第十一話 いつか話せるその日まで
結局、医務室に着くまでずっとお姫様抱っこされてしまった。なんかもう、色々と失ってしまった気がするよ。女の子に生まれ変わった時点で少なくとも息子は失っていたけれど。
ベッドに降ろされた後、私は自分にヒールを使って傷を治した。でも、失った体力は戻ってこないし、魔力も流石に使いすぎて限界ギリギリ。正直、もう動きたくない。このままベッドと結婚してしまいたいくらいだよ。
「アリスよ、君は一先ずここで安静にするがよい。その間に吾輩は階下にて緊急クエストを発注する。レッドグリズリーが現れたことが事実であった以上、我々が動かぬわけにはいかぬ故にな。ただし、消耗しているアリスを前線に出すことは出来ぬ故、ここで暫し待つが良い」
ギルマスはそれだけ言うと、私が何を言う間もなくさっさと部屋を出て行ってしまった。
緊急クエストは、成果を上げると貰えるポイントが多いので可能なら参加したかったんだけど、そうはいかないみたいだ。
更にパーティー行動が義務付けられている以上、カミラちゃんを一人派遣するわけにもいかない。
それもこれも、あの脳筋ギルマスが模擬戦なんて仕掛けてきたせいだ。戻ってきたら慰謝料でも請求してやろうかな。
「ごめんね、カミラちゃん。私、しばらくは動けそうにないや」
「ぜ、全然大丈夫ですよ。それよりも、アリス姉さんは何か欲しいものとかないですか? それか、何かして欲しいことがあったら何でも言ってくださいね」
カミラちゃんは本当に優しい子だなぁ。この娘がいるだけで、なんというか安心できる。
「ありがとう。それなら、出来ることなら身体を拭いてほしいかも。私、さっきの戦いで汗ビッチョリになったから、ベタベタして気持ち悪くて」
私は汗だくでベッドに入っているのがあまりにも気持ち悪くて、思わずそんなことを口走ってしまった。
いや、今は女の子だからセーフ、だと思う。有栖が年端もいかない女の子にこんな事を言って身体を拭かせたなら変態と思われても仕方ないけど、今の私はアリスだからセーフ、のはず。
「分かりました! ではちょっと服脱がしちゃいますね」
私が一人で言い訳をウジウジと考えている間に、そしてカミラちゃんはあろうことか私の服を脱がし始めた。
自然と距離が近くなり、カミラちゃんの吐息が首筋に当たる。しかもなんか、こう、女の子に服を脱がしてもらうなんて状況経験ないし、めちゃくちゃドキドキする。
……いやいや、相手は子供だから! 有栖の好みも同年代だったはず!
同年代? 今の私とカミラちゃんは同い年だよ? って、そうじゃなくて!
「アリス姉さん、大丈夫ですか? お顔が真っ赤です。も、もしかしてお熱が!?」
「い、いや多分それはないと思うから大丈夫! ちょっと違うこと考えていただけだから!」
慌てて人を呼びに行こうとするカミラちゃんを必死に止める。一人で勝手にドキドキしていただけだし、今上裸だしでちょっと人に見られたくない。
「それならいいんですけど、何かあったら言ってくださいね? 私はアリス姉さんと違って、頭が良くないので言われないと分からないんですから」
カミラちゃんはとても心配そうな顔で、マジックバッグから取り出したタオルを作り出した水球で濡らしてから私の身体を拭き始めた。
「ありがとうカミラちゃん。でも、あんまり自虐的にならないでね。カミラちゃんの頭が悪いんじゃなくて、私が異常なだけなんだから」
「えっ、それはどういう……?」
カミラちゃんの手が止まる。直後にしまったと思うけど、もう遅い。
私はこれまで、自分が転生者であることは隠してきた。信じてもらえないと思っていた、というのも理由の一つだけど何より怖かったのが一番の理由だ。
だって、私は女の子で、僕は男だったのだから。
医療技術の発達していないこの世界には性転換手術なんてものは存在しないし、魔法や魔道具でも性別を変えるなんてことは不可能だ。闇魔法で一時的に外見を変えることはできるらしいけど、それも魔族にしか使えない。
なので、性転換というもの自体が絶対に起きない、あり得ないとされているものなのだ。
人間の中には、あり得ないと思っていること、普通とは違う事を気持ちが悪いと思う者がいる。
