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転生少女は異世界で旅に出ます  作者: 沢口 一
第三章 紫の夜編
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第二十二話 アリス復活

 私が目を開けると、そこにはカミラちゃんにとてもよく似た少女の姿があった。


 でも、カミラちゃんよりずっと背が高いし、胸だって控えめながら膨らんでいる。それに、あんなに瞳の紅色は強く無い。


 しかもよく見ると、何やら背中に立派な羽根まで生えているし、口元から覗く八重歯はまるで映画とかで見た吸血鬼みたいに鋭い。


 そして何より、この人の白くて美しい首筋から、()()()()()()()()()()()()()()()()……。


 ああ、何故だか八重歯がまるで脈打つようにジクジクとうずく。喉が渇く。頭が段々ぼーっとしてきて、あの首筋しか目に入らなくなる。


「辛いですよね。……いいですよ、アリス姉さん。ほら、ここに牙を突き立てて血を飲むんです。そうすれば、その渇きは収まりますから」


 アリス姉さん……? まるでカミラちゃんみたいな呼び方するんだね、この人は。どう見ても私の方が歳下なのに。


 でも、そんなことは今はどうでもいい。私は今、この人の血が欲しくて堪らない……。


 私は、髪を掻き分けられて差し出された首筋に思い切り噛み付いた。女の人の肩がビクリと震えるけど、私はそれを押さえつけて、貪るように血を飲み続けた。


「ちゅっ、は、……ぁ……んく……」


 ああ、なんて美味しいんだろう。甘くて、まろやかで、嗅ぐだけで頭がクラクラする魅惑的な香り。


「じゅるっ、んっ……はむっ……ぷはっ」


 どうして今までこんなに美味しいものを飲んだことが無かったんだろう。もっと、もっともっと飲みたい。そして出来る事なら、このまま彼女の血の海に溺れてしまいたい。


 私はそう思って更に深く歯を突き立てようとして、そこでハッと我に帰った。


 ……私、何してるんだろう? 慌てて少女から離れて尻もちをつく。彼女の首筋には、私が付けたと思われる二つの小さな穴が空いていて、そこから血が少しだけ伝っている。


 それを見るだけで理性が吹き飛んでしまいそうになるけど、私はその衝動を必死に抑え込んだ。


 ……意味が分からない。


 ドラゴンに圧倒的な実力差を見せつけられた私は、デコピンのような気合いの籠っていない一撃であっさりと殺されてしまったはずだ。


 死んでなかったとしても、こうして無傷でいられるとは到底思えない程強力な一撃だった。それに、どうして私はこの人の血を吸ってしまったんだろう?


 私は前世も含めて人間で、人の血を飲むなんていう狂気的な事をした経験も無ければ、したいと思ったことさえ無かった。


 そして、この未だにうずいている八重歯。触れてみると、その形は鋭く、長さも2cmくらいにはなっているんじゃないかな。


 これじゃあまるで、吸血鬼みたいじゃないか。


「あ、あの……、ごめんなさい私、とんでもないことを……」


 何にしても、私はこんな美しい人の首に傷を作ってしまった。私は慌てて謝りながらヒールで傷を塞ごうとする。


 しかし不思議なことに、出血は止まったもののその穴は塞がらなかった。焦って何度もヒールを使って、しかし治る気配はない。


「ありがとうございます、アリス姉さん。でもこれは私達の契約の証なんです。今は説明している時間はありませんが……」


「えっ、それはどういう……」


 私はそう言って、彼女の顔を見上げ、その背後に、奴の姿を見てしまった。


「ド、ドラゴン……」


 まるで強く喉を掴まれたように、息が詰まる。全力の魔法が全く通じず、あまつさえ殺されかけた私は、その姿を見ただけで全身が震えるのを抑える事ができない。もう既に、魂にまで恐怖心が刷り込まれているのだ。


『ふむ、ヴァンパイアか。絶滅したと聞いていたが、まさか生き残りがいたとはな』


 聴くだけで吐き気が込み上げてくる程のトラウマとなっているその声は、私ではなく、私を庇うように立つ少女に向けられていた。


『我は今、人間に奪われた我が子を探している。心当たりはないか?』


 ドラゴンは何故か、この少女には敵意を見せずにそう尋ねた。少女は緊張した面持ちのまま、一つ一つ言葉を選ぶようにして答える。


「一人、怪しい人がいました。***と名乗る商人風の男です。出会った時には普通の商人だと思ったんですけど、彼は後に私達の記憶を消した上で姿を消しています。そして、記憶を消したということは……」


『なに、犯人は人間ではなく魔族だと言うのか。しかし、その者が我の目をも欺いたとなれば、それは相当に高位な魔族であるということになるぞ』


 強ばった顔に愛想笑いを張り付けている少女に、ドラゴンは訝しげな表示を浮かべる。その態度は、私に向けられたものとは全く違う。


 ドラゴンと人間の間には、一体何があったんだろう。昔に勇者がドラゴンを討伐した事と何か関係があるのかな?


「私も、先程まで忘れていました。しかし***も、私に魔法を使った際に私がヴァンパイアだということには気付いたはずですから、悪事がバレるのを恐れてフォルトを去った可能性が高いと思います」


 少女が誰かの名前を口にする度に、何故かそれは私の耳に入ると意味不明な雑音となって聞こえてくる。


 それが聞こえたところで、私には魔族の知り合いなんていないから、意味なんて無いんだろうけど、どうして私には聞き取る事ができないんだろう?


『なるほど、それでは我が向かうべきは此処ではなく魔族領だということか。情報に感謝する。時にヴァンパイアの少女よ。其処な転生者を我に引き渡しては貰えぬか? 転生者は危険であるが故、若い内に殺しておかねば面倒だ』


 ギロリと鋭い眼光で睨まれ、私は蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまう。でも、不思議と私の心臓は静かで、脈打つ音さえ聞こえない。


 そんな私の様子を見たドラゴンは、驚いたように目を見開き、少女の方を見た。


『おい待て。貴様はまさか、"血の契約"を結んだというのか!? その転生者は、それ程までに信用できる存在だというのか!?』


 "血の契約"が何なのかは分からないけど、あのドラゴンの焦り方は尋常ではない。さっき少女が言っていた契約の証っていうのと関係はあるんだろうか?


「はい。ですから、私はアリス姉さんと一生を共にすると約束しました。それなのに、一人で先に逝ってしまうなんて、耐えられるはずないじゃないですか……」


 少女はそう言って、涙を浮かべながら私を抱きしめる。その手は、ひどく震えていた。


 私は今の一言で確信した。この少女の正体はカミラちゃん本人だ。そして、それはつまり彼女が魔族であるということを意味していた。

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