第十三話 魔境の森
魔境の森って言っても、他の森とどうやって区別してるんだろうなとずっと疑問だったんだけど、今こうして見てみると凄く簡単に見分けることが出来るんだなと思い知らされた。
宿をチェックアウトした後、私達は魔境の森に向かうためフォルトの裏門から壁外に出た。
この裏側は魔境の森まで徒歩で一週間程という危険地帯。それ故に街道も整備されておらず、基本的には魔境の森へ向かう冒険者のみが使う城門らしい。
この時Cランク冒険者ながら門番さんがアッサリ通してくれたのは、ギルマスの根回しのお陰だろうね。
そこからはカミラちゃんと二人で浮遊魔法で飛んでいき、そして二日後には魔境の森の入り口を見つけたのだ。
「な、なんなんですかここ……。どうして、も、森の木が全部紫色なんですかぁ?」
「しかもこの臭い……。獣臭いというより腐敗臭みたいな感じで凄く嫌だね」
そう、魔境の森は見た目から普通の森ではなかった。明らかにある場所を境に木々の色が変わっている。
どうしてこんな色になっているのかは分からないけど、入るのを躊躇わせる不気味さというか、気持ち悪さがある。
そして何より臭い。腐敗臭っていうと腐った卵のようなとか温泉みたいな臭いを想像するかもしれないけど、本当の腐敗臭っていうのはそんな臭いではない。
有栖が昔海釣りをしていた時に海亀の死体を見たことがあるんだけど、その時に感じた刺激臭ととてもよく似ている。
強いて近い臭いを表すなら、クサヤが更に腐ったような、とかチーズが腐ったようなとかそんな感じの臭いだ。
私はすぐに、自分とカミラちゃんに物理障壁を嗅覚に限定して使用した。臭いを防ぐ程度なら、魔力消費はかなり抑えることができる。魔境の森に挑む冒険者は皆そうしているって情報を、門番さんが教えてくれていたのが功を奏した。
「あ、ありがとうございます。私、もうダメかと思いました……」
「キッツいよね、これ……。今度物理障壁の扱いも教えるけど、この森の中ではちょっと解除したくないかな」
それより、問題はこの腐敗臭の原因が何なのかだ。
これが森の中に夥しい数の死体があるってことじゃなければ、ゾンビ系の魔物がいる可能性がある。
お父さんに聞いた話だと、この世界のアンデッドの脅威レベルは異常に高い。最低ランクのゾンビでさえBランク、もっと高位な魔物がアンデッド化したものになるとAランクにまでなると言われている。
その特性は単純で、火属性と光属性の魔法しか効かないこと。物理攻撃は殆ど通じず、しかも大体が群れで行動するという厄介さ。
動きは遅いものの、通じる攻撃手段が少ないというのはそれだけで脅威だ。それに、魔法しか効かないとなると魔力切れを起こした場合には死を待つのみとなってしまう。
「カミラちゃん、ここからは魔力の消費を最低限に抑えよう。アンデッドがいるかもしれないから」
「は、はい分かりました。アンデッド……、うぅ、出来れば会いたくないです」
私も会いたくないよ……。魔石は取れるけど素材は取れないなら換金率悪いのに危険だし、嫌われているだけはある。
「とにかく、先に進むしかないね。これだけ強烈な臭気がするなら魔物は多そうだし、沢山狩ってAランク目指すぞー!」
「お、おー……」
こうして、私達はのっけから意気消沈しながら魔境の森へと足を踏み入れたのだった。
◇
「……痛っ、カミラちゃん!」
「はいっ! 『ヘルフレア』!!」
カミラちゃんが火属性の上級魔法を詠唱破棄で放つと、私がヘイトを集めていた数十もの魔物が一瞬で灰燼と化す。
「……っ! そこ!」
それから私が、藪に隠れていた魔物の集団へ一斉にファイヤーボールを放って、一匹残らず息の根を止める。
魔境の森にはいってから僅か一時間。私達は、この森がかつて経験したこともない異常地帯だってことを思い知らされていた。
「これで、な、何体目ですか……?」
「もう百は軽く超えてると思うよ。雑魚ばっかりだからいいけど、いくらなんでも数が多すぎだよ」
