第九話 紫電
ギルドマスターと私は、気絶したままの大男三人を安全な場所まで避難させた後、改めて所定の位置についた。それからギルマスは徐に懐に手をやって、何かを取り出した。
「今から吾輩がこの銅貨を投げる。これが地に落ちた時を開始の合図としよう」
随分と古典的な決闘のやり方だなぁ。こういうのも、過去に勇者が地球から持ち込んでいたりするんだろうか?
「分かりました。投げるタイミングはお任せしますよ」
私はそう言いながら、土魔法で剣を造って構える。今回も刃は潰してあるけど、かなり硬く造っている。
ギルマスはAランク冒険者だし、しかも日本刀をメイン武器として使って来る。多分、生半可な装備では一瞬で壊されてしまうだろう。
日本刀の凄さを知っているからこそ、警戒も最大限にしておく必要がある。
「はっは、それでは早速投げさせてもらうとしようか」
ギルマスは豪快に笑って、銅貨を高く弾いた。その一瞬で、いつの間にか腰に付け直していた鞘へと日本刀を納めた。
そして左手の親指でキンッと鍔を押し上げ、柄を右手でグッと握り込みながら右膝を折って左足を後方へと大きく伸ばした。
……間違いない、これは抜刀術の構えだ。
お父さんとかもそうだけど、この世界の剣士は初速が早い人多くない? 確かに先手必勝って言葉があるくらい、初速は大事だけどその分難しいってのに。
私は向かって右から来るであろう斬撃に備えて剣を構え、そして銅貨が落ちた。
チリンと甲高い金属音が私の耳に届くのと、ギルマスの日本刀が私を襲うのは殆ど同時だった。
「ぐぅっ!?」
「アリス姉さん!?」
私はギリギリでそれを受け、流し切れずに数メートル吹き飛ばされた。とんでもなく凄まじい威力と速さの居合だった。
身体強化を使った私の目でも殆ど捉えられず、殆ど勘で受けたようなものだった。もし私があの構えを居合だと知らなかったとしたら、受けることもできなかったと思う。
お父さんやハノーヴァー伯爵より、遥かに速い一撃だった。流石は居合術。
「はっは、これを受けるとは恐れ入った! だが、これはどうかな?」
ギルマスは心底楽しそうに笑いながら、刀を鞘に戻した。また抜刀術か、そう思った私だったけど突然背筋を撫でられたかのような悪寒が走り、全力でその場を飛び退いた。
その瞬間、私が立っていた地面に大きな爪痕のような切れ込みが走る。目を前に向ければ、そこには刀を振り向いた姿勢で立っているギルマスがいた。
「これは、衝撃波ですかっ!」
「はっは、これすらも躱すとなれば、最早小細工は何も通じぬというわけか。とても7歳児とは思えぬな。君、師匠は誰なのだ?」
「両親であるサイガとエレナ、そしてアベルさんにマリアさんです。ご存知ですか?」
私がそう言うと、合点がいったと言わんばかりにギルマスは大きく頷いた。
「そうか、君は彼奴らの娘であったか。通りであの速さをも見切る訳だ。その上"なんでも屋"と"聖女"にまで教えを乞うたとはな」
やはりAランク冒険者、同ランクの冒険者の事はよく知っているらしい。
そもそも、二つ名を冠するAランク冒険者は非常に数が少ない。それは、B+ランクからAランクの上がる為に受ける昇格試験が異常に厳しいからだ。
その条件とは即ち、Aランク冒険者と戦って引き分けるか勝利すること。
そして今戦っていて分かること、それはカミラちゃんにはまだとてもじゃないけど敵う相手ではない。あのBランク冒険者を瞬殺したカミラちゃんですら、だ。
これが一体どれだけ高い壁なのかは、容易に想像できるというものだ。
「ではその成果、存分に見せてもらおうではないか」
今度は、刀を中段に構えた。抜刀術はもうしないみたいだね。
