第二話 吐露
そう思っていた時期が、私にもありました。蓋を開けてみると、カミラちゃんの魔法講座はスパルタそのものだった。
まず教え方に容赦がない。怒鳴ったりとかはしないんだけど、フワッとした言い方をするというか、抽象的な言い方をするというか……。
頭の中に?マークが浮かぶ中、無理矢理魔法を使っては暴発を繰り返す。そのせいで何度もじゃもじゃアフロ頭になったことか……。
『キュア』で治せるからいいけど、折角の綺麗な髪の毛が台無しになるって、これはカミラちゃんに何度も怒られた。ちょっと理不尽だと思う。
それでも一日でなんとか薪に火をつけるくらいの魔力制御は出来るようになった。でも、実戦とかで殺意を持って振るう魔法の制御が出来るかはちょっと怪しい。
今はめっちゃ集中して制御する時間的余裕があるけど、戦闘中はそうもいかない。咄嗟に放った魔法が暴発したら、味方を巻き込む大惨事になるかもしれない。これからは実戦形式の練習もしていかないとだね。
と、課題は残しつつもまあまあな成果が得られたカミラちゃんの魔法講座初日が終了し、夜を迎えた。
テントを設営し、カミラちゃんが温度調節したお風呂に入ってから、私達は焚き火を囲って紅茶を飲んでいた。
私は思わずチラチラとカミラちゃんの様子を挙動不審に窺ってしまう。緊張で胸の魔石が熱くなり、体温が高くなるのを感じる。
……今日こそは、私の秘密を話すんだ。
フォルトの冒険者ギルドで、私はカミラちゃんと約束をした。そして、彼女は私に秘密を打ち明けてくれた。
私を吸血鬼にしてしまったからという事情があって、話さなければならなくなったというのは分かってる。
それでも、彼女一人に秘密を話させておいて自分は何も言わないっていうのは卑怯な気がしてならない。
……めちゃくちゃ緊張する。有栖が好きな女の子に告白した時と同じくらい緊張する。
「ね、ねえカミラちゃん。フォルトに着いてギルマス達と模擬戦をした日にしたお話、まだ覚えてる?」
私がそう言うと、カミラちゃんは顎に人差し指を当てて上を向く。そして何かに気付いたような表情で私を見た。
「もしかして、アリス姉さんが抱えている秘密のお話ですか?」
「うん。カミラちゃんは話してくれたんだし、私だけずっと黙っとくのも何か違う気がして、さ」
話していて気恥ずかしくなり、熱くなった頬をカリカリと掻く。
「無理して話さなくてもいいとは思いますが……。でも、アリス姉さんが話すべきと決めたのならお聞きしますよ。そして約束します。どのようなお話でも、私は絶対にアリス姉さんから離れることはありません。寧ろ離しません」
そう言ってカミラちゃんは椅子を持って立ち上がり、私の横に置き直してからちょこんと座った。風呂上がりの女の子特有のフワッとした甘い香りが鼻腔をくすぐる。
そしてフォルトにいた時も思ったけど、やっぱり距離感が近いというか、もはや身体が触れそうなくらいなんだけど、やっぱり気のせいじゃないのかな?