もちろんそれは全員というわけではないけれど、それが偶々両親だったりカミラちゃんだったりするかもしれない。もしかしたら文化の違いで、この世界の住民全てがそうなのかもしれない。
そう考えるだけで、私は怖くなった。今まで私のことを溺愛していた両親が、この秘密を言ったことで突然敬遠するかもしれない。
今はこうして慕っていてくれているカミラちゃんが、私の元を離れて行ってしまうかもしれない。
ましてや、カミラちゃんとは一緒にお風呂も入っている。変態だと罵られたり、気持ち悪いと言われても仕方がないことだと思う。
「……いや、私はお父さん達に二年も休みなく修行させられたからね。お勉強も毎日してたし。でもほら、そんな子普通はいないでしょ?」
取り繕うようにそう言って、自分で嘘が下手すぎるなと思った。目も泳いでいたし、凄く慌ててたし、声も上ずっていた。
「分かりました、今はそういうことにしておきます。私もまだ言えていないことがありますしね。……でもいつか、お互いにちゃんと話しせる日が来るといいなって思ってます」
そんな私の頭を、カミラちゃんはそっと撫でる。それから、ふわりと優しくハグされた。こんな事は初めてで、私の心臓がドキリと跳ねる。
「か、カミラちゃん……?」
「ですから、約束してください。悩んでいることがあるなら、相談してください。私はいつでも、アリス姉さんの味方です。だから……」
ギュッと私を抱きしめる手に力が入る。そしてその手は、何故だかとても震えていて。
「だから、絶対に私を置いて何処かにいかないでください」
「カミラちゃん……」
ああ、そうか。カミラちゃんもきっと私と同じなんだ。彼女は、大事な人を失う怖さを知っている。だから私が抱えている秘密が原因で、カミラちゃんの元を離れるんじゃないかって恐怖しているんだ。
滑稽だよね。私達は、二人して同じ不安を抱えている。それなのに、いや、だからこそ。この秘密を話すことは出来なくなってしまった。この温もりを手放したくない、そう強く思ったから。
「大丈夫だよ、カミラちゃん。私は絶対に一人で何処かに行ったりしない。どんな時もカミラちゃんと一緒にいるって約束する」
だからこれは私の心からの思いで、それはカミラちゃんにもしっかり伝わったらしい。彼女は花が咲いたような笑みを浮かべて、もう一度強く私に抱きついた。
素肌に感じる確かな温もりに、私も思わず笑みをこぼす。
ん、素肌?
私が自分が上裸だってことを思い出した、その時。
「お前ら無事かー? 今緊急クエストが発注されたから、安心してくれ……って、お前ら何やってるんだ?」
ものすごーーっくタイミング悪くサキさんがやってきてしまった。そして、上裸の私とそれを押し倒して抱きついているカミラちゃんという、7歳にはまだ早過ぎると思われる行為をしていそうな場面をバッチリ目撃されてしまった。
「あ、いや、これはその、特にやましい事は何もしていないと言いますか」
「(……なんて間の悪い人なんでしょうか。折角のチャンスだったのに)」
私が慌てて謎の言い訳をしていると、カミラちゃんが何やらボソリと呟いた。でも、その声が小さすぎて、なんて言っていたのかは聞き取れなかった。
「あー、まあそのタオルを見れば何をしていたかは大体分かるんだが、まあいいや。とにかく伝えたからな。復活したら良い宿を教えてやるから、一階まで来るんだぞー」
サキさんはそう言ってヒラヒラと手を振って部屋を出て行った。
「い、今のがサキさんじゃなくてギルマスだったらヤバかったね。私裸だし」
「そ、そうですね。私、鍵かけてきます」
何故だか少し不機嫌そうなカミラちゃんはそう言って、扉の鍵を閉めた。最初からそうしろよって話なんだけど、疲れていてそこまで頭が回らなかったんだよね。
それから私は全身をカミラちゃんに拭いてもらい、二人揃ってベッドで眠った。私達は自分で思っていた以上に疲れていたみたいで、それはそれは深い眠りに落ちて行った。
翌朝、宿を教えてくれるという善意をふいにして爆睡してしまった私達は、サキさんにこっぴどく叱られることになるのだけれど、それはまた別のお話。
「何が別のお話だテメェ! アタイがいつまで待っていてあげたと思ってやがる!」
「「ご、ごめんなさい〜!」」