「分かりました。その代わり、怪我しても知りませんからねっ!」
私は身体強化を乗せて、持っていた剣を全力でギルマスに向かって投擲した。そしてその隙に魔法を同時に五つ発動する。
私が使ったのは光属性初級魔法のサンダーボルト、火属性超級魔法の紫炎、水属性初級魔法の水球、土属性初級魔法の土壁、最後に風属性中級魔法のウィンドエッジ。
超級魔法まで織り交ぜた必殺魔法。土壁で逃げ場をなくし、速度の速いサンダーボルトで牽制。動けなくなった敵をウィンドエッジが切り刻む。紫炎は流石に人に対して使っていい魔法ではないので、ちょっとした手品の為に発動させた。
「五属性の魔法を無詠唱で同時使用するとは! その才は勇者にも匹敵するやもしれぬな!」
ギルマスはこんな状況で、何故か心底楽しそうに笑っていた。まだ何か策があるのかもしれないね。油断せずにいこう。
私は新たに土魔法で対となる二本の短剣を生成して逆手に構える。
すると、ギルマスはなんと魔法障壁を発動させることもなく、あろうことか私の放った剣と魔法を次々と刀で斬りつけていった。
「そ、そんなのありなんですかぁ!?」
カミラちゃんがあまりの事態に、悲鳴じみた叫び声をあげる。私は、もはや何も言うことも出来ずにポカンと口を開けて阿保面を晒してしまっていた。
だって、仕方なくない? あのギルマスが魔法を切る度に、なんと魔法が刀に吸収されていったのだ。
私が水球を蒸発させて目眩しにしようと思って放った紫炎までもが、アッサリと両断、吸収されてしまう。
そして今、ギルマスが構えている刀は雷、風、水、火を纏っている。何それ超強そう、というかカッコ良すぎるんだけど!?
「はっはっは、その顔、さては魔剣を見るのは初めてのようだな」
「ま、魔剣ですか……?」
お父さんに、聞いたことがある。この世界には魔剣と呼ばれる、とても強力な付与魔法が施された伝説級の剣が存在すると。
その効果は今使われたように魔法を吸収したり、斬り付けた相手の魔力を奪ったり、更には斬った相手の肉体ではなく魂を切り裂くという凶悪なものまであるとかなんとか。
お父さんは昔、お母さんが私を身籠った際にそれまで使っていた魔剣を売り払ったとか言ってたけど、こんな強力な剣をアッサリ手放したってこと? 親バカ極まりすぎてるよ。まだ私産まれてなかったのに。
「この魔剣の名は"紫電"。吾輩の二つ名の由来であり、斬りつけた魔法の力を吸収して切れ味を増し、更にその魔法の力をも行使することを可能とする伝説級の刀だ。吾輩は既に君が魔境の森へ出向くのに実力不足だとは思っておらぬ。だがそれ程の腕前を前にして、滾らぬ剣士はおるまい。暫し付き合え若人よ」
ギルマスはそう言って歯茎を剥き出しにして豪快に笑う。まったく、どうしてギルマスって生き物はどいつもこいつも戦闘狂なんだろうね?
正直、勝てるかどうかは分からない。私は魔剣を想定した訓練は受けていないし、何より魔法使いである私にとって天敵のような能力を持っている。
でも、これはあくまで模擬戦だ。魔族との戦いの前に、理不尽な強さの敵と戦っておくのは悪くない。
「分かりました、お相手しますよ。ここからは、一切の手加減なしです。それでもいいですね?」
「望むところだ。君の力、その全てを容赦なく叩きつけてくるがよい」
私は頷き、改めて短剣を構え直した。
単純な魔法が効かない上に、剣術を極めたAランク冒険者。その攻略法を必死に考える。
しかし、時は待ってはくれない。ギルマスは、私が動くより先に中段に構えていた刀を上段に構え直し、地を蹴ってクレーターを作りながら突撃してきた。
第二ラウンド、スタートだ。