そう、僅か一時間の間にそれだけの数の魔物に遭遇し、私達はそれを殲滅していた。魔石の回収くらいはしたいけど、それすら追い付かないほどの魔物の数。
足元には大量の魔石がジャラジャラと転がっていて、正直邪魔なくらいだ。
「殆どがゴブリンだったけど、たまーにスライムも混じってたね。
「スライムって、強いんですか?」
「かなり強いよ。触るだけで皮膚を溶かされるから、絶対に近付かないでね」
「と、溶かすんですか!?」
この世界のスライムは、RPGゲームで出てくる敵キャラみたいな雑魚では決してない。物理攻撃は通じず、触れたものを何でも溶かすB+ランクに相当する危険な魔物なのだ。
スライムやアンデッドのような魔法しか通じない魔物ががいるからこそ、冒険者は必ず魔法使いを加えたパーティー行動をすると言っても過言ではない。
「見つけたらすぐに魔法で倒せば大丈夫だよ。ただし、上級魔法以上の威力じゃないと倒せないかもだから気をつけてね」
「早くも魔力切れが心配になってきましたよ……」
私達はそんな泣き言を言いながら魔石を拾い集める。この僅かな魔物がいない時間を有効活用しないわけにはいかない。
魔石を持って帰らないと、いくら倒してもその証明方法がなくてポイントにならないからね。
しかし、悠長に何分も魔石拾いをさせてくれる程、この森は甘くない。
「カミラちゃん、次きたよ!」
「ま、またですかぁ!?」
私は足音が聞こえた方へ即座にフレイムアローを放った。そして響く魔物の断末魔。しかし足音の数は減ることはなく、むしろどんどん増えていく。それはまるで地震のように地を揺らし、立っているのが困難になる程。
……まずいね、思ったより大物が釣れてしまったみたいだ。
そこにいたのは、三つの首を持つ二メートル程はあろうかという巨大な犬の魔物、ケルベロスだった。
単体ではB+ランクの魔物なんだけど、厄介なのはその群れで襲ってくる性質。三つの脳を持つケルベロスは非常に頭が良く、高度な連携でもって高ランクの冒険者を何人も葬っている。
十体集まればAランクとまで言われているその化け物が、今見えるだけで三十体はいる。もはやAランク冒険者といえど、単身で勝てるような相手ではない。
まさかこんな危険な魔物の群れに、森に入って一時間足らずで遭遇することになるなんて、魔境の森の危険度を甘く見ていたかもしれない。
「カミラちゃん、これは流石に撤退するしかないみたい。でも交戦も避けられそうにないから、私が合図したら周りの木々よりも高くまで飛んで」
「で、でもそしたらアリス姉さんが一人になっちゃいますよ!」
「大丈夫、私一人ならなんとかなる。だからお願い」
私がケルベロスから目を離さずにそう言うと、カミラちゃんは不安気に頷いた。
私はそれを確認してから、無詠唱で超級魔法の『紫炎』を私とカミラちゃんを囲うように発動させた。
「今、飛んでカミラちゃん!」
「は、はい!」
カミラちゃんはちゃんと指示に従って、浮遊魔法で空高く舞い上がる。ケルベロスがそれを襲おうとするけれど、私は発動させていた紫炎を操ってカミラちゃんの周りに纏わせた。
流石は超級魔法、強引に飛びかかったケルベロスを無惨にも灰に変え、カミラちゃんを無事に逃がすことに成功した。
そして、私一人が残された。目の前には未だに増え続けるケルベロスの大群。最早その数は五十近くにまで増えている。
「まったく、次から次へと一体どこに潜んでいたのやら」
私は背中を伝う嫌な汗を感じながらも、必死に強がって見せる。魔物相手に弱さを見せることは、それ即ち死であるとお父さんが言っていた。
「かかってきなさい化け物ども。私が全員返り討ちにしてあげる」
言葉が通じているとは思えないけど、私がしたそんな安っぽい挑発を合図に、ケルベロスは一斉に襲いかかってきた。
さて、これは本気を出さないとマジで死んじゃうかもしれないね。