そのせいで近くに見える白く綺麗な首筋と、そこに空いた二つの小さな穴。今は『擬態』で二人とも7歳児の姿をしているけれど、この穴は隠すことができないらしい。
これは一生短髪にすることはできないね。寒い日は服で誤魔化せるけど、暑い日は髪で隠す他ないだろうし。
……と、現実逃避で全く関係ない事を考え始めた頭をブンブンと横に振ってリセットし、改めてカミラちゃんに向き直る。
「ありがとう。それじゃあ話すね。私の過去、そして星川有栖と呼ばれた哀れな男の物語を」
私は、カミラちゃんに全てを話した。
森の中で重傷を負いながら前世の、星川有栖としての記憶を思い出したこと。
前世の世界には魔法なんて無くて、代わりに科学と呼ばれる技術が発達していたこと。そして、その知識を使って独自の手法で魔法を創ったこと。
星川有栖は17歳の男の子で、告白に失敗して、そのショックを抱えたまま海で溺れて死んでしまったこと。
……やっぱり、自分が元は男だったことを伝える時には、声が震えてしまった。覚悟していたはずなのに、なんて情けないんだろう。
私は全てを話し終えても、カミラちゃんの顔を見る事が出来ないでいた。
カミラちゃんも何も言わず、夜風が木の葉を揺らす音だけが聞こえてくる。
静寂に耐えられず、そのまま風と共に消えてしまいたいと思い始めたその時。彼女は突然私の頬を両手で包み、グイッと動かして目を合わせて来た。
見つめていると吸い込まれそうになる程綺麗なルビー色の瞳が、私を真っ直ぐと見つめている。
「アリス姉さん、一つだけ聞かせてください。とても大切な事なので」
「は、はい……。なんでしょう?」
あまりにも真剣なその眼差しに、思わず敬語が出てしまう。あと顔が近い。カミラちゃんの甘い吐息が私の顔を撫でるくらいには近い。
気恥ずかしくなって顔を逸らしそうになるけど、カミラちゃんの両手がそれを許さない。というか、この細腕のどこにそんな力が……。
「アリス姉さんは、男性と女性、どちらが好みですか?」
「……っ!」
カミラちゃんの真剣な眼差しに、私は息を詰まらせた。
……今まで彼女は、私の事を普通の女の子だと思って接してきた。だから一緒に着替えをしたり、お風呂に入ったりもした。
当然、私に邪な考えがあった訳では断じて無い。だけど、私がそう思っているのとカミラちゃんがどう思うのかは別問題だ。
私が彼女の立場なら、正直気持ち悪いと思ってしまうだろう。「元々思春期の男だったんでしょ? それなら下心があったに決まってるじゃん」と邪推してしまうはずだ。
……それでも私は今までも、そしてこれからも、男性ではなく女性を好きであり続けるのだと思う。
前までは自分が思春期になった時にどうなるか分からなかったけど、今なら分かる気がする。
吸血鬼になった時に大人の姿になったことからも分かるように、私の魂は"17歳の有栖"として成熟してしまっている。だからもう、魂に根付いてしまった本能を変えることはできないんだ。
正直、これを伝えるのは怖い。だけど私は今日、全てを話すと決めた。それにカミラちゃんは何があっても離れていかないと約束してくれた。ここで打ち明けないのは、彼女のことを信じていないと言うのも同じことになってしまう。
だから私は、嘘偽りなく答えた。
カミラちゃんはその答えを聞き、驚いたように目を見開く。
「……アリス姉さん、それは本当ですか?」
「本当だよ。……だから本当にごめん、カミラちゃん。元男のくせに、女の子のことが好きなくせに、一緒にお風呂入ったりとか、私、悪気は無くて……。邪な考えも、全く無くて……。でも、こんなの気持ち悪いよね」
涙で視界が滲んで、カミラちゃんの顔がボヤけて見えなくなる。頬を幾つもの雫が伝っていく。
……怖い。拒絶されるのが怖い。軽蔑されるのが怖い。今彼女がどんな表情をしているのか、それを知ることさえも怖い。
「……怖いんですか、アリス姉さん」
カミラちゃんは、私が震えている事に気付いたのだろう。
私は頷く。
「まったく、仕方ない人ですねアリス姉さんは。私がそんなことで軽蔑するように見えるんですか?」
少しムッとしたような、怒ったような口調で彼女は言う。私は首を横に振るも、溢れる涙は止まらない。
「私はアリス姉さんを一生離さないと言ったじゃないですか。もしそれが信じられないようでしたら、これでも食らえ、です」
「えっと、……んっ!?」
その瞬間私の唇に、何か温かくて柔らかなものが押し付けられた。呼吸が塞がり、驚きで目を見開くと、いつの間にかカミラちゃんの顔が視界いっぱいに広がっていた。
鼻の頭が少しだけ触れ、おでこがくっついてしまう程の至近距離。
何が起きたのか分からずに頭が真っ白になる。その間に、私に押し付けられていた柔らかい何かは一瞬だけ離れ、そして何度か私の唇を啄んだ後に再び重ねられた。
そこまでされて、ようやく理解した。
……私は今、カミラちゃんにキスをされている。




