説明すればいいだろうということで、そもそも必要だと思わない人が多いのだ。勿論、冒険者やギルド職員は依頼書なんかを書いたり読んだりする関係で文字は読めるし、商人も帳簿を作ったりするから文字は読める。


 でも、それ以外の人は基本的に数字しか読めないのだ。


 ちなみにお貴族様は話が別で、書類仕事がメインであることから識字率100%。さっきのはあくまで庶民の話だね。


「私は字を読むことも書くこともできない。だからそれは私が書いたものじゃないし、書いてある内容を知っているのは教えてくれた人がいるってことになるよね?」


 私は自分が読み書きできないことを盾にしてサリィの存在を訴えた。すると、お父さんは少し青い顔をして頷いた。


「……確かに、サリィという女の子は実在するらしいな。しかしそうなると、状況はかなり悪いかもしれない」


「そうね。もし本当なら、魔族が関わっているかもしれないものね」


「魔族……?」


 なに、この世界魔族なんているの? 少なくともアリスとして過ごした日々でそんなの聞いたことがない。有栖の記憶ではライトノベルや漫画の中で見たことはあるけど、現実味がないというか。


 既に魔法なんてものが存在して扱うことまでできているのだから、今更だけども。


「ああ、魔族っていうのは端的に言えば人間の敵だ。この国の西側には魔王が治める魔族領ってのがあってな、もう何百年も人間と戦争状態にある」


 お父さんの説明によると、魔族は邪神『アジ・ダハーカ』の加護を受けた種族で、魔物をも使役する危険な存在らしい。更にはその全員が闇属性の魔法を扱うのだという。


 闇属性の魔法は人間が絶対に扱うことができない属性であり、とても強力らしい。しかも光属性以外の全ての属性に有利というチート性能。その上光属性魔法の殆どは治癒系統の魔法になるから、たった一種類の魔法しか使えない種族なのに人間に対して絶対的に有利を取ってくる。


 ならどうして人間が負けていないかというと、まず数の違い。魔族は何百年と生きる長命種なので、出生率がとても低い。つまり、一人倒れるだけで大きな損害となる。


 もう一つは、王都で行われる勇者召喚。なんと異世界から勇者を呼び寄せる儀式が、何度も行われているらしいのだ。ただし勇者はこの世に一人しか存在できないという制約があるため、先代の勇者が何かしらの理由で倒れない限りは次の勇者召喚を行えない。


 そしてなんと、つい先月その勇者召喚が行われて新たな勇者が召喚されたらしい。


 ……って、話が逸れたね。


「それで、どうして魔族が関わってるって思ったの?」


 私が小首を傾げて尋ねると、お父さんは顎に手を当てて少し唸った。これはお父さんが考え事をしている時の癖だ。


「実はな、闇属性の魔法の中には記憶を操作するものがあるんだ。更には標的を一瞬にして無に帰すものなんかも存在する。……つまり、サリィは魔族に連れ去られ、その際に邪魔となる俺たちの記憶を操作して、誰にも後をつけられないようにした可能性がある」


「そんなことが……」


 記憶を操作するなんて、考えられる限り最強の魔法だと思う。敵の記憶を書き換えれば寝返らせることだってできるだろうし、今回みたいな完全犯罪のような誘拐だって可能なんだから。


「でもねアリス、魔族だからって誰もが使えるわけではないのよ。かなり高位な、幹部クラスでもないと無理ね」


「そうだな。それにアリスを襲ったというレッドグリズリーだが、調査隊に調べてもらった結果、確かに痕跡が途中で消えていた。こうなると、高度な闇魔法によって消されてしまった可能性がある。レッドグリズリーを消滅させるなんて、一介の雑魚魔族なんかにゃ不可能だ」


 村人全員からサリィの記憶が消えたこと、そしてレッドグリズリーの消失が、闇魔法と魔族という存在によって繋がった。


 ……こんなの、もう殆ど決まりじゃない。


「でも、なんで私は記憶操作を受けていないんだろう?」


「サリィだったか、その娘がレッドグリズリーに襲われた形跡がない以上魔族が現れたのはアリスが崖下に落とされた直後だ。だとするなら、アリスは魔族に気付かれなかったんだろうな。その時アリスは村にいなかったんだから」


 全ての辻褄が合った瞬間だった。つまりサリィは魔族に連れ去られ、その魔族が村のみんなから記憶を消してしまったんだ。何故サリィを連れ去ったのかは全く分からないけど。


「それか、考えたくはないんだが……、いや、これはやめておこう。とにかく俺は予定通りギルドに行く。そこでサリィの捜索依頼を出しつつ、俺自身も情報を集めることにする」


 お父さんはそう言って、駆け足で部屋を出て行った。


「そういうことだから、あとはお父さんに任せてアリスは寝ていなさい。今日はお母さんがずっと一緒にいてあげるから」


「……でも」


「でもじゃありません。それにこれだけ手が込んだ誘拐をしたってことは、魔族もサリィちゃんを殺すことはないでしょう?」


 確かに、殺すだけならその場でレッドグリズリーもろとも消してしまえばいいし、わざわざ村人の記憶から消す必要もない。


「わかった。お父さんが帰ってくるまでじっとしてるよ」


 私が観念したようにそう告げると、お母さんは優しく私の頭を撫でてくれた。それが気持ちよくて、私はもっと撫でてとお母さんにすりすりと甘えた。


 お母さんは一瞬悶絶しそうになって、それでもプルプル震えながら撫で続けてくれた。時折りぶつぶつ何か言っていたけど、それらは終ぞ私の耳に届くことはなかったのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] オルゴールって、とても高いように思えるけど、またこんな村で売っているとも思えない。どの様にしてサリィは、手に入れたんだろう?
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