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転生少女は異世界で旅に出ます  作者: 沢口 一
第三章 紫の夜編
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第十九話 フォルト城壁攻防戦

 要塞都市フォルトの西部城壁では、一進一退の攻防が続いていた。


 ギルドマスターの指示によりこの防衛地点の援護を任されていたカミラは、非常に大きな戦果を上げていた。


「全て押し流してください、『大洪水』!」


 カミラが水属性の上級魔法を詠唱破棄で唱えると、壁外に広がる紫の森を、そこに鬱蒼と聳え立つ木々と同じ高さに迫ろうかと言うほどの多量の水が突如発生する。


 地面を走っていた小さな魔物達は水に浮かべられ、或いは仲間の魔物の下に入り込んでしまって窒息死していく。


「全部消えてください、『ヘルフレア』!」


 カミラは続けて火属性の上級魔法を詠唱破棄で唱えた。その瞬間、半径五メートル程の巨大な火の玉が出現する。


 夜だというのにまるで太陽が昇っているかの如き熱と光が放たれ、辺りにいた兵士達は皆目を背けた。


 カミラはその火の玉を、自分が作り出した水の中に放り込んだ。その瞬間、シュボッ! という猛烈な爆発音と共に、一瞬で水が蒸発した。


 これはアリスが事前にカミラに教えていた、水蒸気爆発を使った広範囲の魔物を殲滅する戦術だ。魔力量がアリスよりも少ないカミラにとっては、これが最も効率の良い倒し方であった。


 既に魔力ポーションを何本も飲みながら、カミラはこれを連発していた。そのお陰もあってか、西側に侵攻していた魔物の大半はほぼ殲滅されていた。


 元より魔境の森に近い北側を除くと、魔物の数、質ともに然程多くはなかった。更にはベヒーモスのようなAランクの魔物も存在せず、スタンピードは順調に鎮圧しつつあったのだ。


 ギルドマスターが援護していた東側も、同じ頃には魔物の殲滅が完了していた。


 彼は自ら壁外へと赴き、紫色の木々ごと魔物を斬り捨てていった。城壁上から見ていた兵士曰く、彼の通った後には新たな道が切り開かれ、そこには血の海が広がっていたという。


 しかもギルドマスターは城壁の様子を逐次観察し、兵士達が放つバリスタ弾や投石の軌道を把握しながら的確に動くことで、広範囲の魔物の同時討伐を可能にしていたというのだから驚きだ。


 魔境の森から最も離れている南側城壁では、既に制圧が完了していた。というのも、現れた魔物の大半はCランクからBランクであり、B+ランク以上の魔物は数える程しかいなかったのだ。


 その代わり、数は異常に多かった。ゴブリンに至っては三千以上、レッドグリズリーやブルーグリズリーなどの熊型魔物も五百以上現れたのである。


 冒険者達が緊急クエストに出向いた時には一匹の魔物にも遭遇しなかったと報告があったというのに、一体何処にこれだけの数が潜んでいたのかと、サキは歯噛みした。


 しかし、低ランクの魔物であれば城壁に設置した兵器で十分に対処が可能だった。サキは指揮官と連携して的確に指示を出し、着実に魔物の数を減らしていった。


 それでも当然数の暴力により、兵器の死角となる城壁真下の位置に魔物が入り込むのは防ぎようがない。


 そのタイミングでサキは兵士を二分し、その一方を率いて自ら壁外に打って出た。そしてこちらでも指示を出しながら、自ら多くの魔物を葬った。


 彼女が扱うのは、二メートルはあろうかという巨大な戦斧。それを身体強化によってまるで剣を振るうがごとく速く、巧みに操る。


 運動エネルギーは、質量と速度の二乗に比例する。つまり、重いものをより速く動かすことによってエネルギーは大きくなるのだ。


 同じ速度で走っているダンプカーと軽自動車では、事故の衝撃が全く違うのと同じ原理である。つまり、剣より遥かに重い戦斧を剣と同じ速さで振った場合、その威力は桁違いのものとなる。


