第十六話 紫の森
私達はギルマスに連れられて城壁に登り、外の様子を見て愕然とした。
そこには、無惨にも禍々しい紫色に変化してしまった森が広がっていた。もはや普通の色の木を探す方が難しいくらいで、それだけ魔物がフォルトに近付いているってことになる。
まさか、表門側も含めて全方向がこうなってたりはしないよね? もしそうだったら、高ランク冒険者がいない今なす術はない気がする……。
「よもやこれ程とは思わなんだな。アリス、君は裏門上の城壁より魔法で兵士の援護を頼む。カミラは西側を、吾輩は東側をそれぞれ援護するのだ」
「わ、私が一人で援護を……」
カミラちゃんはそう呟いて、自信無さ気に俯いた。思えば、カミラちゃんは一人で魔物と戦ったことはないんだよね。
それを言ったら私もそうなんだけど、私と違ってわずか一月にも満たない魔法講座で習得したに過ぎない魔法に自信が持てないのは仕方ないのかも。年季が違うってやつだ。
「大丈夫だよ。今回は城壁の上からの援護に徹するから背後を気にしなくていいし、それに大勢の兵士さんと一緒に戦うから」
「その通りだ。君は決して一人ではない。不安があるなら周りを頼ることもまた強さなのだと知るがよい」
ギルマスはそう言って、豪快に笑った。正直笑っている場合ではないんだけど、それでカミラちゃんがやる気になってくれるなら私も笑おう。はっはっは。
「……もう、笑わないでくださいよ」
カミラちゃんはプクッと頬を膨らませてジト目で睨んできた。可愛いだけなので全然威圧感はないけど、とりあえず謝っておく。
「それでギルドマスター、南側の防衛はどうするんですか? 一応魔境の森とは反対側ですけど、おそらく城壁の設備だけで耐えられるとは思えません」
「そこはサキに任せることとする。彼奴はB+ランク相当の実力を持っている故にな。フォルトを離れたくないという理由で受付嬢をしているが、立派な戦力だ」
あー、通りで良い身体付きをしてたわけだ。いや、如何わしい意味では無くて。
これでとりあえず、全方位に対して一人ずつ援護を送ることができる。
そうと決まればここに留まっている場合ではない。ギルマスはすぐに近くの兵士にサキさんへの伝言を頼み、持ち場へと向かって行った。
私はというと、マジックバッグからポーションをいくつか取り出してカミラちゃんのマジックバッグに放り込んだ。
「カミラちゃん、今夜は多分何回も上級魔法を使うことになると思う。だから魔力回復のポーションを多めに渡しておくね。必ず無理しないで、魔力切れの症状が出て倒れる前に飲むこと。いいね?」
「わ、分かりました。でも、アリス姉さんの分のポーションはあるんですか?」
「二本はあるから大丈夫。私、魔力量は多いみたいだから。知ってるでしょ?」
私がそう言ってニカリと笑う。正直言って不安はあるけど、そうも言ってられない状況だからね。
「とにかく、何か問題が起きたらすぐに私のところに来てね。命大事に、だよ?」
「分かりました。アリス姉さんも、絶対に死なないでくださいね」
「もちろん。約束したからね」
私とカミラちゃんは頷き合ってグータッチをし、それぞれの持ち場に飛んでいく。旅に出てから初めてカミラちゃんと離れ離れになったから、どうしても不安になってしまうけど、頬を叩いて誤魔化した。
それから城壁の上にいた、兵士達を指揮している男の人に声をかけた。
「すみません、冒険者ギルドから派遣されてきたアリスと言います。状況を教えてもらってもいいですか?」
私がそう言うと、その指揮官さんは子供が来たことに驚いたのか目を見開いたけど、特にそのことに追及することはなく状況を教えてくれた。
