第二十一話 カミラの覚醒
城壁が崩れる瞬間、カミラはアリスに物理障壁を纏わせ、瓦礫によってアリスが潰されてしまうのを阻止しようとした。
これが功を奏し、アリスは瓦礫の山の下敷きになったもののその重みで潰れてしまうことだけは免れた。
しかし、カミラが彼女を発見した時には、全てが手遅れだった。
手を握れば、まだ温もりこそ残っているものの、それも刻々と冷えていくのが分かる。既に、血が通っていないのだ。
それもそのはず。アリスはドラゴンの攻撃を受けた際、内臓の大半を破壊されていた。表面上の損傷が少ないのは、単にアリス自身そしてカミラによって使われた物理障壁のお陰である。
問題は、破壊された内臓の中に、心臓や肺までもが含まれていることだった。医者に見せれば、誰もが即死だったと診断することだろう。
「そんな……、そんな……っ!」
カミラは大粒の涙を流しながら、アリスの亡骸を抱いた。
カミラは吠える。押しつぶされてしまいそうなほど深い悲しみを嘆くように。何の罪もない愛する人を理不尽に奪われた苦しみを呪うように。
喉が傷付き、血が吹き出すのも気に留めず彼女は叫び続けた。その声は、都市部にいたサキの元にまで届いていたという。
奪われてなるものか。私から、二度も大切な人を奪うというのか。それだけは、絶対に許さない。
……二度? いや、私は物心ついた時から孤児で、何かを奪われた経験なんてない。
でも、それなら何故私は魔族領へ行く事に固執した?
……それは、両親のお墓参りに行くために。
でも、物心付いた時から孤児なら、何故魔族領に両親の墓地があると知っている?
そもそも、何故墓地が魔族領にあるのか。
それに何故私は、頑なにこの事実を秘密にしたがった?
頭の中で、バラバラに崩されていた記憶のピースが、本来あるべき所へ嵌まっていく。
「……思い出した。全部、思い出した」
カミラがそう呟くと、彼女の真紅の瞳が妖しげな光を放ち始める。そして同時に、綺麗に整った綺麗な歯にも異変が生じた。
年相応に短く可愛らしかった八重歯が、長く、そして鋭く伸びたのである。
そして背中には、いつの間にか髪の色と同じ紺青色の、蝙蝠のそれと同じ形の翼が生えていた。
その姿は、魔族の中でも最強種と目される伝説の種族、ヴァンパイアそのものであった。
ヴァンパイア、或いは吸血鬼とは魔法の扱いに最も長けた魔族であり、他の種族と違い闇属性以外にも複数の属性魔法を扱う事ができるのが特徴である。
その代償として自身で魔力を作り出す能力が弱く、その分他人から魔力を奪う必要がある。その際に行われるのが、吸血である。
魔力は血液とともに生体内を循環している。そのため、吸血は魔力を奪うにはもってこいの手段なのだ。尤も、吸血鬼以外の種族は他人の魔力を自身の魔力に変換することができないため、吸血を行ったところで無意味である。
吸血鬼が吸血を行わなかった場合、魔力不足により数年で死に至るが、すぐに死ぬという事はなく、食事のように頻繁に口にしなければならないということはないようだ。
事実カミラは、孤児院暮らしの間は吸血を行なっていなかったにも関わらず生存している。
吸血鬼は、特に人間に危険視されている種族でもある。それは吸血という独特の習性に加えて、闇属性の魔法以外も使えるからである。
先ほどにも述べた通り、通常、魔族は闇属性の魔法しか扱う事ができない。しかし吸血鬼は他属性の魔法を扱うことができるため、人間社会に溶け込むことができるのだ。
実際、そうして内政にまで入り込んだ吸血鬼によって国が一つ滅ぼされたという事例もあるのだ。
幸い近くに人がいなかったため、カミラの姿を見た者はいなかった。もしいたのならば、すぐさまカミラを敵として認識し、攻撃を仕掛けていた事だろう。
そして、吸血鬼にはもう一つ重要な能力がある。
「アリス姉さん、ごめんなさい。私には、もうこれしか思いつきません」
カミラは少し逡巡するように視線を彷徨わせ、それから覚悟を決めてアリスの白い首筋に牙を突き立てた。
溢れる血を舐め取りながら、牙を通じて自身の魔力をアリスの身体に流し込む。その瞬間、二人の身体が血のような赤い光に包まれた。
変化は劇的だった。二人を包む空間を中心に、膨大な魔力の嵐が吹き荒れ、辺りに山積みになっていた瓦礫が全て吹き飛ばされる。
カミラの背丈は150cm程にまで伸び、その顔つきや身体つきも大人びたものとなり、齢の程は17、18歳に見える。残念ながら、胸の大きさはそれ程の成長を見せてはいなかったが。
しかしその姿はこの世の者とは思えない程美しく、男女問わず魅入られぬ者など存在しないだろう。
尤も、吸血鬼の特性である"魅了"によって、耐性のない人間は漏れなく惑わされてしまう訳だが。
変化したのは見た目だけではない。その内に秘める魔力の量、質共に桁違いに高質化している。
今の彼女ならば、アリスが放った『ナパーム』を超える出力の魔法を扱うことさえ可能だろう。
暫くして完全に姿が固定化された後、カミラはもう一度アリスの首筋に噛み付いた。
するとアリスの体内で潰れてしまっていた臓器は殆どが綺麗に修復され、青白く血の気の感じられなかった肌には薄く朱が差した。
しかし、心臓の鼓動は感じられない。それもその筈。心臓は再生されず、代わりに拳大に大きな魔石が形成されていたのだ。
それだけではない。アリスの小さく開いた口から覗く八重歯もまた、カミラのように長く鋭く変化していく。
やがて変化が完全に収まると、アリスの胸が小さく上下し始めた。呼吸が戻ったのである。
そして、アリスはゆっくりと瞼を開く。そこから覗く瞳は、まるでアメジストのように綺麗な紫色に変化していた。