 事実サキが戦斧を振るうたび、魔物は挽肉のように粉々に砕け散っていく。その上あまりにも巨大な斧であるため、一振りで十匹を超える魔物が屠られていく。


 これで冒険者ではなく受付嬢だというのだから、彼女が率いている兵士達がドン引きするのは仕方ないことだと言えよう。


 このサキの働きに加え、後程緊急クエストに出向いていた冒険者が魔物の大群へ後方から襲いかかり、挟撃する形になってからは早かった。


 壁外へ出た兵士から複数の犠牲者は出たものの、こちらでも制圧が完了した。


 そして北側には、ギルドマスターと一対一で勝負をして勝ってしまった天才少女、アリスが応援に駆けつけている。


 これは案外簡単に事が終えられそうだ。誰もがそう思い、至る所で歓声が沸き起こっていた。


 そんな時だった。突然空から何百という数のワイバーンが城壁北側よりフォルトに侵入したのだ。


 何故北側城壁が侵入を許したのか。ギルドマスターが天才と称した少女は一体何をしていたのか。誰もがそんな疑問を抱く。


 状況は最悪だった。要塞都市で使われる兵器は全て壁外に向けて設置されているし、仮に内側に向けていたとしても、一般人が生活する都市部に向かって強力なバリスタ弾を放つわけにはいかず、投石なども以ての外だった。


 つまり、兵器は何一つ役には立たないのだ。しかし一般兵の実力は冒険者で言うなれば良くてBランク程度。指揮官等にはB+ランク相当の者もいるが、そもそもワイバーンは単体でB+ランクの魔物である。


 さらに厄介なことに、当然ワイバーンは空を飛ぶ魔物だ。魔法を使えなければ、攻撃を当てることも難しい。しかし、兵士の中にワイバーンを倒せる程高位な魔法を使える者などほとんど居なかった。


 詰まるところ、大半の兵士達は何をすることもできず、フォルトが蹂躙されていくのをただ見ていることしかできなかったのである。


「み、皆さんは中の人達の避難誘導をお願いしますっ! 私はワイバーンを倒しながらアリス姉さんと合流します!」


 その様子を見たカミラは真っ先に動いた。兵士達に指示を出しながら何十本と『フレイムアロー』を放ち、次々とワイバーンを撃ち落としながらアリスのいる城壁の北側へと走った。


 巨大な要塞都市フォルトを囲う城壁は非常に大きく、すぐには辿り着く事ができない。もどかしい思いをしながらも、カミラは必死に走り、ワイバーンを倒し続けた。


 しかし、壁外の魔物の対処で魔力を使いすぎていたカミラの持つ魔力回復ポーションは、既に底をつきかけていた。


 魔力が尽きるのが先か、アリスの元へ辿り着くのが先か。カミラは冷や汗と涙を流しながらも、その足を止めることはない。


 一方、城壁東側ではギルドマスターが一人でワイバーンを葬り続けていた。彼は"紫電"を用いた近接戦闘を得意とするが、それ以上にワイバーンに効果的な攻撃手段を持っている。


「吾輩、そして城壁を守る兵士達皆の力、受けてみるがよい」


 ギルドマスターは、鞘に収めた"紫電"を目にも止まらぬ速さで抜き放った。


 その瞬間、炎、水、風のあらゆる魔法が発動し、居合いの衝撃波と共に広がっていく。その一振りで、三十ほどのワイバーンが討たれた。


 "紫電"には、その刀身に受けた魔法を威力を下げて何度も放つ能力と、その魔法の魔力総量分斬れ味が増す能力を付与されている。


 それ故にギルドマスターは、東側城壁にいる兵士達全員の魔法を受け、戦いに挑んでいるのだ。


 一人一人の魔法は弱く、ワイバーンに致命傷を与えることはできない。しかし百人を超える兵士達全員の力を集約すれば、その限りではない。


 しかしこの居合切りにも弱点がある。それが射程の短さだ。城壁の上から放っていたのでは、既に街の中心部に入り込んでしまったワイバーンを倒すことはできない。


「この一帯のワイバーンの殲滅は完了した。これより吾輩は都市部へ向かい、ワイバーン討伐を行う。兵士諸君は住民の避難誘導を行うのだ。既に少なくない被害が出ている。早急に動くのだ!」


 ギルドマスターはそう指示を出し、フォルトの高い建造物の屋上や煙突を伝って街へと繰り出していった。


 この間にも、ワイバーンの苛烈な攻撃は続いている。城壁からの支援攻撃が届かなかった中心部の建物の多くは倒壊し、アリス達が食事や買い物を楽しんでいた屋台も、その殆どが破壊されている。


 既に未曾有の魔物災害が起きてしまったと言っても過言ではない状況であり、民は自身の住まいが襲撃されないことを祈ることしかできなかった。


 しかし彼らはまだ知らない。北側城壁で今何が起きているのかを。


 ドラゴンという、神話級の災害がフォルトに迫っていることを。

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