第三話 吸血
「んっ! んーっ!!」
私が抗議の意味を込めてカミラちゃんの肩をバシバシと叩くと、ようやく彼女は重ねていた唇を離した。
い、息が出来なくて死ぬかと思った……。
「ぷはっ! カ、カミラちゃんこれはどういう……!?」
意味が分からずに目を白黒させている私を見ながら、カミラちゃんは艶かしく微笑み、ペロリと唇を舐める。
気付くとその姿は以前に一度だけ見た大人の姿に戻っていて、八重歯は鋭く尖り、背には翼も生えている。
それだけじゃない。なんと私の『擬態』も解けて、身長と牙が伸びていた。
吸血鬼にはなったものの、未だに闇属性の魔法を全く扱えていない私の『擬態』は、カミラちゃんが行なっている。
どうして今それを解いたのかは分からないけど、トロンとした表情で顔を紅潮させているのを見れば、普通の状態では無いことくらいは分かる。
「わらひはぁ! アリスねぇさんのことが、ずっと、ずーっと大好きなんれす! それなのに怖いらなんて、ひどくないれすかぁ!?」
ぜ、全然呂律が回ってない! さっきまで何てこと無かったのに、まるでお酒に酔ってるみたいな……。
「ねぇさん、聞いてるんれすかぁ? わかんないならぁ、何度でもわからせてやりますれす」
「えっ、ちょっ、むぐっ!?」
カミラちゃんはそう言って再び唇を重ねてきた。貪るように何度も啄む激しいキスに、私はジタバタと暴れるも抜け出せない。
そしてこの時、私の身体から僅かに魔力が奪われていくのを感じた。
……もしかして、私の魔力が原因で酔ったのかな?
そういえば私も吸血鬼にされたばかりの時、まるで酔っ払ったようにぼーっとした頭で、カミラちゃんの血を求めた。正確には、多分その中に含まれる魔力を。
もしかしたら吸血鬼の魔力は、吸った相手を酔わせる効果があるのかもしれない。
私がその事に気付いた、次の瞬間。カミラちゃんの口から私の口に、少しだけ魔力が流し込まれた。
変化は劇的だった。
突然視界がぼんやりと桃色に染まり、頭がぼーっとして難しいことが考えられなくなってくる。
……あ、ヤバい。私も、カミラちゃんが欲しくて堪らなくなってきた。
カミラちゃんの唇が離れた僅かな隙を突いて、私はお返しとばかりに彼女の唇を奪う。何度も何度も啄んで、魔力を吸い上げていく。
ああ、甘くて美味しい。もっと、もっと沢山欲しくなる。こんなんじゃ全然足りないよ。
でも口から吸い取れる魔力はこれが限界。ダメだ、もう無理、我慢できない……。
私は、本能のままカミラちゃんの首筋に牙を突き立てた。彼女の身体がビクッと震え、私が新たに付けた穴から血が流れ出す。一滴も無駄にしないように、私はそれを舌で舐めとっていく。
「んっ、ふっ……、あはっ、美味しい♪」
「ふあっ、ね、ねぇさんそれは……、ひぅっ!」
カミラちゃんは身体を捩って私から逃げ出そうとする。ダメ、まだ足りない。まだ飲みたい。
だけど完全に酔って力の入らない手足では捕まえていられず、簡単に逃げ出されてしまった。
「も、もうねぇさんは欲張りさんなんれすからぁ。お返しれす!」
「ひうぅっ!?」
今度は私がカミラちゃんに噛まれてしまった。私の口から聞いたこともないような甘い悲鳴が飛び出し、身体がピクピクと痙攣する。
一瞬だけチクリとした痛みを感じたけれど、その後のこの、経験したことのない感覚はなに?
「ふふっ、ねぇさんの血、とーっても美味しいれすよ♪」
「ひゃっ、やめっ……、ふぁあ!?」
そのまま両手両足でガッチリホールドされた私は、そのまま地面に押し倒される。
そして首筋から全身に伝わる言いようのない快感に、身体がビクンと震える。ダメ、この感覚に身を任せたら、私おかしくなっちゃう……!
「ま、負けて……んっ、たまるか……!」
「ふにゃあ!?」
私はカミラちゃんの頭を掴んでどうにか引き剥がし、代わりに彼女の首筋に牙を突き立てる。
こうして私達は、欲望に身を任せて何度も何度もお互いの血を吸い続けた。まるで獣のように、理性を失って貪り合う。
そしてそれは、どちらとも無く深い眠りに落ちるまで続けられるのだった。
◇
「ご、ごめんなさいっ! 私、昨日はとんでもないことを……!」
翌朝、目が覚めて早々にカミラちゃんは茹で蛸みたいに真っ赤な顔で何度も頭を下げてきた。
最初は寝ぼけて何のことだか分からなくて首を傾げるしかなかったんだけど、目が覚めてくると昨日のアレを思い出してしまって、恥ずかし過ぎて土が付くのも構わず地面をゴロゴロ転がってしまった。
というか私達、こんなただの森の中であんなことしてたの!? テントの中ですらないし、誰かに見られてたらどうする気だったの!?
「は、恥ずか死ぬ……」
「うぅ、ごめんなさいぃ」
吸血鬼の酔いは、お酒より酷いかもしれない。飲んだことないから分からないけど、あれだけ乱れておきながら記憶がある程度残っているせいで、恥ずかし過ぎて死にたくなってくる……。
それにキャンプ地が道から結構外れた位置だったから良かったものの、一歩間違えば吸血鬼バレの一大事になっていたかもしれなかった。
「きゅ、吸血鬼が同胞の血を吸わずに、必ず他種族の血を吸う理由が分かりました……」
カミラちゃんは両手で顔を覆って、自分の頭に水球をバシャバシャとぶつけて頭を冷やしていた。そんな物理的に冷やしても意味ないと思うんだけど……。
それでも一定の効果はあったみたいで、顔は真っ赤だけどなんとか普通に話が出来るようになったカミラちゃんは、何が起こったのか教えてくれた。
吸血鬼の魔力には、それを吸収した相手を魅了させる力があるらしい。これは吸血してる相手が逃げないようにするためなんだとか。相手を骨抜きにして、その間に血液をたっぷりと堪能するわけだ。
カミラちゃんは、まさかそれが同じ吸血鬼相手にも有効だなんて思わなかったみたいだね。吸血鬼になる前の私から吸血した時には問題無かったみたいだし、そのせいで油断したのもあるんだろうけど。
そしてお互いに魅了が効いてしまうとなれば、昨日みたいに周りも見えずに際限無く吸血し合う無限ループが発生してしまうわけだ。
そりゃ他種族からしか血を吸わなくなるよねと納得して、そしてふと思い出した。
「……あれ、そういえば"血の契約"にはお互いの血を飲まなきゃならないって制約があったような」
「あっ、そういえば……」
私とカミラちゃんは顔を見合わせ、そして大きな溜め息を吐いた。
どうやら、本格的に今後の対策を考えないといけないらしい。