「応援感謝する。私は北側城壁一帯の指揮を任されているカイドという。現在フォルト城門より距離400メートル付近において大規模な魔物の群れが観測されている。群れは主にゴブリン、ケルベロス、オルトロスで構成されており、更にベヒーモスが至る所にいることも確認されている」
「な、なんですって!?」
オルトロスはまだいい。ケルベロスから首を一つ減らしたような見た目の犬の魔物で、ランクはB。当然ケルベロスより頭も悪いし、対処は難しくない。
問題はベヒーモスだ。慌てて城壁の外を見ると、確かにうじゃうじゃいる。
ベヒーモスは巨大な牛のような見た目をしたAランクの魔物だ。
……そう、Aランク。同ランクの冒険者が一対一で挑めばなんとかギリギリ倒せるかなというくらいの、最強格の魔物。
それが見える範囲だけで軽く二十はいる。余りにも大きな体で木々を踏み倒しながら移動しているので、森にはいくつもの新しい道が作られている。
「これは、ギルマスでさえ厳しいだろうな……」
想像を遥かに上回る規模のスタンピード。カイドさんは流石の性根の持ち主で冷静を保って指示を出しているけど、辺りの一般兵達は皆絶望的な顔をしている。
私も正直、あの数のベヒーモスをどうにかできる自信がない。というか、こんな事態想定してなかったし、仕方ないんだけど……。
とにかく、今のままでは士気が低すぎて勝てるものも勝てなくなる。ここは一発、どデカい花火を打ち上げるとしますかね。
「カイドさん、私に魔法を使う許可を下さい。まずは雑魚を散らして、味方の士気を上げる必要があると思うんです」
私がそう言うと、カイドさんは頷いた。
「分かった、許可する。しかし、そのような事が可能なのか? 貴女は雑魚と言うが、ベヒーモス以外の魔物も決して弱くはないのだぞ」
まあ、有栖が読んでた漫画のバーロー探偵も、子供の言うことなんて信じてもらえないからって変声機を使ってたくらいだし、やっぱり簡単には信じてもらえないみたいだ。
「それは、今から証明して見せますよ」
私はそう言って不敵に笑ってから、眼下に広がる紫の森を見下ろす。そして一度深呼吸をしてから魔力を操作する。
今回発動するのは、最近多用している『紫炎』ではない。あれは威力こそ凄いけど、当たらなければ意味がない。それは、足を噛みちぎられた時にも実感した。
だからもっと広範囲に、確実に影響を与えられる魔法を選択する。しかしこれは、この世界に元々存在していたものではなく、私が有栖の記憶を元に創ったもの。
イメージするのは、ナパーム弾。ナフサとナパーム剤を混ぜたゼリー状の液体を充填した、油脂焼夷弾。
東京大空襲でも使われた非人道的な兵器で、私的には核爆弾並みに最悪な爆弾だと思ってる。
その特徴はやっぱり、油を使った焼夷弾だってこと。これのせいで一度燃え移った火は中々消えず、油と反発するせいで水をかけても消火できない。
しかもその燃え続ける性質上大量の酸素を消費するから、すぐに酸素不足による不完全燃焼が発生して、一酸化炭素をも大量発生させる。
こんなもの許されるわけもなく、戦時国際法で使用が禁止されている。まあ、当たり前だよね。
でもだからこそ、今この圧倒的劣勢を覆す力がある。私も当然人相手に使う気は全くないけど、相手が魔物なら話は違う。それに、やらなければやられるんだ。
ただ、一応確認は必要かな。
「カイドさん、今森に降りて戦っている兵士さんっていますか? それか魔境の森に行った冒険者さんとか」
「いや、魔境の森に発った者はいないし、我々とて生身で森の中に入るような無謀なことはしていない」
それなら、大丈夫かな。ここは私達がレッドグリズリーを倒した街道とは反対側だし、緊急クエストに行っていた冒険者達もいないはず。
私は腹を決め、魔法を発動させた。
「……殲滅しろ。『ナパーム』」
その瞬間、鼓膜が破れそうになる程の轟音が響き、空がまるで夕焼けのように紅く染まった。




